第23話「Hell or Hell」
「おいおい気安くヒスイ抱き締めてんじゃねぇよ。お前らには勿体ない。豚に真珠の価値は分からないだろ?」
ユウイチは飄々とした態度でジンとオークを煽る。
「この状況でそんな口が叩けるのか。流石だな、ミヨシ」
「ユウ!? ユウなの!?」
まさかの名前が挙がり、ヒスイが驚愕する。
「あぁ、待ってろ。その臭そうな腕を退けてやるからな」
ヒスイを安心させる為に笑顔を作りながらユウイチは考える。
現状の最優先事項はヒスイ。まずは人質を解放しなければ自由に動けない。
しかし、シゲルの魔石もなければルーンカードも便利な銃のグリップもない。あるのはエンジェルデバイスだけだ。
一瞬でオークを倒すには槍ではリーチが足りない。達する前にくびり殺されてしまう。
だからタダシのようにデバイスを銃に変え、ヴェルダンディの力で運命を選定すればヒスイが殺されるよりも先にオークを倒せる。
「おっと待てよミヨシ。少しでも何かすればミノワを殺す」
「……」
「だからまずは変身を解いて、カードをこちらに渡せ」
「ちっ」
ユウイチが大きな舌打ちをし、カードをジンに手渡すと——鳩尾に衝撃。
ジンの膝をモロに喰らい、体を折り曲げながら地面に膝を突く。
そのまま丁度良い高さに降りてきたユウイチの頭をジンが蹴る。
「ハハハハハァ! 絶景絶景!」
「ヤシロ君! 辞めて! なんで……なんでこんなこと……!」
「なんで? そんなのこいつが憎たらしいからに決まってんだろ」
「ユウが……憎い?」
「何だその顔。まるで自慢の幼馴染が憎まれるはずないって顔だな。馬鹿か、そんな人間存在しねぇんだな」
「俺が憎いのは……ヒグルマの事件……が原因か」
口の中に溜まった血液を吐き出し、ユウイチがジンを睨む。
「そうだ。あの日、お前の親父は俺の両親を助けられなかった。その癖して息子は人助けを積極的にして幸せそうに生きている。こんな腹立たしいことがあるか?」
「知らねぇよ……」
「俺は親父たちを差し置いて幸せになることは出来ない。だから思った。なら俺以外を俺以上の不幸にすれば良いんじゃないか、と」
その結果が理不尽な理由で疎まれている人々に魔法で力を与え、暴れさせること。
時に目的を果たせず未遂で終わった犯罪者にまで手を貸して人々を特殊災害の渦に巻き込んでいた。
「そして極め付けがこれだ!」
ジンは立ち上がろうとしていたユウイチを蹴り、再び地面に転がす。
「憎む相手を一方的に嬲る! 最高の気分だ! 気が済むまでやったら目の前で幼なじみを殺してやるのさ! 直ぐ目の前に居るのに手の届かない絶望を味合わせてやる! ヒーロー一人ぽっちじゃ何も出来ない無力さに後悔しながら死ね」
「……はは。はっはっはははは!」
ジンの勝利宣言にユウイチは仰向けのまま高く高く笑う。
「そんなこと分かってんだよ。ヒーローだろうがどれだけ強かろうが一人じゃ届かない場所があるなんて承知の上だ。どう足掻いたって俺は人間なんだから」
エンジェルデバイスが使えるユウイチとタダシ。
圧倒的な個の力を持つココアやユウナ。
得体の知れない強さを抱えているアカネ。
ユウイチの知る限り、全員が人間だ。どれだけココアが強かろうとアカネが底知れなくても日本の反対側の国で起きた特殊災害を一人で被害者なしで止めろ。なんて無茶だ。
「ただ……それはお前も同じだ。たった一人で人類滅亡させられねぇからなぁ」
「俺なら出来る」
「無理だな。うちの隊長が居る限りは絶対に。それにお前はここで終わる」
痛む全身を必死に起こしてジンを睨み付ける。
「はっ、どうやってだ?」
「頼もしい仲間の力を借りるさ。一人じゃどうにも厳しそうだからな」
「ココアに対抗出来る戦力を充てがっているんだぞ。人質も居るこの状況でお前に何が出来ると言うんだ?」
「人質? 何時の話をしてんだ?」
ユウイチがほくそ笑んだ次の瞬間——一筋の雷鳴がオークに降り掛かった。
ジンが何事かと振り返る。
ヒスイを守るように立っていたのは空色の髪で右手に槍、左手に盾を携えた美少女。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ……と言いたいところだけど遅ぇよ」
「ほらでもヒーローは遅れてやってくるのが定番でしょ」
