水槽②

 「それから、俺はこの水槽が見えるようになった。これはあいつが残した最後の置き土産じゃねえかなと俺は思っている。」

被告人、存在しない物の話をするのはやめなさい。

「この水槽は確かに存在する。水かさは年々増加しているんだ。これは簡単に言えば、人の憎しみや恨み、嫉妬などの負の感情を吸収している。」

「しかし、ひとつの感情のみが水かさを減少させる効果を持つ。」

被告人、もう止めはしません。しかし、極刑は免れませんよ。

「ああ、望むところだ。・・・で、この水槽の水かさを下げる方法なんだが、ひとつは怒り。怒りの感情だけはなぜか、負のエネルギーとして数えられないようなんだ。」

「そしてもうひとつ。それは・・・悲劇だ。悲劇が起こった、という結果が大きく水かさを下げる。でも、その後に憎しみや悲しみがあってまた、水槽に水が溜まる。」

「その繰り返しなんだ。この世界は。しかし、俺の行いによって大きく水かさを下げた水槽は今、この裁判中にとてつもない速さで溜まっている。」

被告人、私には見えないですが。

「じきに分かる。この水槽から水がこぼれるのを一度見たことがある。その時、この国には大きな地震が起こった。今までとは比べようのない悲劇だった。」

「そして、さらに救いのないことにその時に見えていた水槽と比べて今回の水槽は・・・。」

被告人、黙っていないで話しなさい。

「大きいんだ。この裁判所と同じくらいの広さ。わかるか?水槽と言っているのは前回の地震のときのカタチが水槽ほどだったというだけだ。今やもう、水泳教室のプールほどの大きさになっている。」

「それが、溢れようとしているんだ。・・・な?正気でいる方が難しいに決まってる。」

被告人、それが本当の話なら、ですが。

「はっ。そうだよな、そうだろうな。お前らはそうやって、ずっと自分のせいじゃなく人のせいにして生きていくんだろうよ!!それが通じない世界になっても、お前らは笑ってられるのかなあ!!楽しみだ。俺は、先に逝って特等席で事の顛末を観るとするわ!」

突如、背後の観覧席から少年が飛び出した。被告に飛びつき、何か光る金属を捩じり込んだ。

ナイフだった。少年は、憎しみに塗れた表情で、めった刺しにした。子供という事もあり、警備員が止めるのに時間がかかった。36か所の刺し傷を負って、被告人は死んだ。怒りよりも強大な憎しみで殺した。


そして、水槽から水が溢れた。

夕方に起こった悲劇は歴史に残らない。なぜなら明日が来ることは無い。

・・・・・世界は静かに終わりを告げた。

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