第15話「とある夏の日」
夏休みも中腹に入り、『Rouge』の事務所に入り浸っていたユウイチは久々にヒスイとユウナに会い、遊び歩いていた。
カラオケ行ったり、ボウリングしたり、野球をしたり。
インドアもアウトドアもどちらも行けるユウナの勢いにヒスイはクタクタだ。
日陰に座り込み、水を飲みながらバドミントンのシャトルを投げるユウイチとそれをかっ飛ばすユウナを眺める。
「次、マッチョマンやる。投げて投げて」
「ほらよっ」
プロ野球選手の物真似スイングでユウナがシャトルを打ち抜く。
「だははは! 似てる似てる!」
「でしょ? これ得意なんだよね」
「俺も物真似なら槍投げピッチング出来るぜ! 構えてくれ」
「良いよー」
距離を取って、ユウナが捕手の形で構える。
ヴェルダンディの力があったとは言え、カマキリを倒した時は一か八かに近かったから精度を上げる目的があった。
軟式のボールを握り、すり足ステップを踏みながらアーム投げで放つ。
ボールとグラブが突き抜けるような快音を鳴らす。ユウナはグラブをほぼ動かしていない。
「ナイスピッチ」
「へへ、こんなもんよ」
「ただキレがなぁ」
「プロと比べんな」
その後も楽しくなってバシバシと何度も投げ込む。制球が悪くなってきたところで切り上げ、一休み。
「夏の昼間に良くやるよね。はい二人共」
日陰に避難してくる汗だくの二人にヒスイがペットボトルを差し出す。
ユウイチは豪快に、ユウナは丁寧にペットボトル内の水を一気に飲み干してしまう。
「ぷはぁ! そろそろ切り上げて学校行くか?」
「早くない? 夜にはまだまだあるよ」
「まだ遊ぶ気か? このままだとヒスイが死ぬぞ」
「シャワー浴びて学校避難しようよ。ユウも調べ物があるって言ってたし図書室行ってゆっくりしたい」
朝から出掛けて昼過ぎまでずっと動きっぱなしだ。
このままだと夜に学校で開催される天文部の天体観測に行くまでに体力が尽きる。特にヒスイの体力が。
ユウナを納得させ、三人はユウナの家で汗を流してから学校に向かう。
夏休みの校舎は静かだ。夕方に差し掛かっているのもあり、運動部の数もかなり減ってきている。
ユウイチはアカネに聞き忘れていた大罪の魔法を調べる為、図書室で歴史の本を漁る。
七つの大罪と言う言葉くらいは知っているのでキリスト教の本を開いたり、魔法のことを調べるのに神話の本を開いたり。
しかし、それらしき記述が載っている本はない。
「うーん……」
「何探してるの?」
唸っているとユウナがやってきた。
「ヒスイは?」
「あっちで寝てる。疲れちゃったみたい」
「ユーナさ、大罪の魔法使いって知ってるか?」
アテナの力を持っているユウナになんとなく聞いてみた。
作詞をしてるだけあってユウナの知識は多岐に渡る。ヒスイと並んでアニメオタクでもある故にファンタジー知識も蓄えている。
最早、ファンタジーは創作だけではなくなってしまっているが。
「知ってるよ。原初の魔法使いだよね?」
「だよね? って言われても」
ユウイチは知らないから聞いているのだ。
「前にヘスティアさんから聞いたことあるんだ。遥か昔、一度魔法がなくなる前の時代に居た七人の超強い魔法使いで憤怒はあの有名な酒呑童子だって言われてる。それとどれだけ多くても七人。同じ大罪を持った人が二人世界に現れることはないんだって」
「酒呑童子が魔法使えるとか益々倒した奴はバケモンだな。それで怠惰の魔法がどんなのか分かるか?」
「えっと確か怠惰は……変質の魔法だったかな」
「詳しく聞かせてくれ」
ユウナが記憶を頼りに説明する。
他の大罪と違い、『怠惰』は怠けることではなく、逆に休むべき日に休まないのを罪とするらしい。自分を見失っていると解釈するとのことだ。
そこから転じて魔法的には自分の姿を見失うことで何にでもなれる。しかも自分だけで終わらず、他人もその対象範囲。
大罪の魔法の中でも極めて厄介な性能をしているとユウナは話す。
「シュレディンガーの猫みたいなもんか」
「不老不死になれたりもするってヘスティアさんが言ってた」
「情報のソースどうなってんだよ。信憑性しかねぇな」
オリュンポス事変の時から日本に居ると噂の女神からの情報。信じる他ない。
だからこそ不老不死になれると聞くと焦りが湧く。
魔法使用者が自分の魔法を何処まで把握しているのか分からないが、不老不死にまで気付く前になんとかしたい。
しかし、相手は姿形を変えられる。仮に犯人を見つけても捕まえるのは難しい。
ユウイチ一人で見つけてもどうにも出来ないだろう。
「ユウイチが魔法のこと聞くなんて珍しいね」
「明日は雨とでも?」
「ううん、今は雨の方が涼しくて嬉しいから明日は猛暑」
「今日と一緒か。なら平気だな。ちょっとトイレっと、ヒスイ起こしといてくれ」
「分かった」
ユウイチは図書室から出て最寄りのトイレで用を足す。
濡れた手を拭きながら廊下に出ると二人の人影。
「お? ミヨシぃ、大分早い到着じゃんかよ」
「ヤシロと……ナカマっちゃん? 仲良かったっけか?」
ジンと一緒に居たのはクラスメイトのナカマツノゾミ。天文部で今回の天体観測の主催者で、ユウイチの知る限りではジンと仲が良い印象はない。
「あ、あの、ヤシロ君には手伝い! 手伝い頼んだの。力仕事があって、天文部のみんなは力がない人多くて……」
ノゾミは何故か慌てたように経緯を説明する。
「ヤシロが手伝い?」
「なんだよ。柄じゃねぇって?」
「そうだけど」
「少しはオブラートに包め!」
「じゃあ、そうとも言える」
「変わってねぇぞ! そもそも普段はお前らが全部やっちまう所為だろ!」
これまでクラスで困ったことがあれば解決するのはユウイチを筆頭にヒスイとユウナの三人。逆にこの三人以外を見たことがないくらいには毎回そうなる。
しかし、それを差し引いてもユウイチの印象ではジンが人助けするのが意外だった。
「まだ始まってないけど来てくれて嬉しい。でも早過ぎないかな?」
「ちょいと調べ物。それと二人も楽しみにしてるぞ」
「二人……あ」
思い出したようにノゾミがハッとする。
「今、図書室で待たせてるから。また屋上でな」
手を振って、ユウイチは二人と別れた。
ユウイチが図書室に戻り、完全にノゾミとジンだけになった後。
「お前も大変だな。対抗馬があのシライユウナだと」
ジンが慰めるようにそう口にした。
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