第19話「ばいばい」


 「……これはどう言うこと?」


 魔物の軍勢を片付け、場所は『Rouge』の事務所。

 アカネは自身のデスクに置かれたエンジェルデバイスとヴェルダンディのカードやその他のアイテムを見て、ユウイチに問い掛ける。

 それらは全てユウイチが持っていた物だ。


 「俺……辞めます」

 「それはどうして?」

 「人を死なせた……あの時、俺がユーナを助けに行かなければ被害は抑えられました」


 ユウイチが陣形を崩したことで動けなかった怪我人が何人も死んだ。

 幸い、アカネの到着とココアの奮闘で二桁には登らなかった。


 「でも、ミヨシは人を助けたじゃない」

 「違う! あいつはアテナの力を持ってて……きっと俺が助けなくてもあのオークくらいならどうにかしたはずです」


 ユウイチの発言に真っ先に反応したのはマジマだった。

 マジマは荒々しく椅子から立ち上がり、ユウイチの胸ぐらを掴む。


 「それが分かってて陣形崩したのか!? ふざけてんのか! さてはお前がヤシロジンとやらじゃないんだろうな!」


 マジマの怒りは尤もだった。

 ユウイチの行動は死ぬ命をただ増やしただけ。守る為に必死に足掻いてきたマジマからすれば腹立たしいでは済まされない。


 「それでも動いた。なら命を守るよりも大切なことがあった、違う?」

 「アカネ隊長……」


 ユウイチを庇う姿勢のアカネにマジマは唇を噛む。


 「ユーナは昔、小学校で皆んなを守る為に力を使ったらしいんです。でもそれから仲良かった友達ですら普通に接してくれなくなったって」

 「良くある話ね」

 「きっと怖いはずなんだ。事情の知らない友達の前で力を使うのは。だからやらせたくなかった……そう思ったら体が勝手に動いてて……すみません! 俺の責任です!」

 「謝って済む問題じゃないだろう!」

 「だからと言って謝らなくて良い理由にはならないだろ! 許されたいから謝ってる訳じゃねぇんだよ! 間違ったんだよ俺は……だから!」

 「責任を持って辞める。そう言いたい訳ね」


 口喧嘩が始まりそうになるとアカネが挟まり、それを止める。

 アカネの言葉は紛れもなくユウイチの本心だった。

 多くの人を助けるべき場面で個人的な感情で動いたことは許されざる行為だ。

 マジマの腕を振り払い、アカネの発言を待つ。

 そうしてアカネの口から出たのは意外過ぎるものだった。


 「でも、認識の間違いがある。この一件に関してミヨシが負うべき責任はないわ」

 「は、え? でも……」

 「最初に言ったこと、覚えてる? 私の命令には絶対従うこと」

 「あぁ……そう言えば」

 「あの時、無理せず戦況を維持、私が到着するまでは現場の判断に任せると言ったわよね。だからその上で友達を助ける判断を下したミヨシに責任はない。あるとしたらあんな曖昧な指示をした私よ」


 あれは事務所を離れるとアカネが現場を俯瞰出来なくなるから出した指示だった。

 戦況を維持するのが悪手ならば命令がなくてもその場で臨機応変に動けるように。


 「そんなの……納得出来ないっすよ!」

 「納得も理解もしなくて良い。ただ受け入れるの。私の指示が原因で起きた事象なら責任の所在は明らかでしょう?」

 「……っ」


 一歩も退く気はないアカネの強気な態度に言葉が詰まる。


 「それにもし責任を取ると言うなら残って欲しい。人手不足なの。魔物と互角以上に戦える人材で私の指揮下に入るのは嫌だって人も多いからね」

 「失ったものばっかり見ても良くないよ。ユーイチは間違いなく多くの人を助けた。次はもっと上手くやろう! ワタシも頑張るからさ!」

 「命は平等でもそこに関係性が加われば幾らだって天秤は傾くものだ」


 ココアやトウキチの優しい言葉も今はユウイチの心に重く響いてしまう。


 「俺を必要としてくれるのはすげぇ嬉しい。でも! 今のこの精神状態でまともに力になれるとは思えないんです。すみません……」


 深く、深く、ユウイチはアカネに頭を下げる。


 「制服バッジは持ってて良いわよ。心の整理が出来たら何時でも戻ってきて」

 「はい……」


 絞り出すようなか細い声で返事をしてからユウイチはエレベーターへ歩く。


 「ばいばい」


 背後から聞こえてきたアカネの声。きっと手も振っているのだろう。

 しかし、ユウイチは中途半端に体を捻り、ペコリと頭を下げることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る