第2話 イズメが巫女に

一方で、村人たちの中でのイズメの評判は上がっていった。

イズメが舞った途端に雨が降った。

だから、イズメこそが次の雨乞いの巫女になるべき。

そういった声が、村中から聞こえてきた。



巫女の世界は、女の世界。

誰かが特別扱いされることは許されないのだ。

弟子たちは、イズメに辛く当たるようになった。

イズメは、育ての親である巫女に尽くそうと、そして、村人たちを救おうと、雨乞いの神楽に身を捧げていたのであった。

しかし、村でのイズメの評判が上がるにつれ、弟子たちの間でのイズメの居心地はだんだん悪くなっていった。




そんなイズメを哀れに思った巫女は、ある日、イズメを連れて森の古井戸へと散歩に出掛けた。


「ここじゃ、そなたを見つけた場所は」


巫女は、枯れ井戸を指さした。


「そこに、赤子のそなたがおったのじゃ。置き手紙も何もない。ただ、割れた石碑のようなものが転がっていたのは気になったが」


見ると、井戸の傍らに、苔がむした石の塊があった。

よくよく見てみると、文字が刻まれている。


善女ぜんにょ


そう読めた。


「この石碑が、どういう意味を持つのかは分からなかった。そなたは善き女であると示したかったのかも知れぬ」


「……私のようなものを拾っていただき、そして、ここまで育てていただきありがとうございました」


「そなたは神楽を覚え、よく舞ってくれた。おかげで雨も降った」


「私一人の力ではありませぬ。巫女様、お褒めいただくのはとても光栄に存じますが、他のお弟子さんたちの手前、私ばかりに気をかけるのは……」


その時、枯れ井戸のそばに、何か小さな生き物がいるのを巫女は見つけた。


「……金のヘビ」


巫女のつぶやきを聞き、イズメが探そうとすると金色のヘビはどこかへと姿を隠してしまった。


イズメは、枯れ井戸を覗き込んだ。


「巫女様! 井戸に……水が……」


巫女は、釣瓶つるべを井戸に落としてみた。

確かに、水の手応えを感じた。


引き上げてみると、清らかな水がそこに湛えられていた。

巫女とイズメは驚いた。


「なんと摩訶不思議な。この井戸は何十年も使われていなかった。いつの間に水が……」


この話も、たちまちに村中に広まった。

枯れ井戸を清き水あふれる井戸へと変えた少女。

ますます、イズメの神格化が進んでいった。


* * *


そうして、数ヶ月が過ぎた頃、村は再び、干ばつに見舞われた。


雨乞いの儀式が始まった。

今回は、イズメは始めから神楽に加わった。


幾日も幾日も、雨乞いの儀式は続いた。


しかし、巫女は既に弟子たちからの信頼を失っていた。

イズメを贔屓し過ぎたのである。

どんなに熱心に神楽を舞っても、雨が降ればイズメが舞ったおかげだと言われるのではないか。

弟子たちは、神楽に気持ちが入らなくなっていた。


そのような儀式を続けていたせいであろうか、やはり雨は降らなかった。

巫女は、弟子たちの心が離れていることを背中に感じながらも祈祷を続けていた。


今回ばかりは雨は降らないかも知れない。

巫女も弟子たちも、だんだんと諦めかけていた。


その時、にわかに雨雲が現れたかと思うと、空を電閃が照らした。

雷である。


凄まじい音を立てて、雷は落ちた。



巫女の体に……



巫女の体は燃え上がった。



やがて、雨が降り出し、黒く焼けただれた巫女の遺体を濡らし始めた。


弟子たちは、そして、儀式を見守っていた村人たちは、あまりの光景に言葉を失っていた。

そんな中、一人、巫女の遺体に駆け寄る少女がいた。


イズメだった。



「巫女様! 巫女様!」


降り出した雨は、巫女の周りの土を濡らした。

イズメの涙もまた、巫女の周りの土を濡らした。



雨が降った。

村人たちは本来であれば喜ぶべきところである。


しかし、村は雨乞いの巫女を失ってしまった。

これからは、どうやって雨乞いをすればよいのか……


* * *


村を挙げての葬儀が行われた。


一通りの儀式が終わると、次は誰が巫女を務めるのかについて話し合われた。

村の長老たちの意見は一致していた。


雨乞いの巫女は、イズメにやってもらう。


弟子たちは、そのようになるのではないか、と薄々は感じていたようだった。

一番若いイズメが巫女の位を継ぐことが正式に決まると、古参の弟子たちは新しい巫女イズメに対し、面従腹背の様相を呈した。


イズメは、巫女になることを断ることができなかった。

神通力があると村人たちは信じている。

その期待に沿わなければならない。


晴れの日が続く度に、イズメの心は雨雲のように淀んでいった。


* * *


再び村は、干ばつに見舞われた。

イズメの力が試されるときがきたのだった。


若いイズメでは貫目が足りないと考える村人もいた。

弟子たちの多くも、そう感じていた。


儀式が始まった。

イズメは巫女として、一心不乱に祈りを捧げた。

弟子たちは火を焚き、神楽を舞った。


幾日も雨乞いは続けられた。


雨は降らなかった。


初めは神通力をもった若き巫女ということで期待をかけられていたイズメも、やがて、村人たちから疑心を抱かれるようになった。

本当に神通力はあるのだろうかと。



イズメは儀式を続けた。

だんだんとやつれてきた。


雨は降らなかった。


イズメは、巫女としての信用を徐々になくしていった。



一方、上流の村ではせきを閉めてしまい、下流であるこの村には水が流れてこなくなった。

村が干上がるのも時間の問題だった。


村人たちは、雨乞いの巫女を公然とけなすようになった。


「あんな若い娘を巫女にしたのが間違いだったんだ」


田畑の作物は、次々に枯れていった。

今年の収穫が望めなくなった家も増えてきた。

そのため、村を去る者も多くなった。


堰を開けてほしいと、村長むらおさは上流の村に交渉しに行った。

しかし、上流の村でも干ばつに苦しんでおり、そのような要求に応じてくれるはずもなかった。


村の若衆たちは、ついに上流の村を襲撃した。

いくさになってしまったのだ。


水利を巡って、血で血を洗う戦いが繰り広げられた。

多くの村人たちの命が失われた。



イズメは、雨乞いの巫女として祈り続けた。


雨は降らなかった。



いくさで家族を失った者、火をつけられ家を失った者、そういった村人たちの恨みや怒りは、雨を降らせることができない巫女イズメへと向かっていった。

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