第14話「親切の大きさ」


 事務所に戻った一行はマジマの応急処置を済ませ、アカネのデスク周りに集合する。


 「皆んな、お疲れ様。ところでマジマが子どもに怒ったって話を聞いたのだけれど」


 特に怒るでもなく説明を求めるアカネにセリアが経緯を話す。

 事情を聞いたアカネは「ふぅん」と鼻を鳴らしてマジマを見た。


 「オレはただ、命を救われたのだから感謝を述べるべきだと言おうとしました。決して罵倒される筋合いはなかったはずだと思います。子どもにオレたちの行動の大きさを、上手い言葉が見つかりませんが、親切の大きさを教えようと」

 「親切の大きさ……か」


 ユウイチがボソッと呟いたことでマジマの視線が首ごと動く。


 「なんだ? ミヨシだってあんなこと言われて腹が立たないのか?」

 「いや、少しは思うところもあるけどよ。でも俺にとって親切の大きさって与えた側が決めるもんじゃないと思ってんだ」

 「は……?」

 「こう……なんて言えばいんだろうな。親切とか誰かに差し伸べた手が必ずしも相手が求めてるものじゃなかったり、届かなかったりすることもあって……あぁ! 説明出来ねぇよ!」


 自分の考え方を言語化出来ないユウイチが頭を抱える。

 間違いなく自分自身が抱えているはずのモノ。なのに、それが一体何なのかアウトプット出来ない。形容し難い気持ち悪さに苛まれる。


 「ミヨシにとって親切や優しさは形のない贈物ってことね」


 助け船を出したのはアカネだ。


 「きっと受け取った側が便利で都合の良い小さなモノだと思う人も居れば、とても大きな感謝を示すべきモノだと思う人。もしかするとお節介として形すら消えてなくなってしまうかもしれない。そう言うことよね?」

 「そう! それ! やっぱたいちょー凄ぇわ!」

 「良い考え方だと思うわ。親切や優しさが相手にとって須く大きなモノだと思っているといつかきっと拗れてしまうから」


 それに今回はユウイチが良くやる形振り構わぬ一方通行な人助けではなく、『Rouge』がすべき確かな役割があった。


 「少年が求めてた親切の大きさは全員無傷で、自分たちはそれを与えられなかったと言うことか……不覚だ」


 セリアは自分を責める。

 あの時、梯子車からの被害をなくすことに集中し過ぎて、その後のカマキリを失念していた。消防士と女性を抱えていたユウイチとマジマよりも動くべきだったのはセリア班のはずだった。


 「感謝されたらそりゃ嬉しいけど俺たち一応給料ってリターン貰ってるし多少は我慢するしかないだろ。ま、相手が良い歳した大人だったらぶん殴ってたな」

 「私たちは何処まで行っても人。限界はあるわ。ただせめて子どもたちの前ではヒーローでありたいところね」


 そうやってアカネは最後に話を纏めて終わらせる。

 子どもに食って掛かろうとしたマジマを注意するでもなく、ただユウイチの考えやセリアの反省を聞くだけで終わったのだ。

 ユウイチがチラッとマジマを見ると、悔しそうに唇を噛んでアカネから目を逸らす。

 何に対する怒りかは分からない。

 しかし、ユウイチにも母親を守れなかった怒りとそれとは別の何かが立ち込めていた。


 「怪我人は出たけど死傷者はなし。良く頑張ったわね。隊員全員が命を落とすことなく帰ってきたことが何より嬉しいわ。私の方である推測を立てたのだけれど現場で戦ってた皆んなは何か気付いたことはない?」

 「ワタシは全然分かんない」

 「サオトメに期待はしてないから別に良いわよ」

 「冷たっ!?」

 「とは言われても……中々観察してる暇はなかったと言いますか」

 「セリアは班の指揮もあった。オレもあの数相手にするのに集中してたが……」


 特にマジマはルーン魔術のバフがなければ最前線で戦えない。戦闘と並行で手掛かりを探すのは難しかった。

 そんな中でユウイチが手を上げる。


 「それなら俺から一つ。ただ俺、魔法の知識があんまりないからぶっ飛んだ意見かもしれないけど」

 「続けて」

 「あの魔物たちは元人間なんじゃないかって」

 「「なっ……!?」」


 マジマとセリアが口を揃えて驚いた。


 「思い返すと黒オークは自分の容姿を馬鹿にされるのを嫌っていた。特に女から。それに今回のも特にカマキリ野郎は消防士を狙ってた。戦い慣れてなかったりするのも異世界の扉経由じゃないのもこれで説明出来るだろ?」


