第2話 宝箱

 エステラは金貨をハンカチにくるみ、掘り起こした土を元に戻した。


 そしてマルテスを抱えて、下生えの凹んでいる道を辿り林道へと出た。


 そのまま町へと向かう。


 エステラは教会の前で一息ついてから中へ入った。

 白髪の混じる神父は心良く迎えて、エステラの話を親身に聞いてくれた。


「ほう、金貨が」

 まだ土のついている金貨を取り、神父は眼鏡を掛けてためすすがめつする。


「これは珍しい図柄ですね。この国のものではないようだ」

 調べるために預かります、と言って神父はハンカチごとポケットに入れた。



 マルテスが来てから、エステラはどこへ行くにも彼を連れて歩いた。町でもすっかり知られるようになり、エステラだけでなくマルテスにも挨拶がかかるようになった。


 わずかな日銭の中でやりくりも大変だが、側にいてくれる安心感は何ものにも変え難いものだった。


 金貨を拾ってから一週間が過ぎた頃、神父がエステラの家にやってきた。


 神父だけではない。首都の大学の学者や騎士隊までいる。


「エステラ、この金貨がどこにあったか案内してもらえるか?」

 刺繍を途中で止め、マルテスを伴って村の外れの林に向かった。


 道すがら学者が話して聞かせてくれたのは、この金貨が随分昔の外国の貨幣だったことだ。


 彼によると、海賊が商船を襲って強奪した金品をこの辺りに隠したと文献にあるらしい。


 マルテスを先頭に林道を進み、道を逸れたところで木に結びつけておいたハンカチを見つけた。


 下生えの繁る道なき道を進み、あの木に辿り着いた。


 まずは学者と調査団が慎重に掘り進め、騎士隊はその補助をする。


 盗賊対策で帯同しているとのことだった。


 出てきたのは大きな長持ながもちだった。

 学者はエステラが拾った金貨を鍵穴にあてて時計回りに回すとかちゃりと鈍い音を立てて解錠された。


 蓋を開けてその場にいた全員から感嘆が漏れた。


 中は金銀財宝がぎっしり詰まっていたのだ。



 長持は騎士隊に警護され首都に運ばれた。


 国内外の学者が招集されて検証された結果、昔の悪名高き海賊が遺したお宝だと判明し、発表された。


 町は『海賊が宝箱を隠した町』として新聞でも取り上げられて有名になり、それにつれて観光客も増えて、町は大いに賑わうことになった。


 中でも、宝箱を最初に見つけたマルテスは一躍有名犬となった。


「ええ。海賊の隠し財宝を見つけたのは、うちのマルテスです」


 この領地の男爵ダビド・サンタデールが首都の新聞社の取材を受け、答えていた。


「賢い子です。前回はご期待に添えなかったが、また明日、探索に出立します。再び財宝を必ずや見つけて、我々を驚かしてくれることでしょう」

 記者や町人に囲まれて、男爵は抱えているマルテスを撫でる。


 その輪を遠巻きに見て、エステラは目立たぬように通り過ぎた。


 海賊の宝箱が発見された次の日、男爵がエステラの家に来て、その子犬は当家で飼っていたのだと主張して、返すように要求してきた。


 エステラは飼い主を探していた。それでもずっと音沙汰なく、今更飼い主と言われても信用できない。


 そう言ったが、男爵はマルテスを買った時の業者や譲渡契約書などを持ち出して、マルテスは自分のものだと主張を通したのだ。


 神父や学者、騎士隊の隊長も書類を吟味してくれたが、すべて正式なもので業者も出張って証言したので、男爵の主張は認められた。


 先日、男爵はマルテスを連れて探索をしたのだが、学者まで呼び寄せて調べてもらったにも関わらず、大した発見にはならなかったそうだ。


 今日は一目でもマルテスを見ることができた。


 だがエステラの心はまた新たな穴が空いて、薄寒い風が吹き抜けるだけだった。


 その次の日、男爵は取材陣を引き連れて探索に出た。


 だが、今回もやはり外れだったと、町の噂で流れた。

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