第18話「ユウイチの選択」


 アカネの言った通り、ココアがヤシロ家に行った時には既にもぬけの殻。

 逃げられた、と言うより元から祖父母の家には帰らずに私生活を送っていたらしい。

 一応、アカネが警察関係者にもジンを捜索するように頼んで数日が経過。ユウイチたち含めて釣果はない。

 警察の捜査は魔法で内部に潜り込み、回避してる可能性が高かった。


 「ヤシロの奴……何処行きやがった」


 地元のコンビニの駐車場でユウイチが周囲を睨むように見渡す。


 「そんな顔してたら見つかるものも見つからなくなっちゃうよ。はいこれアイス」


 煙草を買いに行っていたココアがモナカのアイスをユウイチに手渡す。


 「さんきゅーコッちゃん。でも俺じゃあいつのこと見つけられねぇんだけどな」

 「歩き方とか仕草で分かったりしないのか?」

 「百均ちゃんは俺を何だと思ってんだ? 無理に決まってるだろ」

 「そうか。そうなると頼れるのはココア殿だけか」

 「魔眼も魔力使うから常時発動は無理だけどね。ちなみに今のところは居ないかな」


 煙草を咥えたココアの右眼がエメラルドのような緑色になり、元に戻る。

 ここ最近の特殊災害はユウイチとジンの地元で起きていた。だから最も潜伏している可能性と事件が起きる可能性が高いとして、アカネは地元民のユウイチ含めた四人を派遣。

 ユウイチ、ココア、セリア、マジマの四人だ。


 「いつものメンバーだが……大分固めたな」

 「主犯が生活していた場所だからな。隊長ももしもを考えてのことだろう。ココア殿にエンジェルデバイスが使えるユウイチ殿、そしてタダシ殿だ。何が来ても怖くないな」

 「ちょっと百均ちゃん、フラグ立てるのは良くない」

 「ふ、フラグ!?」


 ココアのツッコミの意味が分からないセリアがギョッとする。

 キョロキョロと辺りを警戒し始めたので、どうやらフラググレネードか何かと勘違いしたらしい。


 「はふいよはんはよふあはふ……ってことだよ」

 「せめて口の中のアイスを食べ切ってから説明してくれ!? その様子だと爆弾ではないんだな!?」

 「雑に言うと悪い予感はあたるってことだよ。それと街中で爆弾とか大声で言うな」

 「あぁ、すまない。ところでユウイチ殿はどうして髪の毛を銀色に?」


 落ち着きを取り戻したセリアはユウイチの髪色にツッコんだ。

 地元での巡回が始まってからずっとユウイチは髪の毛を銀色にしている。制服バッジの効果で髪の色も変えられるのでデバイス使用時と同じにしていた。


 「知り合いにバレたくないんだよ。特にヒスイと父さんには」

 「不思議な感覚だな。活躍を隠したいと言うのは」

 「俺は騎士じゃないんだよ。名声は要らん」

 「おい皆んな、アカネ隊長から通信だ」


 マジマの言葉にココアが煙草を押し潰し、灰皿に捨てる。


 『魔物たちの大群を見つけたわ。サイレンも間もなく鳴る。大至急向かって』

 「「了解!」」

 「行くぞコッちゃん!」

 「運転任せたー!」


 アクセルターンで方向を変えたユウイチのバイクに飛び乗るココア。

 マジマたちを置き去りにしてユウイチはアクセルを回してコンビニを飛び出す。

 車と違いパトランプがない影響で道行く一般車は避けてくれない。とは言え、避けてくれる前提でかっ飛ばして避けてくれないのも困る。逆にユウイチはパトランプがない方が気楽だった。