 オークの見た目なんてどの個体も大した違いはないのにあそこまで怒る理由が謎だった。

 芸術の話をするミノタウロスが居たり、何よりユウイチの煽りが効いていた。そう言った箇所でも相手が価値観の全く違う魔物には思えなかった。


 「コッちゃん覚えてるか? あのカマキリ野郎が腕斬られた後に言ってたこと」

 「あいつに治して貰えばみたいなこと言ってたよね」

 「もしかして人を異形に変える魔法があったりする?」


 そこまで説明してからアカネに話を振る。

 アカネはユウイチの話に納得したように頷きながら資料を取り出した。


 「実は私も同じ推理をしたの。これを見て」

 「えー……過去の放火犯で目的が全員何らかの復讐。けど消防隊の活躍で死人は出ていない。ん、中には放火を芸術と称するアホも居るようだな」

 「えっ! こいつら数日前に全員脱獄してるじゃん!」

 「リザードマンに殺された片親は虐待をしていた形跡あり……行方不明の子どもと痛みに怯えるリザードマン……はは、最高……」

 「今回の魔物と脱獄者の数は一緒。行方不明が増える子どもたちと他の事件は一緒じゃないけど行方不明者以上になってない。ほぼ確実ね」


 推論と言いつつアカネの中での結論はほぼ決まっていた。

 最初は半信半疑だった推論も脱獄者と今回の魔物の数がピタリと一致したことで確信に変わった。

 そこに異を唱えたのがマジマだ。


 「待って下さい。アカネ隊長を疑う訳ではありませんが……人を魔物に変えるなんて埒外な魔法が存在するのですか?」

 「怠惰の魔法使い」

 「そうか。大罪の……魔法」

 「恐らくヒグルマ殺人事件も同じ犯人。怠惰の魔法で自分の体を三十八種類の武器に変えたんでしょう。逃げるのも、脱獄させるのも姿を変えれば造作もないわ」

 「これは捜査が大変になりそうですね……」

 「取り敢えず今日は皆んな休みなさい。捜査は私とこばやん中心でやるわよ」


 今からまた働こうとするセリアに太い釘を刺しておくアカネ。

 そうしてユウイチたちは解散を告げられ、帰り支度をしたり、ここに住み込みで働いているマジマはデスク周りを片付け、事務所を出ていく。

 明日は休みを貰っているユウイチも支度を済ませ、帰ろうとするが。


 「ミヨシ、今日はお疲れ様。見込んだ通り大活躍だったみたいね。マジマとも連携出来たみたいだし」

 「あの場で好き嫌いはしないっすよ。それに最後のだって百均ちゃんが意図を汲んでくれなかったら分からなかったっすから」

 「状況判断と視野の広さ、チームワーク優先の行動。マジマと本当に正反対ね」

 「そういや、あいつなんで子ども相手にあんなにムキになってたんだ……」


 マジマの名前が出て、ユウイチは状況をもう一度頭に浮かべる。

 確かに命を助けたのにあの言われ方をしたら怒りたくなるのは分かるが、マジマはそれ以上の思いがあったように見えた。

 そんな声に出したユウイチの疑問にアカネが優しい目付きで答える。


 「あの子ね、孤児なのよ。生まれたばかりの頃に特殊災害に巻き込まれて両親が死んじゃって、私のお爺ちゃんに助けられたのがマジマ。孤児院で色んな人に助けられて育ってきたから周りへの感謝は絶対に忘れない」

 「俺にすら助けられた感謝してたのはそれか」

 「だから一人で頑張って、成果出して、強く立派になった自分をお世話になった人たちに見せてあげたいんじゃないかしら。昔、同じ孤児院の子を特殊災害から守れなかったのも一人で強くなろうとしてる理由かもしれないわね」

 「昔ってそれ幾つの時だよ……」

 「小学生だったかしら」

 「その歳では無理だろ……ユーナじゃあるまいし」


 ユウイチは誰よりも魔物や魔法使いとの違いを実感している。

 小学生の頃も人助けはしていたが、特殊災害に巻き込まれた時は必ずどう逃げるかだけを考えていた。子どもの体躯でユウナのような特別な力なしで立ち向かうのは無理だ。


 「一種のサバイバーズギルトなのかも。過去に固執し過ぎるのは悪い癖ね」

 「いや、堅物過ぎるだけじゃないっすかね」

 「それはそうかも。引き留めちゃってごめんなさい。明日はゆっくりして」

 「お疲れ様です! じゃあまた!」

 「ばいばい」


 ユウイチが手を振れば可愛い掛け声と共にアカネも手を振り返す。

 「お疲れ様です」で帰るのではなく、それとは別に帰りの文言を言って帰る。

 これは『Rouge』のルールと言う訳ではないが、任意でやってほしいとアカネが言っている。

 これまでココアくらいしかやってなかったのをユウイチもやり始めた。

 アカネはご機嫌な調子でお茶を啜った。

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