そのお爺さんは街では有名だった。別にただ暮らしているだけだが、肌身離さず壺を持っている。少年は不思議に思った。別に何もしていないし、あいさつも返してくれる。道に迷った時も分かりやすく案内してくれた。なのにどうして大人は気味悪がって、嫌うのだろう。ただ壺を持っているだけ。皆に嫌われるような人ではない。もし年老いた人間が例外なく嫌われるならこの違和感も無かったろう。父さんも母さんももう、近づくのは止めなさいだって。少年は大人の在り方に嫌悪を持ってしまった。家出した日の夕方、爺さんと出会った。

「・・・おお、この前の子かい?」

「あの時は、ありがとうございました。」

「今日はどうしたよ?」

「ちょっと母さんと喧嘩して。」

「ああ、家出ってやつかい。どうしてまた喧嘩なんて?」

「爺さんを悪く言ったから。」

「・・・ああ、そんな事かい。いいんだよそう思った方がいい。」

「・・・なんで?」

「だって楽だろ?そっちの方が。」

「・・・楽?」

「普段何もせずぶらぶらしていて、変な壺を持っていて、年老いている。そんな人間がまともに会話できて、親よりも知識がある。」

「なんでそれで、嫌われなくちゃいけないんだよ。」

「君は頭が良い。その疑問は社会の努力評価の中で薄れていくんだ。社会貢献をもって人となり組織の中で無害を装う事で暮らしを認められる。それがこの世界の基本。」

「・・・でも、明らかに爺さんの方が会話・・・面白いよ。」

「君は・・・。いくつになった?」

「九つ。」

「ははあ、苦労しちゃうな。その年でその疑問は。」爺さんは親近感を感じているようだった。

「年齢は関係ないよ。」少年は最近学校でいじめられる事をふっと思い出した。

「子供は子供じゃなくちゃいけない、求められるのは無知と無邪気。それ以外は無価値だ。」

「でもさ、自分が子供の時バカだったか?って自分に聞くと、そんなことは無かったよな。気を使って子供を演じてた。」

「爺さんは何で爺さんになれたの?」

「・・・恋をしたら分かるさ。」爺さんは壺を見せてくれた。昔、奥さんにもらった大切な壺だそうだ。充分に愛し、充二分に愛してくれた、たった一人の女性。しばらく前に亡くなってしまったらしいが、その表情は哀しみより慈しみを感じた。少年はこうなりたいと思った。

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