雨乞いの巫女

神楽堂

第1話 雨乞いの巫女と弟子のイズメ

あまいの巫女みこは祭壇に向かい、祈り続けた。

祭壇の前では炎が燃え上がり、その煙は天まで昇っていく。

祭壇の後ろでは、巫女の弟子たちが雨乞いの神楽かぐらを舞っていた。



ポツ……ポツ……



雨が降ってきた。

村の人達は、ほっと一安心。

十四日ぶりの雨であった。


巫女は雨が降ってきたことで、ようやく祈りの儀式を終えることができた。

弟子と思われる少女が、祭壇から降りる巫女に話しかけた。


「さすがでございます。かくのごとき神通力をお使いになる雨乞いの巫女様にお仕えしていることを、私は光栄に存じます」


「いえ。イズメが神楽かぐらを舞ってくれたからこその雨じゃ。そなたに感謝申す」


「もったいないお言葉です」


イズメに親はいない。

枯れ井戸のそばに捨てられていたイズメは、雨乞いの巫女に拾われた。

そして、巫女の養女として育てられた。


イズメは育ての親である巫女に尽くす日々を送った。

巫女が雨乞いの儀式を行うとき、イズメは神楽かぐらを舞った。

雨乞いの巫女には、弟子が何人もいる。

イズメは弟子の末席を務め、他の弟子たちと一緒に神楽を舞っていた。


雨乞いの巫女の霊験は、あらたかであった。

巫女が竜神への祈りを捧げると、必ず雨が降った。


今や、雨乞いの巫女みこは、村長むらおさよりも尊敬を集める存在となっていた。


雨乞いの巫女が村を歩けば、すべての村人が平伏し、巫女に感謝の祈りを捧げた。

雨が降らなければ、村の稲作は成り立たないからだ。


もちろん、川から水は引いているし、溜め池もある。

けれども、日照りが続けば村の溜め池はすぐにからになる。


村は川の下流に在る。

川上の村が、川をき止めてしまえば、この村は容易に干上がる。


水利を擁する川上の村に、この村の者たちは頭が上がらなかった。


日照りが続けば、川上の村はせきを閉める。

川下に在る村は水が得られず、干上がってしまう。


そうなってしまえば川下の村は、竜神の恵みたる「雨」に頼るしかなくなるのだ。


* * *


再び、日照りが続いた。

もう二十日も雨は降っていない。


雨乞いの巫女は、儀式を始めた。


イズメは、本来であれば巫女のそばで神楽かぐらを舞うはずであった。

しかし、今回は病にかかり、臥せっていた。

他の弟子たちは、いつも通りに神楽を舞っていた。


雨乞いの儀式は幾日も続いた。

しかし、雨は降らなかった。


やがて、イズメの体の具合は治り、雨乞いの神楽に遅れ馳せながら加わることとなった。

古参の弟子たちは、遅れてやってきたイズメを一瞥すると、再び何事もなかったかのように神楽を舞い始めた。

イズメは気まずかった。

年長のお弟子さんたちは、もう幾日も舞い続けていたのだ。

イズメは、今まで休んでいて申し訳ないという気持ちに潰されそうになった。


しっかりやらなくては。


イズメは、儀式用の棒を手に取った。

円になって舞っている弟子たちの間に入り込む。


イズメたちは、棒で天を衝く動きをする。

これは天を衝き、竜神の力で雨を降らせる祈りを表している。


弟子たちは、次に内側を向いた円を作り、やはり、棒を上げ下げする。

これは、祈りが天に通じ、雨が降ってくる様子を表している。


今度は棒を水平にして、前後に衝くような動作を行う。

そして、その動作をしながら円となって回ることで、降った雨が川を作り、流れていく様子を表していく。


回るのを止め、次は棒を体の前で回転させていく。

これは、恵みの雨が水車を回している様子を表す。


雨乞いの神楽では、この動きを何度も何度も繰り返していく。


弟子たちが神楽を舞う中で、巫女はひたすらに祈祷の口上を述べ続け、祈りを捧げ続ける。


祭壇には、生贄の魚を並べる。

そして、大きなかがり火を焚き、天高く煙を昇らせていく。


空に住む竜神に、祈りが届くように……


イズメが神楽に加わり、しばらく舞った頃、空に黒い雲が立ち込めてきた。


イズメたちは、無心になって舞い続けた。

雨乞いの巫女は祈祷を続ける。



そして、ついに、雨は降ってきた。



村人たちは大喜びだ。

雨乞いの儀式は終わった。



疲れ果てた巫女は、イズメに言った。


「具合はどうじゃ? 治ったのか? そなたが神楽を舞ってくれたおかげで、雨が降ってきた」


「もったいないお言葉です。何日も休んでいて申し訳ありませんでした」


巫女の疲れ果てた顔は、次第に柔和なものへと変わっていった。


「イズメ、これはそなたが降らせた雨じゃ」


「そんなことはございません。巫女様の祈り、そして、お弟子さんたちの神楽のおかげです」


このやり取りを聞いていた者がいた。

古参の弟子たちだった。


なんとも面白くない。


古参の弟子たちは、顔を見合わせた。

自分たちは、何日も何日も、神楽を舞ってきた。

それがどうだろう。

イズメは病に臥していて神楽には来ず、急に現れたかと思えばすぐに雨が降って儀式は終わった。


古参の弟子たちは、イズメに手柄を取られたような気がした。

そして、弟子たちの不満は巫女にも向けられた。

巫女はイズメに、何か特別な思い入れがあるのではないか。


弟子たちの心は、次第に巫女から離れていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る