第16話「星の輝き」


 時は過ぎ、夕焼け色の空は藍色に染まる。

 星々が太陽に奪われていた己の輝きを取り戻し始める。


 「おおー! すげぇ綺麗だなぁ!」


 一度、コンビニに行ってから屋上にやって来たユウイチたち。既に屋上には何人もの観客が集まり始めていた。

 文化的なイベントの影響か体育会系の顔はそこまで見られない。

 逆に普段はおとなしい印象のある生徒たちが星に充てられ、笑顔で瞳に一等星を煌めかせている。


 「結構学校外の人も来てるんだね」


 コンビニで買ってきたカフェオレを飲みながらヒスイが言った。

 子ども連れの大人や高級そうなカメラを持った老夫婦など、普段の学校では見られない顔が屋上に溢れている。


 「最近は市区町村が積極的にイベントやらないしなぁ。この辺に住んでる人からすると意外と嬉しかったりするのかもな」

 「それはこの盛況っぷりが証明してる」

 「だな。ってユーナは?」


 一緒に屋上に来たはずのユウナが消えた。と思ったら。


 「うわ! すっごい綺麗! 土星のリングまでくっきり見える……」


 天文部が用意した天体望遠鏡を占領していた。

 周りに集まった小中学生たちに気付いていないのか分からないが、交代する様子は微塵も感じられない。


 「あいつ……気付いてないのか?」

 「さぁ?」

 「ねぇお姉ちゃん、僕も見たい」

 「待って。後ちょっと」

 「気付いてんじゃねぇか! ヒスイ、引き剥がせ引き剥がせ!」

 「後ちょっとじゃないんだよユーナちゃん!」


 望遠鏡を独り占めするユウナを二人で引き剥がす。

 その後のローテーション管理は天文部員が請け負ってくれた。

 最初からやってほしいと思ったユウイチだが、トップバッターが高校生でいきなりそうなるとは思ってなかったらしい。


 「それにしても綺麗だなぁ。学校の屋上だから周りの電光も気にならないし」


 ユウイチは牛乳を片手に夜空を見上げる。

 藍よりも青い群青の天幕に散りばめられた星の装飾。毎日出ているはずの星たちが何故かいつもより綺麗に見える。


 「ミヨシ君、どう? 楽しめてるかな」

 「思ってたより。ただ……何が何座とかどれがどの星だとかさっぱり分からねぇ。線で結ぶ基準どうなってんだよ星が多過ぎる」


 綺麗と言う感想以外出てこないユウイチの嘆きにノゾミが顔を輝かせる。


 「えっと、えっとね! 一番有名なのがあの——」

 「あれがデネブとアルタイルとベガ。夏の大三角であっちが北斗七星」

 意気揚々とユウイチに説明しようとするノゾミの後ろでユウナがヒスイに教えていた。

 「ユーナちゃん詳しいんだね」

 「ぼっち時代があったから……家でひたすら色んな知識付けてたなー」


 ノゾミの口が固まる。


 「……ナカマっちゃん? どうした?」


 ノゾミにとってユウイチは格好良くて優しくて愛想の良い憧れの同級生で好きな人。

 でも、ユウイチの隣には必ずあの二人が居る。幼馴染のヒスイと学校一の美人とも言われているユウナ。

 ヒスイとの関係は不可侵。だが、同じ高校から知り合ったユウナに負けたくない。

 顔もスタイルもコミュ力も何もかもが負けている中で、この天体知識だけは自分の物だとずっと思っていた。

 しかし、それはノゾミが思い込んでいただけだった。

 ノゾミの中で心の支えになっていた星の輝きが——消えた。

 代わりに醜い嫉妬の一等星が芽生える。


 「あぁ……なんで……なんで……! 許せない! 一杯持っている癖に!」

 「ナカマっちゃん! おいどうした!?」


 我を失い、大声で叫び始めるノゾミに周囲の視線が集中する。

 やがて額から二本のツノが生え、恨みから来る怒りと悲しみを抱えた般若の顔に。

 体すらも鬼のように変貌していく様を見た子どもたちが泣き出し始め、あちこちから悲鳴が湧き出す。


 「これは……ヒスイ! ユーナ! 皆んなを避難させろ!」

 「もうパニックで出入り口が詰まってる!」

 「どうにかしろ! 出て直ぐ階段は危ねぇぞ!」


 ヒスイに指示をし、ユウイチはノゾミに視線を戻す。

 原型はなく、完全に鬼となったノゾミは何故だかユウナをジッと見つめて——動く。

 それに気付いたユウイチがユウナの前に出る。

 突進してきたノゾミと腕と腕での押し合い。元がノゾミだからか意外に力負けしない。


 「ユーナ! お前なんかしたのか!?」

 「してない! それにあんまり喋ったことない!」

 「どうなってんだよ……! ごめんなナカマっちゃん!」


 押し合いの途中で腹部を思いっきり蹴飛ばし、遠ざける。

 ユウイチはその隙にスマホのロックを解除し、ヒスイに渡す。


 「連絡先にアカネって名前があるからそこに電話して事情を説明してくれ! 俺はナカマっちゃんを足止めする! 頼んだ!」