見覚えのある顔立ちにジンの顔から感情がスッと抜け落ちる。
「シライユウナ……」
「アオを……アタシの友達を傷付けた罪は重いよ、ジン」
誰も見たことのない殺気の籠った目付きでジンを見るユウナ。
ユウイチもユウナと見つめ合うジンの背後で槍を手にする。
「覚悟は出来たか? 降参すれば命の保証はしてやるよ」
「デッドオアライブとでも?」
「は? 甘えんな。ヘルオアヘルだ」
「死んで地獄か生き地獄……悪いがお前に選ばれる未来は持ち合わせていなくてな」
「選ぶのが俺の力だ。選定しろ——ヴェルダンディ」
カードには意志がある。手元になくても関係ない。
反撃開始の狼煙を上げようとしたユウイチだが——何も起きない。
「……ん?」
「馬鹿め」
ジンは魔法で両腕を変貌させ、ユウイチに突進。
幸いデバイスはそのままだったユウイチは一先ず槍で受け止める。が、止まらない。
完全に力負けしているユウイチの足が地面をスライド。
そこへユウナが透かさず割り込み、ジンを跳ね除ける。
「何、やってるの?」
「いや、呼べば来てくれるはずなんだ」
「残念だったな。俺は怠惰で勤勉なんだ。このカードは俺が持ってる限り力を封じることが出来る」
ジンがぴらぴらとヴェルダンディのカードを見せびらかす。
その間にもジンの腕と同じように足や体、頭部までもが龍のように変わっていく。タダシとやり合った竜人とは比べ物にならない威圧感。
ヴェルダンディの力無しで戦うには無理がある。
「あれを取り返せば良いんだね」
まだまだ余裕のあるユウナが軽快な足取りでジンに向かう。
炎の吐息を盾で反射し、槍一本でジンの両腕両足とやり合い始める。あちこちを飛び交い、案の定ユウイチには手の届かない戦いになった。
ユウイチはその戦闘の余波からヒスイを守る。
そうして少しだけ余裕が出来た時だった。
「ユウ、もしかしてこれって同じやつ?」
ヒスイが一枚のカードを取り出す。
それは紛れもなくエンジェルカードで、ユウイチは勢いでヒスイの手からぶん取った。
ヴェルダンディともウルズとも違う絵柄は恐らく最後の一柱——スクルドだろう。
「そう言えば一枚行方不明だったな。すっかり忘れてた。何処で拾った?」
「カリンさんとミライさん助けた時に」
スクルドのカードは囚われている仲間を助けたいのか、それとも戦いたいのか己を光らせて主張してくる。
暇な時間でユウイチが調べたこと。
時女神の中でスクルドだけはワルキューレでもある。
つまり最も戦闘向きな時女神と言っても過言ではない。
「力、貸してくれるのか? よっしゃ! じゃあ暴れるとしようぜスクルド!」
カードを頭上に放り投げると、楽しく踊るようにユウイチの周りをくるくると回り出す。
ユウイチもそんなスクルドと一緒に踊る。槍をまるで達人の演舞のように取り回し、止めるとそこへカードが降りてくる。
「断ち切れ——スクルド」
光の中から現れたのは銀髪で紺色の衣装に身を包んだユウイチ。
ユウナと戦うジンに狙いを定め、力一杯踏み込んで凄惨な町を疾駆する。
「真打登場」
「カードのことは考えなくて良いんだね。良し……!」
「むっ!」
空中戦の途中でユウナが右手の槍をジンに振り下ろす。
ジンは瞬時に両腕を刃に変えて防御。ユウナの細腕からは想像も出来ない力が伸し掛かり、呆気なく地面へと叩き落とされる。
ジンの周りを舞う砂埃。
そこから飛び出すのはユウイチだ。
咄嗟の防御も回避も間に合わない。ユウイチの槍の一振りがジンの右腕を斬り落とす。
その間にユウナがヒスイを守れる立ち位置に移動。
ユウイチも一喜一憂せずにジンの出方を伺う。
右腕を失ったジンは無言でユウイチを見つめ続ける。すると瞬時に右腕が生えた。
「なぁっ……!?」
「忘れたのか俺は怠惰の魔法使いだ。他人を変貌させることが出来れば自分の腕を生やすなんて簡単だぞ? それにお前らが俺を殺すことは出来ない」
「……不老不死になってるんだ。間に合わなかった」
「ご名答! 俺は自分を不老不死にした。他人への付与はまだ出来ないけどな」
「え、ユーナどうにか出来ねぇの?」
「少なくともアテナに不老不死を倒した史実も力もないかな……」
「そう言うことだ!」
唇を噛むユウナを尻目にジンが動く。
ユウイチとの距離を爆速で詰め、両腕の刃と槍が激しく交差する。
