第22話「見据えるべき場所」
「くっ……!」
マジマはルーンの魔石を使い、身体能力を上げ、炎や風を巻き起こす。
しかし、どれも竜人に通じない。
炎の壁を突き抜け、風の刃を物ともせずにマジマへ迫る。
そこから竜人がマジマに仕掛けたのは格闘戦。翼も吐息も使わずに敢えてマジマ寄りの戦場を選んでいる。
明らかに舐められている。
「ふざけやがって!」
マジマが徒手空拳で戦いながら取り出した魔石。
それは宙に投げられた瞬間——眩い光を放つ。
視界を奪えるのは一瞬。だが、その一瞬で十分だった。
マジマはグリップを散弾銃に変化させ、ゼロ距離で引き金を引く。
激しい炸裂音と共に竜人の体がノックバック。
心の中でガッツポーズをするマジマの耳に飛び込んできたのは落下する幾つもの金属音。
「なっ……に!?」
「こんなものか。『Rouge』とやらも大したことがないな」
銃弾は全て強固な鱗に弾かれていた。
新しい魔物が現れる度に強さが増していくのは感じていたが、アカネ特性の銃弾が無効化されたのは初めてだ。
マジマは攻撃を避けながら左手首にエンジェルデバイスを出現させる。
右手に持ったウルズのカードを翳し、声高に叫ぶ。
「力を貸してくれ! ウルズ!」
しかし、何も起こらない。
「どうしてだ!?」
「何遊んでんだよ」
窮地でも助けてくれない女神に怒るマジマへ痛烈な一撃。
その勢いでアスファルトを転がったマジマはカードを持った手を地面に叩き付ける。
「なんでだ……! どうしてウルズはオレに力を貸してくれない!」
マジマの頭に残り続ける記憶。孤児院が魔物に襲撃され、何も出来ずに友達を死なせた辛い記憶。
あの日から強くなろうと今まで頑張ってきても目の前の敵に遠く及ばない。
マジマは悔しさに苛立ち、唇を噛む。
痛みを振り切り、体を起こそうとする。
「タダシ殿を守れ!」
セリア班の複数人が竜人に立ち向かうも——一蹴。多数の魔物と戦い、疲弊した状態では時間稼ぎにもならない。
「やめろ……! オレはまた……あの時と同じっ! 頼む! ウルズ!」
セリア班が軽くいなされる。
まだ死んではいないが、このままだと殺される。
マジマは何度も——何度も何度もカードを翳す。
だが、変化は訪れない。
マジマの頭に退避の選択が浮かぶ。
「だが……まだ避難が終わっていない……!」
とは言え、全滅してしまえば同じことである。
指揮を任されているマジマが退避の命令を叫ぼうとした——その時だった。
「喰らいやがれ!」
制服に身を包んだ銀髪のユウイチが消火器を竜人に噴射。
粉末は竜人の顔どころか上半身を覆い隠し、大量の粉が顔面に付着。視界を奪う。
「なんだこれは!?」
「万能な粉末消火器だ! 覚えとけ!」
真っ白になった竜人の鼻目掛けて消火器をフルスイング。煩悩の一つを消してしまいそうな音と共に竜人が悶える。
「もう一発!」
しかし、ユウイチが振り被る前に竜人の貫手が消火器を破壊する。
「復帰が早ぇんだよ!」
白い粉が舞う中、ユウイチは掌底で竜人の顎を打ち上げた。
表皮が硬くても竜人の頭が揺れる。視界も揺れた竜人の体を押し出すようにユウイチが蹴り、近くでうずくまるセブンを抱えて距離を取る。
「セブンちゃん、動けそうか?」
「はい。なんとか」
「なんか魔石持ってねぇ? あのフラッシュグレネードっぽいやつとイングがあると助かるんだけど」
「どちらも三つずつなら」
ユウイチはセブンの掌から六つの魔石を取り、竜人を見る。
「後は手頃なサイズの鉄パイプかそれっぽい武器が欲しい。それが終わったら怪我人を下げるぞ」
「はいっ!」
「作戦開始っ!」
号令と共にシゲルが刻まれた魔石を竜人の足下に叩き付けるユウイチ。
一瞬の内に駆け抜ける閃光は周囲の視界を奪う。
ユウイチとセブンを除いて。
