第21話「響く鼓動」


 ユウナのおかげでユウイチが立ち直ってから数日後の休日。

 ユウイチは『Rouge』に戻るでもなく家に居た。元気になったユウイチを見てミキたちが大喜びする中、当の本人は部屋で一人。


 「うーん……どうすっかなぁ」


 スマホを片手に頭を抱えていた。

 『Rouge』に戻るのが最優先事項なのだが、一度出てきてしまった手前、あっさりと戻ることに気まずさを感じてしまう。

 アカネやココアたちがそんな細かいことを気にする性格でないのはユウイチも分かっている。分かっているが、分かっていても足が止まる。

 何よりマジマと会うのが嫌だった。

 『Rouge』に戻るなら避けては通れないことなのだが。

 我儘を言うなら何かのきっかけで呼び出して欲しかった。そうしたら戻り易い。


 「まっ、現場で誰かと会ったら流れで戻れば良いか! 出来ればコッちゃんが良い。マジマは……あぁ、でもあいつがそうだったか」


 ユウイチはアカネの話していたマジマの身の上を思い出す。

 力及ばず施設の仲間を助けられなかったことをずっと引き摺り続けているマジマ。ある意味でついこの前までユウイチがそうだった。

 嫌いな相手との共通点にげんなりしていると下の階でバタバタする足音が聞こえてくる。

 全員が落ち着いていることが多いミヨシ家では珍しい音だ。


 「何かあったのか?」

 「兄様!」


 首を傾げるユウイチのところへミキがノックもせずに飛び込んでくる。


 「どうした?」

 「どうした? ではないですよ! 緊急警報鳴らなかったのですか!?」

 「あー。俺あれうるさいから設定切ってるわ」

 「緊急警報の意義っ! それより早く支度をして下さい! 父様も帰ってます!」

 「父さんが?」


 ユウイチはバッジを手に取り、ミキと共に階段を駆け降りる。


 「父さん、何があったんだよ!?」


 本来なら消防士であるギンが特殊災害時に家に戻ってくることはない。

 となると答えは明白だ。


 「上からの御達しでな。警察も消防も全部避難の対象になったんだ。その上ってのが何処からなのかさっぱりだがな」

 「……たいちょーか。今どうなってんだ……テレビ!」

 「おい逃げる準備は……」

 「もう出来てる! 持ってくもんなんかないから皆んなの準備出来たら言ってくれ!」


 テレビの電源を点けると真っ先に特殊災害の中継が出てきた。

 街中で暴れる魔物たち。中でも一際目立っている魔物が居た。

 リザードマンとも違う人型を保ちながら翼竜と融合したような姿の魔物はゆっくりと歩を進めながら暴虐の限りを尽くしていた。

 中継越しからのユウイチでも分かる強さ。

 あれに真正面から向かって対抗出来るのはココアやアカネレベルだと一瞬で悟る。

 しかし、現場にココアは居ない。


 「なんでだ!? 真っ先にコッちゃんが飛び付きそうなのに!?」


 現場に居るのは見覚えのあるセリア班の面々と——マジマだ。

 マジマが果敢に竜人に向かっていく。

 ココアやセリアが居ない理由で考えられるのは一つ。あの竜人以上の何かが他の場所にも出現しているのだろう。

 考えたくはないが、ユウイチはそれしか考えられない。

 そこで中継が突然切れてブラックアウト。


 「……場所は分かる。俺が行けば少しくらいは変わるだろ!」


 リビングから飛び出し、玄関のキーホルダーからバイクのキーを取ろうとするユウイチ。

 だが、手は空振り。

 先の特殊災害時にバイクを壊してから新調していない。

 舌打ちを通り越し、もどかしさが身体中を駆け巡る。


 「————っ! 納車しとけよこの馬鹿野郎!」

 『Rouge』の給料で買うこと自体は簡単だったが、その余裕が最近までなかった。

 「ユウイチ」

 「あっ、うわっ……」


 玄関に立つユウイチの後ろから聞こえてきたのはギンの声。


 「運転手よりも先に、何処へ、行くつもりだ?」

 「……」


 ユウイチの性格はギンも当然良く知っている。

 この状況で家から飛び出そうとしている息子を見たら、行き着く答えは一つしかない。

 ユウイチは説得が無理だと分かっている。

 だから言葉が出てこない。

 だから無言で振り返り、ただ真っ直ぐ、ギンを見る。どんな顔で見ているのかユウイチ自身でも分からない。


 「それは……ユウイチでなきゃ出来ないことか?」

 「……いや。でも、俺がやるって決めたことなんだ」

 「……そうか」


 ギンは悲しそうに、そして嬉しそうに笑い、ユウイチに何かを放り投げる。


 「おっ、お? って……これ!」


 投げ渡されたのはギンのバイクのキーだった。

 何度頼んでも絶対に乗ることを許されなかったアメリカンバイク。ギン仕様のカフェレーサースタイルになっているユウイチ憧れのマシンだ。


 「後でアヤメに怒られような」

 「ミキにもだな!」


 ギンとぎこちない笑顔を作ったユウイチは一目散にガレージのバイクに跨る。

 そしてVツインエンジンの重厚な音を響かせ、家を飛び出した。

 向かうのはマジマの居るあの場所。

 ユウイチはギアを上げ、アクセルを回す手に力を込める。

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