ラストサムライおっちゃん、異世界に転生する~恋の鞘当てが始まったのは、なぜ?~

長久

第1部 異世界転生と不条理への応報編

第1話 おいは、日本の国土で戦うちょったはなんに!?

 頭に鉄砲の弾が当たったと悟った瞬間――おいは咄嗟とっさに握っていた刀で首をカッ切る。


「――おいは鉛玉なまりだまでけ死んより、美しき刀でけ死みたか!」


 馬からも落ち、地を転がっおいん視界に……血だまりが広がっちょった。


 ああ、こんたおいん首から流れ出た血か。

 今まで40年、おいん身体を動かし――大義たいぎん為に、武士道ぶしどうつらぬために共に戦うてくれてあいがとな。


 視界がかすみ、痛みも音も――何もかもが遠ざかって行く。


「ああ、こいが死か……」


 おいが尊敬すっ皆様ん元へ、おいもっ時が来たか。

 武士ぶしとして戦場で死ねたんな、せめてんの幸いだ。


 そうして、目を閉じ――視界は暗闇へといざなわれる。


 戦に生き、戦に死ぬ。

 実においらしか。

 恋愛れんあいも、武士道ぶしどうにちてんゆったりち考えられん。


 もう、おっちゃんとも呼ぶっ約40年ん人生。

 けた人生やった。


 武士として後悔はなか。


 だが、人ん命を奪い奪われに駆け回り、実に罪深つみぶかか人生やった。

 恋愛もといえも、子も育てんで終えた人生か……。


 もしも来世らいせがあっちゆなら、まちっとゆっくりじっくり、恋愛れんあい武士道ぶしどう真髄しんずいにちて考えてみよごたっもんじゃ――。


「――ああ、てんします慈悲深じふぶかきガンベルタ神よ。どう戦場で勇敢ゆうかんに散りし者……ルーカス・フォン・フリーデンに、死後の安らぎを与えたまえ」


 な、なんじゃ? 幻聴け? 澄んだおごじょん声が聞ける?


 無に至ったかち思えば、暗闇に響っ声。


 試しに目を開けば、銀髪に銀ん瞳。

 西洋教会せいようきょうかい修道女しゅうどうじょが着っような衣服に身を包ん、美しゅう幼かおごじょが顔を覗き込んじょった。


「え?」


 ないかに祈っごつ両手ん指を組んじょったおごじょは、呆気あっけに取られたごつ目を剥いちょい。


 こんた、幻覚じゃなか――。


「――おいは戦でけ死んだはずじゃなかとか!? い、生きちょった? いや、あり得ん……」


 ガバッと身を起こし自分の身体を触って確かむれば――首にも額にも傷はなか。


 胸に大きな切り傷と血ん跡があっごたるが……不思議と痛みはなか。

 どげん事か、鮮血せんけつ包帯ほうたいにじんじょるんに――傷は治癒ちゆしちょっごたる。


「い、生き返った!? そんな、確かに亡くなられていたはずなのに……」


 豊満ほうまんふくらみを持つ肉体んおごじょは、化け物にでもあったかんごつ目を剥いちょい。

 おいは周囲を見渡してみる。


「――き、奇跡の聖女様せいじょさまだ! 枢機卿猊下すうききょうげいかの娘、テレジア・ド・ノルドハイム様が蘇生魔法そせいまほうの奇跡を成されたぞ!」


「わ、我々には伝説の聖女様が味方に付いている! ゾリス連合国からの独立も勝ち取れるぞ!」


 すっと、こんテントんような土ん上には、傷つき倒れた兵士が大量に寝転んじょるが見えた。


 どうやらここは、急拵きゅうごしらえであつらえた戦場で傷く兵士ん臨時治療所りんじしんりょうじょんごたっ。


 だが、日本では見たことも無か鎧に、幾度いくどか交流んあったヨーロッパ人のような風貌ふうぼう


 生きちょっ者どもは、「我が小国、ジグラス王国に人の命をもよみがえらす、伝説の聖女様が誕生した!」て祈りをささぐっごつ涙をしちょい。


「若みごっかおごじょ……。わいはだいじゃ? イギリス人け?」


「お、おこじょ? わい、イギリス? ルーカスさん……やはり後遺症が? 命が助かるような出血では無かったですし、心臓も止まっていましたからね……」


「な、なに? ないをゆちょっど?」


「……治癒魔法で神の奇跡が起きたとは言えども、記憶の混濁こんだくや脳に後遺症が起こるのは当然ですよね……。どうか今は、戦を忘れてゆっくり休んで下さい」


 言葉が通じんのか?

 おいは、日本の国土で戦うちょったはなんに――……。


 な、なんじゃ!?

 こん記憶は!?


 確かにおいが武士として戦い、信念に駆け抜けてきた40年。


 そして――何者かん記憶が!?

 な、なんじゃこんた!?


