技あり

 時刻は、22時を過ぎたあたり。用事を済ませ、電車に乗る。席は埋まっていて少し入ったところでつり革を握る。体の向きはホームの窓側。冬場という事もあり、様々な男女が色とりどりの表情を浮かべている。そこにとある男女が来た。どうも女性の方は急ぎのようで駆け足でその後を男性が続く。・・・すると、女性はピタっと足を止め、それに不思議そうに寄り添う男性。おそらく「どうしたの?」的な事を呟くとほぼ同時に、女性は振り返り、口にキスをした。少し身長差があるため、ぴょんっと飛び跳ねるようにキスをした。そして、照れた表情のまま電車に飛び込む。おそらく見送りにだけ付いてきた男性はあまりの衝撃にその場に立ち尽くしていた。顔は少しにやつきそのまま固まっている。・・・電車の扉が閉まる。女性は「またね。」と笑顔で手を振る。遅れて男性も手を振る。しかし、身体は固まったままだった。言うなれば骨抜きにされていた。女性の恥じらいというのはここまでの優れた武器となるのか。柔よく剛を制すとはまさにこの事であった。

振り返りに、不意をつくソフトタッチのキス。あれは確かに技であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る