 屋上に残ったのはユウイチと般若となったノゾミ。

 邪魔をするユウイチにターゲットを変えたノゾミが襲い掛かってくるのをユウイチは受け流していく。

 ヴェルダンディの力を借りたいが、ヒスイに見られたくない。


 「そこまでパワー型じゃないのが幸いだ……なっと!」


 グリップから変化させた拳銃で二、三発。怯みはしても有効打にはならない。

 そこから槍を呼び出し、防御に徹する。

 ユウイチとアカネの推察通り、最近暴れた魔物は人間だった裏付けが出来た。これが怠惰の魔法か異世界から齎された魔法かはまだ分からない。


 「でも……もしも助けられるなら助けたい!」

 「うううううう!」


 攻撃が悉く通じないノゾミは涙を流しながら唸る。

 次の攻撃に身構えるユウイチだがノゾミに背を向けられた。背中の先は屋上の端。


 「あっ!?」


 あくまでノゾミの狙いはユウナ。

 気付いたユウイチは急いでノゾミを引き留めようと走り出す。が、間に合わない。

 そしてノゾミが屋上から飛び降りようと足に力を溜めた瞬間だった。


 「ミヨシ! 目を瞑りなさい!」


 突然の声にユウイチは素早く反応。

 眩い光が一瞬だけ瞼を通して伝わってきたのを確認してから目を開ける。

 そこには屋上からの飛び降りを阻むようにアカネが立っていて、その真ん前でノゾミが目を覆ってのたうち回っている。

 アカネはそんなノゾミをスルーしてユウイチの隣に。


 「今、魔術で結界を張ったから、ただ飛び出そうとするだけじゃ逃げられないわ」

 「抜かりないっすね。でもたいちょーが来るとは思わなかった」

 「丁度皆んな出払ってたのよ。わざわざ遠いところからサオトメたち呼ぶくらいなら私が出た方が早い。嫌だった?」

 「いや、これほど心強いことはないっすね。ところでノゾミを治す方法はあります?」


 アカネが心強いのは戦力としてではなく、頼りになると言う点だった。

 今回の相手は強くない。やろうと思えばヴェルダンディの力なしでも倒せる。

 だが、人が魔物になっている事実が分かれば、特に罪のないノゾミを殺すのはなるべく避けたかった。


 「あるわよ。怠惰の魔法使いに元に戻して貰う。もしくは怠惰の魔法使いを殺すか……何かで無効化する」

 「……現状だと無理ってことか」


 大きく深呼吸したユウイチは目を一度瞑ってから槍を構えると同時に開眼。

 眩んだ目が治り、立ち上がったノゾミを見据える。


 「良いの?」

 「ナカマっちゃんが人を殺す前になんとかしたいです」

 「そう。なら尚更その殺意は収めなさい。覚悟は分かった。でもまだ早い」


 殺意を羽織るユウイチを宥めたアカネが人型の紙——形代を取り出した。

 ユウイチに近付く女を排除しようと向かってくるノゾミに形代を放り投げる。

 ふわふわと宙を舞う形代。防御力など欠片もない紙っぺらをノゾミが邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払おうとする。

 だが、次の瞬間——形代から白蛇が飛び出した。


 「ってあれ!? ナカマっちゃんは!?」


 出てきたと思ったら白蛇の姿はなく、ノゾミも居なくなっていた。


 「蛇神が食べたのよ。恨むなら恨んで良いわ」

 「恨まないっすよ……」


 目の前でクラスメイトが死んだのはショックだが、アカネはユウイチに同級生殺しをさせない為に動いたのだ。

 恨む理由はない。恨むべきは怠惰の魔法使いだ。


 「ところでさっきの蛇って」

 「私の式神。エンジェルカードがあれば魔法が使えるけどデバイスの中継に使ってるからね。ルーン魔術や式神を使わないと戦えないのよ」


 アカネはそう説明しながら形代を回収する。


 「私も前線に出る時はある。けれど本気を出すのはエンジェルデバイスの適合者が居なくなった上で世界滅亡の危機に陥った時くらいかしら」

 「たいちょーが前線張った方が良いんじゃ……」

 「残念ながら強過ぎる存在は人類の敵じゃなくても恐れられるものなのよ。でしゃばり過ぎると世界を敵に回すことになる」


 仮に世界が敵に回っても私には勝てない、とアカネは最後に付け足す。

 アカネが本領を発揮すれば間違いなく今より特殊災害の被害は抑えられる。なのに助けを必要とする民衆がそれを許さない。


 「ユーナの事例の最上級って訳か……おめでたい世界だぜ」

 「今から事務所に戻るけどミヨシはどうする? 非番の日だからどちらでも構わないわよ?」

 「行きます。と、その前にヒスイたちに無事だけ伝えてスマホ返して貰ってきます」

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