第5話 戦の始まりだ

 テントを出た俺は、剣を抜き眼前に持って来る。


 決して良い剣では無さそうだ。

 数打かずうちか、鋳造ちゅうぞうされたような剣。


たましいもっていない剣だ……。だが――かがみとしての役割は十分」


 にぶく太陽の光を跳ね返す刀身とうしんに――俺の、ルーカス・フォン・フリーデンの顔が映っている。


 日本で生きていた時とは全く異なる顔立ちだ。

 黒髪に赤眼、女性と見紛みまごう細く端正たんせいな顔立ち。


 日本で生きていた頃から洒落男しゃれおとことか、モテるとはひょうされていたが……ここまで美男子ではなかった。


「……本当に、俺は産まれ変わったと言うのか。別の人間として、産まれ変わる。……成る程、俺がして来たつみを考えれば、この乱世のジグラス王国へ産まれ変わったのにも納得だ。――はははっ! まさに自業自得じごうじとくだな!」


 とくめば来世らいせ人間にんげんだと言う。


 だが誰が言ったか、この世は――神に選ばれなかった穢土えどだ。

 天国へ行く選ばれた魂になる試練の場である、と。


 それならば大義たいぎの名の下に多くの人をあやめた自分が再び、乱世らんせいの人の世に転生した事にも納得が行く。


 つまり――俺は悪徳あくとくを積みすぎたと言う事だ。

 悪の得を積んだからには、人間として来世でも試練を与える。

 魂をみがき直してこい……とね。


 徳は徳でも、道徳を積み重ねた立派な御仁ごじんは、さぞかし平穏へいおんな世界の人間へと生まれ変わった事だろう。


「……しかし――幾度いくど思い出しても、ひどい戦況だ。経験豊富な勇将から死に、今でも残っているのは家柄いえがらのみしかほこれぬような若い将官ばかり。――とは言え相手のゾリス連合国……ラキバニアの攻めも、実に荒くなっている」


 冷静に戦場で起きた事、そしてジグラス王国の戦力を思い返せば――どうにかなる。

 有能な指揮官がいれば、滅亡を遅らせる事ぐらいは出来る。


 もうじき冬が来る。

 退路が塞がれる積雪せきせつの季節まで耐えれば、敵は大軍を引き上げるしかない。


 危惧するべきは多くの砦へ兵と物資を運び込まれ、冬でも攻められてしまう事態だ。


「護るべき民やテレジア殿たちを守る為、指揮官に提言ていげんをしたい所だが……。今の俺の身分では難しいか」


 冷たい風が吹く中、空を見上げる。


 しばし、これから己がどう立ち振る舞うべきか。

 無学で学問への造詣ぞうけいがない者なりに、頭を捻り――。


「――ならば、大きな首級みしるしを上げるしかない、か。相手も最早もはや、ジグラス王国は無策むさくに突っ込んでも終わりの烏合うごうしゅう戦功せんこうを競い合うのみで連携も取らない様子が記憶から見て取れる」


 既に作戦も何もあったもんじゃない。

 準備が整ったら、突撃を繰り返していただけ。

 実際、それで潰される状態だ。


方面軍ほうめんぐん指揮しきしていた身分から10人隊長。この、ままならぬ身分から――成り上がって行けるしろがあるのも、面白いじゃないか。この年齢……精神年齢にして、上を目指せるとはな!」


 胸の鼓動こどうが高まるな。

 今生こんじょうでは戦にばかり明け暮れる気はないが、攻められてしていても死ぬばかりなのも事実。


 その結果、犠牲を減らす為に尽力じんりょく出来る立ち位置に就けるのは悪くない。

 方面軍司令官ほうめんぐんしれいかんとしてなら、俺程度でも力になれるだろう。

 少なくとも、現指揮官よりは余程な。


「どれ……おっちゃんも頑張るか。この身体は15年なだけ合って、動きの軽さは最高だ。……筋力と剣、魔力は物足りんがな。しかし、それも鍛錬のしがいがある。はははっ!」


 快活かいかつに、そう開き直る事にした。


 竹を割ったようだとか、淡泊たんぱく豪放ごうほうと周囲に称されるこの性格は――死んでも直らなかったみたいだ!


 治療を終えたことを直属の上官に告げ、俺は持ち場に戻る。

 陣の中は――まるで通夜のようだ。


 それもそのはずか。

 相手方3万5千以上の兵に対し、こちらで闘えるのは残り6千程度まで削られている。


 完全に劣勢。

 ここまでの連戦連敗もあり、戦況は絶望的で士気も低い。


「この士気では、聖女を生み出して希望としたくもなる、か。……若者わかものに過度な重責じゅうせきを負わせるのは、よろしくないと思うけどねぇ」


 しかし相手も、この一回の出征しゅっせいで――ここまで奥深くへ攻め入れるとは想定していなかったのだろう。


 幸か不幸か。

 今は半壊の我がジグラス王国軍の止めを誰が刺すかで、戦功の奪い合いが生じている様な用兵ようへいだ。


 総大将のいる本軍を護るように陣を構築こうちくしている我が軍。

 背後に砦はなく王都の間近まで後退しており、最早迎え撃つぐらいしか打つ手はない。


 だからこそ――。


「――ラキバニア軍が……ゾリス連合国軍が動いたぞ! 全員、武器を持て! 迎撃げいげきだ!」


 戦は単調なものになる――。


―――――――――――

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