第17話「黒幕」


 そうして事務所に戻ったユウイチたちだが成果はなかった。

 天体観測の日だったのもあり、ノゾミに接触出来た人物が学内の人物だけでなかったのも大きい。当然参加者名簿など作ってるはずもない。

 ヒグルマの放火事件の被害者名簿と生存者の名前を全て調べてみても同姓同名は学校に一人として居なかった。

 ユウイチたちと同じ歳でジンは居た。だが苗字がモリノだった。

 徹夜で調べていたユウイチは事務所で仮眠を取ってから家に帰る。


 「ただいま」

 「兄様!」

 「おっと、どうした!?」


 玄関に入るや否やミキが飛び付いてくる。

 ユウイチは家に魔物でも侵入したのかと身構えるが、続いて両親も顔を見せた。


 「無事で……無事で良かったです……!」

 「えっと……? 何この状況?」

 「どうもこうも。昨晩、高校で特殊災害が起きて生徒が一人が重症と朝のニュースでやっていたんだ」

 「昨日、天体観測行くって言って昼まで帰ってこないから心配したのよっ!」


 ミキとアヤメが同時に泣き出してしまう。

 『Rouge』で働いている所為でユウイチは被害者の感覚が薄く、連絡を忘れていた。


 「あぁ、ごめん。ヒスイから何も聞いてない?」

 「聞いたさ。でも何処かに行っちゃったって言うからずっと心配してたんだぞ」

 「次から気を付けるよ」

 「最近は物騒だからな。危険なことはするんじゃないぞ」


 ギンのその言葉に、ユウイチは顔を引き攣らせながら頷いておいた。

 靴を脱ぎ、家族四人でリビングへ向かう途中でふとギンが口を開く。


 「そう言えばな、生徒にインタビューもしていて懐かしい顔を見たんだ」

 「懐かしい顔? 父さんの知り合いなんかヒスイ以外に居たっけ?」

 「びっくりしたよ。ジン君があんなに立派に育ってくれて。あの時、両親を助けてやれなかったから」

 「ジン……? 父さんヤシロのこと知ってんのか?」


 あの時、現場に居た生徒でジンの名前を持っているのはヤシロジンだけだ。

 しかし、『ヤシロ』の響きにギンは首を傾げる。


 「ヤシロ? モリノじゃなくてか?」


 ユウイチの足がピタリと止まった。


 「……モリノ?」

 「昔、つい最近殺されたヒグルマが起こした火事の救助に行ったんだ。その時、助けられたのはモリノ家の息子さんだけだった。顔立ちもそうだが……あの頬の傷は間違いないと思うんだがなぁ……」

 「……俺、ちょっと出掛けてくる!」

 「おい!? 突然どうした!?」


 ギンの声も無視してユウイチは慌ただしく玄関に戻り、靴を履き直す。ポケットの中にあるキーを手に取り、家から逃げるようにバイクを走らせる。

 事務所の地下の駐車場でバイクから降りたら直ぐ様スマホでトウキチに電話。


 「こばやん! 今何処!」

 『おおなんじゃ突然。今は事務所に居るぞ』

 「大至急モリノジンの経歴を、苗字が変わったかどうかを調べて欲しい。大至急!」

 『む……分かった。直ぐに調べよう』


 電話越しでもユウイチの必死さが伝わったらしくトウキチは声色を変える。

 ユウイチは通話の切れたスマホをポケットに戻しながらエレベーターへ駆け込む。無駄だと分かっているのに事務所の階層のボタンと閉めるボタンを連打。

 動き出したら次は開けるボタンを連打して連打する。


 「早くしろよ……!」


 エレベーターの扉が開き始めれば開き切る前に飛び出し、アカネに向かって声を出す。


 「たいちょー!」

 「ミヨシ? あなた帰ったんじゃなかったの?」

 「こばやんの結果次第だけど犯人が分かった! あいつだ!」

 「聞かせて」


 アカネだけには使っていた敬語も忘れてジンとヒグルマの関係性を話すユウイチ。

 それを聞いたアカネは驚くことなくお茶を飲み、息を切らすユウイチにも職員にお茶を出させる。


 「それだけなら決め手にはならない。けど、こばやんがその事実を初めの調査で見逃したのが怪しいわね。モリノジンが行方不明とか言ってたしね」

 「直ぐ近くに居たじゃんかよ……あの野郎……!」


 ユウイチが左の掌に右拳を打ち付けるとそこへトウキチが駆け足でやってきた。


 「こばやん、どうだった?」

 「ユウイチ君の言う通りだったよ。ヤシロジンの旧姓はモリノ。正真正銘ヒグルマの放火事件に巻き込まれた生き残り」

 「最初に見過ごしたのはどうして?」

 「それがの、祖父母の家に預けられた際に苗字を変更したらしいんじゃが。これまたびっくりそれに関する裁判資料が全て盗み出されていた」

 「幸い裁判関係者は消されてなかったと。これはもうほぼ間違いないわね」


 情報自体は少ないが、その少ない情報の繋がりが怪しいことこの上ない。

 少なくともこの場に居る三人はジンを犯人と見た。


 「アイちゃん、今直ぐサオトメにヤシロジンの家へ行くよう伝えて。くれぐれも油断するなとも言っておいて」

 「分かりました。それとスウィートさんからお電話ですよ」

 「こっちに繋いで」


 自分のデスクの受話器を取り、アカネがセリアと通話し始める。

 ユウイチはトウキチとお茶を片手に電話が終わるのを待つ。


 「災難だったの。精神状態は大丈夫かいな」

 「なんとか。人が殺されるのは昔に何度も見たから」


 危険なことに首を突っ込んでいれば人が死ぬ現場に居合わせることは少なくない。

 それが同級生だからと言って感じ方は変わらない。ユウイチの付き合い方もあれどノゾミとそこまで深い関わりもなかった。

 そもそも学校だとヒスイとユウナ以外誰が死んでも同じような感覚になるだろう。

 ユウイチは自嘲気味に笑う。


 「酷い奴だろ」

 「そうは思わんよ。だってユウイチ君は怒っているじゃないか。来てからずっと拳に力が入りっぱなしだ。誰かの為に怒れて頑張れる人を儂は酷いとは思えないのう」

 「こばやん……」

 「ユウイチ君……」

 「はいはい。そこの若いのと老いぼれ、薔薇色のムードを出すんじゃないわよ」

 「おっと。ところでセリアちゃんからの電話は?」

 「行方不明になってた学生と魔物の数が合ってなかったでしょ。その残りが見つかった報告よ。自分たちの姿が変わったことに驚いて、ずっと隠れてたらしいわ」


 セリアの話を聞くにその学生たちはもれなくいじめを受けてたり、親からの虐待を受けているような立場で、謎の人物に復讐を願った結果、姿を変えられてしまったらしい。


 「虐げられてきた側が埒外の力を持った結果があれか……」

 「まだ良識がある子たちはこちらで保護しましょう。人に見つかっても面倒だわ」

 「良し。ならばそちらの指揮は儂が取ろう」

 「ユウイチは体力平気そうなの?」

 「問題なしっすね!」

 「ならセリアと合流してジンを捜索。ここまで尻尾を出さなかった相手があっさりサオトメに見つかるとは思えない。相手は大罪の魔法使い。決して警戒を怠らないこと」

 「うっす! りょーかい!」


 ユウイチは一度緩めた拳に力を込める。

 相手は怠惰の魔法使いで同級生。いけ好かないジンに対して情けはない。

 闘志を全身に滾らせ、バイクのハンドルを握った。

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