第3話

村の長老たちは、恐るべき提案をした。


「雨乞いの巫女そのものを生贄いけにえとして捧げよう」


雨を降らせることができない巫女イズメの信用は地に落ち、弟子たちの心もすっかり離れていたところであった。


「先代は雷に打たれ、その命をもって雨を降らせてくださった。イズメもそうするべきだ!」


「そうだ! イズメも自分の命を捧げろ! そうして雨を降らせろ!」


村長むらおさは思った。

もともと、雨乞いの巫女は村人の信頼を集めすぎていたのだ。

そのことを、村長は長い間、苦々しく思っていた。

自分よりも尊敬されている雨乞いの巫女は、目障りな存在だったのである。

巫女への信頼が地に落ちたのはいい機会だと思った。


村長は結論を出した。


「イズメを生贄いけにえとし、その命を竜神様に捧げ、雨を降らせる」



儀式を続けていたイズメは、村人たちに取り押さえられた。


村長は言った。


「雨乞いの巫女よ、もう祈祷は捧げなくてよい。今から、ワシが儀式を行う」


イズメの手足は、鉄の鎖で縛られた。

弟子たちは、誰も助けてくれなかった。


村長は天に向かって叫んだ。


「雨乞いの巫女の命を竜神様に捧げ申す! この命を以て、村に雨を降らせ給え!」


祭壇の前には、祈祷の炎が勢いよく燃え上がっていた。


手足を拘束されたイズメは、屈強な村の若衆たちに抱え上げられた。そして、炎の中へと投げ込まれた。


イズメの悲鳴は村中に響き渡った。

その声は、村人たちの心をえぐった。



イズメを焼く炎は、天高く昇っていった。

そして、イズメは灰になった。


村人たちは、空を見上げた。

煙は空高く昇っていく。


しかし、雨は降らなかった。


村人たちはだんだん、自分たちがしたことは間違いだったのではないかと思い始めていた。

村人たちは、村長むらおさの顔を見た。


『村長は巫女を殺した』


生贄の失敗のとがは、村長へと向けられたのだった。


「巫女を生贄に捧げれば雨は降る。そう言ったのは村長むらおさだ!」


「そうだ! 雨乞いの巫女を殺してしまって、村はこれからどうなるんだ!」


村人たちは、とがを押し付け合っていた。


少し前までは巫女を殺せと叫んでいた連中が、今度は村長を責めているのである。



「イズメのかたき!」


鍬を持った若衆が、突然、村長に襲いかかった。

イズメはその見た目の美しさから、一部の若衆たちから密かに思いを寄せられていたのだった。


それを見た別の若衆も、鋤を持って村長に襲いかかった。

イズメを生贄に捧げて失敗した村長は、若衆たちの手によって、次の生贄へとなったのである。



村長は、イズメと同じように鉄の鎖で縛られ、祭壇の炎の中に投じられた。


村長の苦悶の声が辺りに響いた。

しかし、雨は降らなかった。



村長を炎に投じた若衆の一人が、急にうめき声を上げて倒れた。

ある女が刀で背後から刺したのである。


「父のかたき!」


若衆を刺した女は、村長の娘であった。


倒れた若衆に駆け寄る若い女がいた。

その若衆の許嫁いいなずけであった。

女は、村長の娘に飛びかかると、押し倒してその手から刀を奪い取った。

そして、村長の娘の体に深々と刀を突き刺した。


阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだろう。

この混乱に乗じて、あちこちで殺人や強盗が発生した。

村人たちを抑えてきた良識は、すべて無くなってしまったかのようだった。



その時、空に黒い雲が現れた。

その雲は、だんだんと形を変えていく。


「竜神様だ……」


村人たちはつぶやいた。

黒い雲は竜神の姿となった。


竜神から電光がほとばしる。

雷だ。


雷は雨乞いの祭壇に落ちた。

祭壇は爆発し、燃え上がった。


雲の竜神は大きく広がっていき、空は黒い雲で覆い尽くされた。


再び、雷が鳴る。


それが合図であったかのように、村には雨が降り始めた。


久しく雨を見ていなかった村人たちは、雨に打たれ、やっと目を覚ました。

村の混乱は次第に収まっていった。


雨よ降れ。


その願いがやっと叶ったのだ。

村人は争いをやめ、降雨を喜び合った。


雨は何日も降り続いた。

乾ききった田畑は、今は沼にようになっている。

山も崩れ始めた。


雨は降り続いた。


村は次第に水の中へと沈んでいった。


雨は降り続いた。


上流の村も、水に浸ってしまった。

堰が開かれた。

川に雨水が怒涛のように流れていく。


雨は降り続いた。


川の周りにつつみとして盛っていた土は、勢いを増す川の流れを抑えきれず、ついに決壊した。

氾濫である。


村の多くの家屋が、川から溢れた水に押し流された。


雨は降り続いた。


雨は村のすべてを流し尽くした。


* * *


雨は上がった。


空は、久しぶりの日の光に満たされた。



その青空を見上げる者は、誰もいなかった。





善女ぜんにょの石碑がある井戸に、一匹の金色のヘビがいた。


ヘビは滅んだ村を見渡し、そして、こう思った。


「愚かなる人間どもは、善女竜王の生まれ変わりを生贄としてしまったのであろう」


金色のヘビは森の中へと姿を消した。


辺りに静寂が訪れた。


空はどこまでも高く、そして、青かった。



< 了 >

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雨乞いの巫女 神楽堂 @haiho_

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