1-12 届かぬ刃

 もはや逃げられない、完璧なタイミングで振り下ろされた刃。

 試合を見ていたフォレオとマリエルさんも決まったと思ったに違いない。


 しかし、フィアの一振りは雷人を捉えられなかった。


「えっ!?」


 カイィィィィン! という小気味のいい音が響き、フィアの刀が床を叩いた。

 その一撃の威力を示すように切りつけられた床が砕けて刺さる。


 追撃をかわすため、フィアは勢いに逆らわずそのまま前転をして距離をとった。

 雷人は攻撃を躱されながらもなんとか着地し、体勢を立て直した。


「ふぅー、……あなたの力そんな事も出来たのね」


 フィアは俺の足に目を向けた。


 先程のフィアの攻撃が俺を捉えようとした時、俺は咄嗟に盾を作って防ごうとしていた。

 しかし、無意識のうちにあしでの蹴りを放ってしまったのだ。


 このままでは足が切り飛ばされるという恐怖からか、足先を覆う刃が想起そうきされ、実際に足を覆った刃によってフィアの刀を弾いて逸らしたのだ。


咄嗟とっさの事だったから上手くいって良かったよ」


 正直に言えば、狙ってやった事では無いので内心ヒヤヒヤである。


 あの刀、床を割っていたからな。

 逸らさずにまともに受けていたら、今頃俺の胴体は真っ二つだっただろう。


 体が無意識に震える。想像したくもないな。

 さて、どうしたものかと考えているとフィアが腰を落とした。


「それじゃあ、今度はこっちから行くわよ。はあああぁぁ!」


 どういうわけか、いつの間にかフィアの持つ刀が二本になっていた。

 双刀から繰り出されるその猛攻を後ろに下がりながらギリギリのところでしのいでいく。


「くっ、二本目なんて、どこからっ!」


 振られる刀を撃ち落としながらも電撃を放つが、ひらりひらりとかわされて全く当たらない。


 そんな状況が数秒続くと、突然フィアはくるりと回った。

 そして、身に着けていたローブを一瞬で脱ぐとそれを投げつけてきた。


「ぐっ!」


 フィアの姿が隠れてどこから攻撃してくるか分からない! だったら!


 俺は退がったり前へ出るのは危険だと考え、真上へと跳び上がった。

 しかし、ローブの向こうでこちらを見ているフィアと目が合い、動きを読まれていた事を悟った。


 フィアは刀のつかに指をかけ、刀身のみねを手で支えていた。

 何をしているのかは次の瞬間には分かった。


「メイリード流、綺羅星きらぼしっ!」


 目にも止まらぬ速さで投げられた刀が飛来し、左腕を直撃。左腕は吹き飛ばされて宙を舞った。


「うぐあああぁっ!!」


 左腕に走るこれまで感じた事のない痛みと吹き出す血飛沫ちしぶき、床を濡らす血の雨に頭の中が痛いという言葉で埋め尽くされる。


 そして、勝利を確信したのかフィアは刀を地面に突き刺した。


「確かにあなたは弱くはないわ。でも強くもない。あなたがこの道を行けばそういう痛みに幾度いくどとなくさらされるわ。その先には死もあるでしょうね。……それを理解したなら平和な世界へ帰りなさい。この仕事は好んでするようなものじゃないのよ」


 少女はそう言うと手を振って、何やらゲームに出てきそうなウインドウを開いた。


 この試験を終了させるつもりか?

 確かに力量の差は明らか、絶望的な状況だ。


 だが、それでも諦めたくない。俺はまだ、やれる!

 その一心で俺は立ち上がった。


 血が減ってきた所為せい朦朧もうろうとする意識の中で、何かを守ろうとしているおぼろげな記憶が頭をよぎった気がした。その記憶に誘発されたのか、込み上げて来た言葉を吐き出した。


「ぐっ、待て、まだ終わってない。……俺は決めたんだ。守れる人になるって。俺は変わる……そのために戦うんだ! ……俺は、諦めないぞ。俺の夢は、今をなくして叶わない!」


「……もうふらふらじゃない。初めての怪我で精神がまいってるのね。そんな状態で一体何が出来るっていうの?」


「俺は……馬鹿な事を……してるんだろうな。だけど……それ以上に、何も出来ない自分は嫌だ。ようやく光が見えたんだ。ここで諦めるわけには……いかない!」


 脳内麻薬のうないまやくでも出たのか、痛みが和らぎ少し頭がはっきりしてきた。

 切られた腕のはしを能力で作った輪っかで締め付けて止血を行い、さらに電気で腕を形作り、その先は刃の形をイメージする。


 半ば意地になっている気はするが、そんな簡単に諦められるならこんな事はしていない。

 痛みにさらされているのに、不思議と高揚感こうようかんに満たされていく。


「まだ終わってない。……始まってすらいない! ……これから、ここから始めるんだっ!」


 叫びながら俺は前へと全力で駆け出した。

 するといつの間にかまた二本の刀をたずさえたフィアが構えた。


「……それだけの大口を叩くのなら、証明してみせなさい。あなたの力でっ!」


 フィアが腰を落としたタイミングで俺はフィア目掛けて大きくジャンプした。

 そしてその直後、能力で思いっ切り強い光を放った。


「うおおおおぉぉぉっ!」


「くっ! 目眩めくらましの放電!? 跳んでからなんて馬鹿じゃないの!?」


 フィアは雷人の跳躍から着地位置を予測し、そこに向かって攻撃を仕掛けた。

 しかし、タイミングは完璧だったはずなのに手応てごたえがない。


「えっ! 何で!?」


 次の瞬間、雷人はフィアの後ろに着地していた。

 そして、瞬時に振り向きながら突撃を仕掛け……勝負は決した。


 雷人の刃はフィアの背中の心臓の位置、その少し手前で静止しており、雷人は頭以外の全身が氷漬けになっていた。


「……やるじゃないの。そのまま突き刺せば良かったのに」


「……そうだよな。ははっ、あんなに大口叩いたのに、フィアを傷つけるだけの覚悟がなかったみたいだ」


「甘いわね。……でも、それがあなたらしいのかもしれないわね」


 少女は優しい笑みを見せ、そして両手を上げた。

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