「状況を理解したか? 今、降参すれば絶望させるのは先延ばしにしてやるよ!」
「悪い。諦めるのは似合わないらしくてな。俺は現在の誰かを助けることもお前をぶっ倒す未来も諦める気なんて微塵もねぇんだよ!」
「そうか。じゃあ死ね!」
ジンの口の端から火の粉が漏れる。
「ユウイチ! その炎はまずい!」
「先に言ってくれ!」
即座に槍を地面に突き刺し、棒高跳びの要領でジンの頭上を舞うユウイチ。
ジンも体を仰け反らせ、炎の吐息で逃げるユウイチを追い掛ける。
「ユーナ! バトンタッチ!」
「任せて!」
着地と同時にユウイチとユウナが入れ替わり、炎を盾で跳ね返す。
しかし、ジンが自分の炎に悶えることはない。炎の海から二本の凶刃が牙を剥く。
「これからどうするの!?」
「決まってるだろ。大暴れすんぞ」
「え?」
「ド派手に行こうぜユーナ!」
「言ったね?」
ド派手に、と言われたユウナは大きく深呼吸。
迫りくる炎の海に向かって槍を斜めに一閃。
「は?」
それがユウイチの声か、ジンの声か、はたまたどちらもか。
ユウナの一振りで炎の海が割れる。
割れた海の真ん中を突っ切り、ジンと激しい剣戟を開始。美しくありながらも怒涛の勢いで攻め立てる姿に智将の面影はなく、もう一柱の軍神を想起させる。
「本当にアテナなの……アレスの間違いなんじゃ……」
「こりゃ負けてらんねぇぞスクルド! ヒスイ、隠れてろ。それと悪かった。後でまたちゃんと謝る」
「……無理はしないで」
「前向きに検討する」
「それ、やらない人の常套句」
「まあ見とけよ。今の俺は割と強い」
強気にそれだけ言い残して駆け出すユウイチ。
そうして、もう龍ですらない異形のジンにユウナと共に立ち向かう。
炎の吐息をユウナが対処、ユウイチの槍の嵐が両腕の刃から繰り出される攻撃に蓋をする。
「はぁっ!」
機を見計らったユウナが槍を突き出すが、避けられる。
ジンは炎の吐息で場を掻き回しながら頭も回す。
違和感がある。ユウナの攻撃は回避出来るのに何故かユウイチの攻撃に対して防御しかしていない。
防御よりも回避の方が次の一手に移り易い。
だが、やはりユウイチの槍を受け止めてしまう。その隙をユウナは逃さない。
ジンの左肩をユウナの槍が貫通。
「クソが!」
それがスクルドの力なのは分かり切っている。
ジンが堪らず右腕を伸ばしてユウナを狙う。
しかし、ユウナはシールドバッシュで弾き返してジンの胴体を蹴り飛ばした。
ユウイチはジンの左肩が完治するよりも速く懐に飛び込む。
「左腕が使えないからなんだと言うんだ!」
ジンの右膝から刃が突き出て、ユウイチの左肩を貫く。
「ぐっ……!」
「何をしても無駄なんだよ。俺を殺すことは不可能なんだからな」
「無駄じゃねぇさ。俺のヴェルダンディは返して貰うぜ……」
左手の指に挟んだカードを見せ付け、力任せに肩を引っこ抜く。迸る激痛に呻き声が溢れる。動きが鈍る。
「ならその女神と一緒に死に絶えろ——がっ!?」
抜刀術のように大きく踏み込んだジン。
その頭部が一瞬で吹き飛んだ。
流石の不老不死も頭を吹き飛ばされると動きが止まり、ユウナはユウイチを回収。
ユウナの傍と言う安全地帯でユウイチは助けてくれた仲間に礼を言う。
「助かったぜタダシ」
「回復用の魔石だ。応急処置くらいにはなる。それで状況は?」
「不老不死の相手だ。正直俺とユーナじゃ勝ち目がない。勝ち筋あるか?」
ユウイチがユウナと派手に暴れていたのは手が空いた誰かが居れば駆け付けてくれる可能性があったからだ。何処で何が起きているのか分かるように。
魔法知識に乏しいユウイチは作戦立案をタダシに任せ、ユウナがジンの足止めを。
「怠惰の魔法。魔法であればココアの魔法を斬る剣が通じる可能性は高いが、既に定着してる状態で通用するかどうかは不明だ」
「しかもそのコッちゃんもまだ手が空いてないと。どんな魔物を嗾けたんだよ」
「……と言うかユウイチ。何か姿が違くないか?」
「さっきまでヴェルダンディのカードパクられてたからな。スクルドで変身した」
「スクルドのカードを見つけたのか!? なら行けるかも知れない」
「詳しく聞かせてくれ」
タダシは時女神三柱の能力とそれを使った不老不死対処法を手短に説明した。
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