目が眩む竜人の鼻にユウイチのボレーシュート。銃弾すら弾く表皮にデバイスなしのキックなどダメージにもならない。
だが、元は人間。目が眩むのと同じように怯む。
「無事だと分かってても顔面は怖ぇよな!」
「クソが!」
至近距離で反撃に転じる竜人に投げた次の魔石はイング。
巻き起こる突風が竜人を押し出し、無理矢理ユウイチとの距離を離される。
「ユウイチさん! これを!」
「さんきゅー!」
鉄パイプを受け取ったユウイチはそこからも同じように戦闘を進める。
狙うのは怯む顔やバランスを崩す足下。時折数少ない魔石で視界を奪い、回避が困難な時はイングで竜人を吹き飛ばしてやり過ごす。
その隙にセブンや手の空いたセリア班の班員が怪我人や一般人を避難させていく。
しかし、未だに立ち尽くしているだけのマジマにユウイチが何かが切れる。
「おいテメェ! 何時まで突っ立ってんだ! 手伝え! こっちは魔石が尽きそうなんだよ!」
「デバイスの力がないんだぞ!」
「だったら何だ! お前は女神様に認めて貰う為に『Rouge』に入ったのか?」
戦いながらユウイチが大声で叫ぶ。
「過去の後悔も何もかも全部誰かを守りたいからってのが理由だろ! でもなぁ! 俺たちは
完全に魔石が尽き、鉄パイプが破壊された。
そして、ユウイチは左腕を顔の前に持っていく。
あの時と同じように強く、願う。
「俺は助けられる命があるのなら一つでも多く助けたい。だから力を貸してくれ! ヴェルダンディ!」
すると——不思議なことにユウイチの左手首にエンジェルデバイスが出現。
何処からともなくヴェルダンディのカードが飛来。ユウイチの右手にやってきた。
「選定しろ——ヴェルダンディ」
マジマは今までの自分を振り返る。
ずっと過去の後悔から一人で強くなろうとしていた。
しかし、実際は一人で戦うことは稀でアカネは決まって最低でも二人組で行動させる。
その点で言えばユウイチは真逆の存在だった。
入った当初からココアと連携し、セリア班の名前と顔を覚え、協力しながら目の前の誰かを助けようとしていた。今もそうだ。
「オレはあの日からずっと自分の強さばっかり……大事なのはオレが強いことじゃない! 誰かを守れるかどうかだ!」
マジマの決心に応じるようにウルズのカードが輝きを放つ。
マジマは拳を前方に突き出し、その上に乗せるようにカードを翳す。
「紡げ——ウルズ」
大幅な変化があったユウイチとは逆にマジマは髪の色と目の色だけが青くなる。
手首のデバイスを銃に変え、戦うユウイチを援護。
「自覚が足りてなかったのはオレだった。行くぞミヨシ!」
「もうとっくに行ってんだよ。タダシは追い付いてこい」
「——抜かすなユウイチ」
エンジェルデバイスに適応した二人が竜人を圧倒する。
ユウイチの縦横無尽な槍捌き。
タダシの正確無比な射撃は飛行の選択肢すら撃ち抜く。
「羽、貰い!」
そうして飛びあぐねる竜人の両翼をユウイチが斬り落とす。
跳躍した後の隙はタダシが埋めてくれる。
ユウイチが悠々と空中で回転し、着地する直前——とある顔が目に入った。
これまでアカネの指揮する『Rouge』が幾ら探しても見つけ出せなかった諸悪の根源。
「ヤシロの奴……! タダシ! ここ任せた!」
ウルズの力を得て、タイマンでも大丈夫だと判断したユウイチが戦線離脱。
見かけたジンの影を追って走る。相手は凄いと噂の大罪の魔法使いだ。槍を片手に全神経を張り巡らせておく。
しばらく走り、人の気配を感じて立ち止まる。
ユウイチは槍を両手でしっかりと掴み、ゆっくりと気配の方へ近付いていく。
その先に居たのはヒスイをヘッドロックの形で捕まえている謎のオークとユウイチも良く知るクラスメイトのヤシロジンだった。
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