1-33 日常の中の危機

 月日が経つのは早いもので、あの初陣から一ヶ月が経過した。


 なんだかんだで生き残ってくる事が出来た俺は今、やはりというべきか、いつも通りというべきか、危機的状況の中にいた。


 今日は土曜日。


 一般的な学生であれば友人達とどこかへ遊びに行くなり、クラブ活動に励むなり、学校という勉学の場から解き放たれて各々おのおののやりたい事をやりたいだけ出来る日だ。


 それが休日、夢のような時間だ。


 現時刻は朝の七時半。

 夢から覚め、現実の夢の時間に入り込もうとした雷人はある意味では夢、一歩間違えれば地獄となりうる状況の中にいた。


 まさしく一寸先は闇、ここから先はどうなるか分からない。

 間違えないように慎重に行動を選択しなければなるまい……。


 っとまぁ、回りくどい言い方をしてしまったが、今の状況を簡潔に言おう。

 目を覚ましたら、フィアに抱き着かれていたのである。


 ……えっ、羨ましい? 弾けろリア充?


 そう言いたい気持ちも分からないではない。俺だって他人事ならそう言っていた事だろう。そう、他人事であれば……だ。


 彼女でもない、身内でもない、そんな娘と自分がこんな状況になったと考えてみよう。


 どう考えても犯罪かいなかの瀬戸際だ。足を一歩踏み込んでいると言ってもいいだろう。

 確かにこの状況に全く心がときめかないわけではない。嬉しくないわけでもない。しかしだ、嫌な汗が止まらないんだ。


 はっきり言ってこの状況、俺が犯罪者になるかどうかなど彼女の気持ち次第なのだ。

 俺の善悪など関係ない。彼女が一声悲鳴を上げれば、寮長達に見つかってたちまち俺は犯罪者となるだろう。


 新聞の一面に載る、不純異性交遊、男子寮に嫌がる女子を連れ込み!? の文字が見える。

 この選択、絶対に間違えるわけにはいかない!


 隣では俺の背中に手を回したフィアが「すぅ、すぅ」と寝息を立てている。

 首に息が掛かって少しくすぐったい。駄目だ、正気を保たなければ!


 落ち着いてまずは状況を確認しよう。

 果たして寝る前はどうしていただろうか?


 確かフィアには俺のベッドで寝てもらっていたはずである。

 そして俺は俺の部屋と空の部屋の間に存在する共用の部屋、リビングとして使っている部屋に布団を敷いて寝ていた。


 ……やっぱり俺の所為せいでは無いんだよなぁ。


 うん、まず俺が俺の部屋で寝てない時点でおかしいよな?

 それって本当に俺の部屋?


 ……いけない、いけない。思考が脱線してしまった。

 改めて落ち着いて状況を整理する。


 まずもってこんな事態におちいっているのはフィアの悪癖の所為だったりする。


 初日のはまだ理解出来た。ベッドから落ちて転がり、温もりを求めて俺の布団に入り込んで来たのだろうと、フィアも俺が悪くない事は分かっているらしくあまり非難してこなかったし、照れ隠しのような感じだった。


 正直可愛かったので、ちょっとラッキーとすら思っていた。

 しかし、日を重ねるにつれ俺は頭を抱えた。


 次の日は俺がベッドの上、下の布団でフィアに寝てもらった。

 朝起きると当然かのように布団の中にフィアがいた。


 何日かそのまま試したが、結果は変わらなかった。

 このままではいけないと思い、間に衝立ついたてを用意してみた。

 駄目だった。


 その後も色々試した。

 やはり駄目だった。


 もしや確信犯かと淡い期待を抱き始めた頃、フィアが自らの両手足を縛るように言った。

 さすがにそれはどうかと思ったが、本人が希望するのでやってみた。


 結果はお察しの通りだ。

 むしろ危ない感じになってしまった。


 両手足を縛った少女が同じ布団に寝てるとか、どんな状況だよ。

 俺は犯罪者か? それとも変態?


 結局どうしようもないので、一晩空に監視してもらった。

 現状を正確に把握するためには必要な事だった。


 翌朝、起きてみると空はひっくり返ったまま寝ていた。

 もちろんフィアは布団の中にいた。


 空を起こしてみると「ごめん、僕には無理」と言って部屋を出て行った。

 一体何があったんだろうか? 頭が痛くなる。


 ……というわけで俺達は完全にフィアの悪癖あくへき(寝相ねぞう?)を止められずにいたのだが、布団に入って来るだけだったのでしょうがないかとなかば諦めていた。


 それでも一応誠意は示すためにリビングで寝たのが昨日の事だ。

 ……その結果、遂に起きたら抱き着いて来ていたわけだ。


 毎日布団に侵入してくるくせに、フィアはいつも起きると恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


 個人的にはそれはとても可愛かったし、向こうも負い目を感じているらしく責めては来ないので、得をしていると思うようにしていた。


 なのだが、遂に触れてしまった。

 毎度フィアが恥ずかしがる所為せいか、俺もこの状況に慣れる事は正直出来ていなかった。


 そんな中で次のステップに上がってしまったのだ。

 ここから先は未知の領域だ。


 犯罪に問われる事は恐らく無いとは思うが(実際何もしてないし)、起きた時フィアがどういう行動に出るかは分からない。


 今まで通り恥ずかしがるだけなら可愛いで済むが、最悪の場合は……。

 その時の事を想像するとやばい、汗が止まらない。


「とにかくどうにか脱出しないとな……」


 俺は体の周りに電気を膜のようにして固定し、それを少しずつ広げた。

 膜が広がるにつれて少しずつフィアの腕が雷人から離れていく。


「よしいける、もう少し、もう少しで抜け……あっ」


 あと少しで抜けられるだけの隙間が出来る……というところでフィアの目がゆっくりと開いた。


 雷人と完全に目が合う。

 その顔が少し赤くなるが、いつもの事になりつつあるからか、いきなり突き飛ばすという事は無かった。


 思ったより落ち着いているフィアに考え過ぎだったか、良かった良かったと胸を撫で下ろした。


 しかし、フィアは自分の妙な体勢(雷人に凄く近い状況で腕が空中を掴んでいる状態)に気付くと、現在の状況を理解したらしくとんでもない速さで顔が真っ赤になった。


 俺はそれを見ると瞬時にまずいと察した。


「待て! 何もない!」


「やぁ!」


 パチーンと良い音が響き、雷人の部屋に駆け込んで行くフィアと尻餅しりもちをついて呆然とする雷人。


 能力者は感情が高ぶると咄嗟に能力を使ってしまう事があったりするので、ビンタで済んだのは僥倖ぎょうこうなのだが、


「理不尽だ……」


 そのまま後ろに倒れ込んだ雷人の独白どくはくがリビングに響いた。

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