柄無し

 討伐隊の準備は整った。戦いは数だよ、やはり。最後の手段もある。時は江戸末期、変わりゆく時代を変わらない土地で感じながら、あの問題を解決しなければなと思う。越後国には噂があった。交通整備のため、一本の大きな大きな樹を切らなければならなかった。そして取り掛かろうとした時、事件は起こった。樹を切ると亡霊のような瘦せこけた侍が出る。その侍は隻腕で、刀を振るうがその刀には柄が無いという。柄、いわば持ち手を外した刀は刀身を素手で握っているに等しく、まともな侍ならば一閃振り下ろすだけで指が落ちる。それを片手で振るい、今までの討伐隊のすべてを柄無し刀にて撃滅した。全盛おそらく名だたる武将であった、この老侍を「骸」(がい)と名付け本国より討伐の要請を受けた。今日この時をもって、この問題を解決す。三十八の剣客を従え、樹の元へ向かった。

・・・妙に静かで、雲一つない青空。今から起こるその全てが天から視られるようで少しの罪悪感があった。あれが「骸」。樹の前で休む、汚い老人でしかない。その手には錆びた長刀、握る柄無し。・・・立ち上がり、こちらを威嚇するわけでもなく、ただただ眺める。まず初めに江戸一の槍使いが特攻する。剣には槍を。その門弟が五人、動きを合わせる。骸は槍の間合いを受け入れ、一方的な攻撃をわずかな重心移動にて回避する。六本の槍が小さな老人を刺すために飛び交う。しかし、骸は無傷。門弟の一人がその場の空気に飲まれ、動きが遅れる。そこを骸は見逃さなかった。地面を蹴り上げ、砂埃が舞う。目を潰された門弟は身を屈めようとするところを、まくり上げるように顔面を蹴り上げた。それを見た門弟は震えた。華奢な老体の蹴りひとつで首があり得ぬ方向へと折れ曲がったのだ。残り四人の門弟は焦り、身体に染み付いた基本の突きを行う。そこへ柄無し長刀が嘘みたいな滑らかさを持って横へ一文字。五人の門弟は実に2秒の間に絶命。残るは当主のみ。投手は額から落ちる汗を拭わず、目に入ろうとも拭わず、ただ一撃を待つ。後の先。薙ぐ動作に対し突く動作。カウンターの構え。骸は一度納刀する。無い鞘があるように見える、綺麗な納刀。半身を隠し隠れきれない長刀を隠すように構える。こちらもまた、後の先。初撃によってこれを迎撃するその構えを、居合という。・・・刹那、槍が襲いかかる。不可避の速攻。その突きが身体に触れるその瞬間、抜刀。槍と両腕を弾き飛ばし、振りあがった柄無しを重力に身を任すがごとく、一閃。当代一の槍の使い手、その一門の有力者はこの時をもって滅亡することとなった。・・・振り下ろし終えたその後に背後から・・・三十を超える銃声。時代が時代なら単独で天下を獲ったかもしれないその老人は、名の通り「骸」となった。しかし、銃を構える自称剣客たちはただ目を伏せた。叶うなら使いたくはなかった。だが、立ち合いを見て即座にこの作戦へ切り替えた。おそらく海外由来のこのピストルを使わなければ、全滅していた。この銃声は自国の伝統、語り継ぐべき技の終わりを告げる号哭に思えた。

・・・この男は何を守っていたのだろう。骸の手から柄の無い長刀が離れることは無く、まるでそれは体の一部であるかのようだった。

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