「ぬ、ぐ……びんたが、びんたが割るっごつ痛ん! 止まれ、おいんびんたん痛み、謎ん記憶! 止まれ!」


「だ、大丈夫ですか!? ルーカスさん、頭が痛いんですか!? 治癒魔法をかけ続けますからね!」


 ル、ルーカス?

 そんたなんじゃ?

 ないごて、そうおらびながらおいん身体をささゆっ?


「まさかおいは新政府側しんせいふがわん人間に捕えられたん!? そげん事になれば、武士ぶしとしてずべき事態じたいじゃ――」


「――落ち着いて下さい、ルーカスさん! 唯一神ゆいいつしん、ガンベルタ様。どうか、どうかこの傷付きし者にお救いを……」


 ああ――見ればこんおごじょも寝不足なんか目ん下に濃ゆか隈があっ。

 手もボロボロで、寝っ間を惜しんで命を助けちょったとが察せらるっ。


 こげん温かっ立派な手に支えらるっと、不思議とびんたん痛みが治まっていき――。


 そして記憶が混濁して――スッと、統一されて行っ。


 こん世界で約15年間近くも生き続けたルーカス・フォン・フリーデンとしてん記憶が流れ込んで来た。


 準男爵家じゅんだんしゃくけん3なんにしっせぇ、畑をたがやしちょった自分。

 準男爵家以下ん者が通っちょった学校ん、下級士官候補生かきゅうしかんこうほうせいクラス――学園ん下院かいんの事。


 父や兄たちが、さきいくさでん負傷ふしょうを理由に、軽か怪我にも関わらず自分たちは領地にもり――今まさに攻めてきちょっゾリス連合国一ん大国たいこくにして盟主国めいしゅこく、ラキバニア王国にフリーデン準男爵領ごと占領せんりょうされた事。


 家督相続権かとくそうぞくけんんなか自分にも優しかった母と、いもっじょん事。


 そしてなさけなっも怯えながら戦場に立ち、両刃りょうばけん袈裟斬けさぎりにされ、血を失い意識が遠のく感覚も、だ。


「こ、ここは傷ちた兵士に治癒ん魔法をほどこすテント……。おいは――いや、俺は……。ゾリス連合国からの独立戦争どくりつせんそうをしているジグラス王国の、準男爵?」


 ああ――状況を理解してきた。

 自分の素性すじょう、そして周りの状況も――記憶が統一されてきたぞ。


「あ、あの……ルーカスさん? お身体は、大丈夫ですか? 脂汗と呼吸の乱れが酷いですが……。痛みは少し、落ち着きましたか?」


「……そう。俺は10人隊長としてゾリス連合国の盟主国、ラキバニア王国との戦に参戦している――ルーカス・フォン・フリーデンだ。お嬢さん、そうですかな?」


 目の前にいる修道服姿の、戦場に舞い降りた白銀の天使のような女性に問いかける。

 やっと記憶が落ち着いて来たが、それが合っているのか確認せねばならん。


「え、ええ。そうです。……お嬢さん?」


「ふ……ふふっ。はははっ! そうかそうか、俺は――戦場に生き返ってしまったか!」


 突然笑い出した俺に、目の前の女性も――そして、周囲で様子を覗っていた兵士も動きを止めている。


 それはそうか。

 俺は――日本での俺も、ルーカス・フォン・フリーデンとしての自分も、致命傷を負っていたはずなのだからな。


 致命傷を負っていたのに、突然笑い出すようなら不可思議ふかしぎ好奇こうきの目線にもさらされるか。


「しかし、これが笑わずにいられるでしょうかな?……両方の人生を足せば55歳に迫る年齢。それなのに、こんな不思議な事は体験した事がない」


「ご、55歳ですか? ルーカスさんは、15歳ぐらいのはずですが……」


「そう、それですよ! いや~さとった『おっちゃん』になったつもりでも、世には未知が広がっているものですな。はははっ! これは笑わずにはいられん!」


「……あ、あの」


 おっと。この女性は――こんなおっちゃんを癒やしてくれた、ガンベルタ教の修道女……いや、先程の周囲の反応を見るに、今は聖女様か。


 そうだ。

 俺は――護るべき背後に支えてくれる若人わこうどが、人々が居たと言うのに……戦場で怯えながら斬られてしまったのか。


 我が第2の生ながら――情けない半生だったな。

 ルーカスの……この身体を使って来た者の年齢が15の若造だったとしても、最期のごしっぷりは情けない。


 日本での人生の最期、人斬ひときりと怖れられ生きた俺が願った――『武士道の真髄を自分なりに見つける』、『恋をして子供を、家庭を持ちたい』。


 動乱の時代、戦にばかり駆け抜けて来たが――その末期まつごの願いを叶えるチャンスが、予想だにしない形で訪れた。


 信じられない事に、この剣と魔法で戦う世界で死んだはずの――ルーカス・フォン・フリーデン準男爵の身体に、俺の魂が入ってだ。


 総計55年以上の人生の記憶でも――始めての体験。

 今の俺が置かれている戦場の窮地きゅうち


 どれをとっても――年甲斐としがいもなく、燃える展開じゃないか!




―――――――――――

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