白花
大甘桂箜
第1話 子犬
昔々、ある国のある領地に両親を亡くしたばかりの娘が一人で村の外れに住んでいた。
☆
今日も刺繍とレース編みを売り、わずかな日銭を手に家路についている時だった。
馬車がスピードを出して狭い道を通り過ぎようとしていたので慌てて避けた。
にも関わらず、立ち上る砂埃を頭から被ってしまった。
通り過ぎた馬車を見るとこの領地の男爵家の紋章が見えた。
男爵のそういう振る舞いはいつものことなので、エステラはぱたぱたと服についた埃を払い歩き出した。
つと前を向くと、前方に小さなものが落ちているのに気づいた。
走って近寄ると、茶色い毛並みの子犬が横たわっている。埃に塗れているがよく見ると足に怪我をしている。
「大変。ごめんね。ちょっと痛いけど、我慢してね」
エステラは売れ残ったハンカチで止血をして慎重に抱き上げ、家に連れて帰った。
それから数日、エステラの懸命な看護のお陰か、子犬はぐんぐん回復していった。
ミルクチョコレートのようなうねりのある毛並みと、紺色のようなわずかに青みのある瞳の可愛い子犬だ。
誰かに飼われていたのではないかと思われたので、町に行った時にこんな犬を拾ったのだが心当たりはないかと尋ねて回ってみたが、拾ってからしばらくしても未だに誰も引き取りに来ない。
「このままうちにいる?」
エステラの膝の上で寛いでいる子犬の柔らかい毛を撫でながら問いかける。
子犬は眠いのか、欠伸をした。
「名前つけなくちゃね。出会った日は火曜日だったから『マルテス』なんてどう?」
興味がないのか、子犬は眠り始めた。
エステラは幼馴染のルイスと結婚の約束をしていた。
しかし、彼は半年前に観光に来ていた娘と恋に落ちて、二人は一緒に駆け落ちしてしまった。
未だにその時の傷が痛むが、周囲も優しく両親も無理する必要はないといっていたので、のんびりと傷ついた心を癒しながら日々を過ごしていた。
だがその両親はその数ヶ月後、行商に出た帰りに馬車の事故に巻き込まれて亡くなった。
父は料理人で、町の飲食店で雇いで働いていた。母とエステラで刺繍やレース編みを作って、父の休日にそれらを売りに行っていたのだ。
余裕などないその日暮らしの生活だったが、笑顔の絶えない家だった
立て続けに起こった出来事に、心にいくつも穴が空いていたが、新たに加わった小さな温もりは、ぽっかり空いた心の穴に優しい風が吹き抜けるようだった。
半月経った頃にはマルテスの怪我も良くなり、天気もいいので散歩に出ることにした。
六月の強い日差しの中で木々の葉は次第に緑を増し、野原には色とりどりの花が咲き始める。
マルテスいきなり走り出したり、エステラの足元に戻ってきたりと忙しない。
それだけ元気になったのだ。
本当に良かった。
マルテスがまた走り出したので、あまり離れないように声を掛けた。
それにも関わらず、マルテスは林道を逸れ、下生えの林の中へ入って行ってしまった。
「もう、迷子になるよ」
エステラも慌てて後を追って林に入った。
小さな体が草の間から見えたり消えたりする。見失わないようにするのは大変だった。
マルテスの鳴き声がしたので、エステラが駆け寄るとマルテスは大きな木の下にいた。
根元の土を掘り返している。
「どうしたの? いきなりいなくなったらだめでしょう」
マルテスは怒られているのに、エステラに手伝ってとでもいうように見上げてくる。
「しょうがないなあ」
近くに落ちている太めの木切れでそこを掘り返した。
しばらくすると、かつんと固いものに当たった。エステラは更に力を入れて掘ると、小さな円盤状のものが出てきた。
こびりついた土を払い、更にハンカチで落とすと、金色の輝きが見えてきた。
エステラが見たこともない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。