 「ユーイチユーイチ! あれ!」

 「逃げてるってことはそろそろ——!?」


 アクセルを捻ろうとした瞬間、突如目の前に現れた影がライト目掛けて拳一閃。

 バイクは壊れ、二人は宙へ投げ出される。

 ココアは綺麗に着地、ユウイチは不格好ながらも直ぐに体勢を戻し、影を睨む。


 「人狼……じゃねぇ!? 虎男だ!」

 「お前らか。邪魔をする奴らは」

 「死にたくないなら降伏をお薦めするよ」


 剣を構えたココアが虎男に冷え切った声で言った。

 しかし、虎男は大きく高く笑う。


 「ガッハッハ! あり得ねえ! この力があって降伏!? 馬鹿馬鹿しい! 社会ってやつに誰を敵に回したのか教えてやるん——ごあっ!?」


 喋ってる途中に虎男の後頭部がアスファルトに叩き付けられた。


 「じゃあ、容赦は要らねぇな。俺のバイクぶっ壊しやがってふざけんじゃねぇぞ!」

 「やるぅ! 何時の間にデバイス使ったの?」

 「だって話長ぇし。さっさと終わらせてぇなって」

 「ユウイチ殿、ココア殿、平気か?」


 そこへ遅れてやってきたセリアとマジマが合流。

 同時に人々のけたたましい悲鳴と黒く染まった笑い声が辺り一帯に響き渡る。


 「は……?」


 あまりにも派手過ぎるその音に開いた口が塞がらないマジマ。

 四人の目の前に広がるのは魔物の大群。今まで見てきた数とは圧倒的に違う。

 波のように押し寄せてくる魔物の軍勢が町を破壊し、人々を襲う。


 「出来るとこまでやるしかねぇ!」 

 「百均ちゃん、タダシ! 行くよ!」


 四人で一斉に軍勢に向かう。前と同じ流れで倒していけば救援が来る頃には数を減らせるだろう。

 ユウイチはそう思っていたのだが。


 「ぐっ!?」


 槍を防がれ、カウンターを顔面に貰う。

 揺らぐユウイチへの追撃——をココアがカット。


 「助かった」

 「前より強い個体が増えてる。と言うか強い奴しか居ない」

 「しかも狙いが明らかに自分たちに向いている。殺戮はおまけだろう」

 「物騒なおまけがあったもんだぜ……!」

 「だが、そっちの方がまだ戦い易い。しかし……やはり民間にも被害が出ているのをなんとかしたい」


 どれだけ頑張っても四人相手では魔物側も一度に戦える数に限界がある。

 手の余った魔物は人々を襲い、ユウイチたちが急いでそちらに手を回す。その繰り返し。


 『セリア、今そっちにセリア班が到着するわ。二人一組を作らせてあなたたちもペアを組んで戦いなさい。ミヨシとセリア、サオトメとマジマで』

 「頼むぜ百均ちゃん!」

 「こちらこそだ!」


 セリア班が到着し、形勢が変わり始める。

 ドローンのようなもので現場を俯瞰しているアカネの指示に従い、少しずつ少しずつ魔物の数を減らす。

 怪我をした人をユウイチペアとセリア班のペアで囲み、守りながら戦いを進める。


 「良し良し! 戦況が安定してきたぞ!」

 「このまま行くぞユウイチ殿! 皆! 陣形を崩すな!」

 『そのまま無理せず戦況を維持。今から私もそちらへ向かうわ。それまでは現場でのあなたたちの判断で行動』

 「「「了解!」」」


 多少の傷を無視して戦っているユウイチの服に血が滲み始める。

 致命傷だけを避けるようにし、背中をセリアに預けて効率良く魔物を遠ざけながら倒せる魔物だけを無理せず倒していく。

 ユウイチは途中で武器を散弾銃に変え、容赦なく引き金を引いて引いて引きまくる。

 炸裂音と共に魔物がノックバックしていく様は爽快だった。


 「コッちゃん! マガジン!」

 「はいよー! 受け取れい!」


 散弾銃用の弾倉が切れたタイミングでココアに呼び掛ければ拳銃用の弾倉が戦場を飛ぶ。

 ユウイチは銃を拳銃に変え、飛んでくる弾倉をそのまま装填。


 「しゃがめ!」


 即座にセリアが身を屈めながら近くの魔物の足を斬り払う。

 その頭上をユウイチの撃った弾丸が通過し、魔物の目から光を奪った。


 「恐ろしいことをしてくれる……」

 「もう一秒遅けりゃ百均ちゃんを撃ち抜くところだったぜ……っ!?」


 軽口を叩くユウイチの視界の端を横切ったのはあの時の黒オーク。

 しかし、ユウイチたちに目もくれず、何処かに向かって走っている。


 「あん時の黒オークだ! 今度こそぶっ倒してやる!」

 「待てミヨシ! アカネ隊長や援軍が来るまでここを手薄にするのは危険だ! 身動きが取れない怪我人も居るんだぞ!」


 持ち場を離れようとするユウイチをマジマが止める。が、間もなく悲鳴が響く。

 その女性の悲鳴にユウイチは聞き覚えがあり、銃を撃ちながらそちらを見るとユウナが怪我をした少女を抱えていた。


 「あれは……アオか!?」


 血を流しているのはワカマツアオ、ユウナの隣で震えているのがカネコフミ。

 どちらもユウイチのクラスメイトでユウナの友達だ。

 ユウナはアオをフミに預け、黒オークに立ちはだかる。


 「そうだ……ユーナなら平気だ。あんなオークに負けるほど弱くない」


 ユウイチがそう思いながらも視界の端に捉え続けるユウナはアテナの力を使う素振りは見せず、何やら煽って時間稼ぎをしているようだった。

 しかし、フミはオークの威圧感に呑まれ、逃げられそうにない。


 「ユウイチ殿! 駄目だ! 離れないでくれ!」


 気持ちが逸れ始めているのをセリアが止める。

 ユウイチは知っている。ユウナがアテナの力を持っていることを。

 だからわざわざ助けに行かなくてもユウナなら何とか出来る。寧ろココア並みに信頼出来る強さを持っている。ユウイチよりも強い。

 だが、ユウイチの頭に母親を守り切れず、泣き喚く子どもの様子が浮かぶ。

 ユウイチは知っている。ユウナの過去を。


 「ユウイチ殿!」

 「ミヨシ! 待て!」


 陣形を崩したユウイチは黒オークに一直線。

 ユウナが力を解放しようと髪の色が変わり始める寸前で黒オークを横から蹴り飛ばした。

 右手に槍を持ち、ユウナに背中を向けて叫ぶ。


 「早く逃げろ! そのままじゃア——連れが死んじまうぞ!」


 アオの名前を言いそうになり、誤魔化す。

 ユウナは呆気に取られて開いていた口をキュッと閉じ、怪我をしたアオを抱え、フミを引っ張って去っていく。


 「よぉ、今まで何処に隠れてたんだこの弱虫の不細工オーク」

 「またお前かぁ! 復讐の邪魔をするなぁ!」

 「うっせぇよ。ユーナたちに手ぇ出しといてタダで済むと思うんじゃねぇぞ!」


 ユウイチは容赦なく怒りをぶちまける。

 どれだけダメージを受けても止まらない鬼神とでも言うべき恐ろしい戦意と攻撃の手。

 死の恐怖に取り憑かれた黒オークは段々と足が竦み、背を向ける。

 ユウイチの頭を怒りが支配する。

 何度も悲鳴が聞こえてきた。

 先程までユウイチが陣形を組んでいた方向からだ。


 「うらああああああああああ!」


 まるで泣き声にも聞こえる叫び声を出しながらユウイチは槍を投げる。

 イングの力でブーストされたその槍は逃げる黒オークを命ごと捕らえた。

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