第13話「守れなかったもの」
ユウイチの目に映るのは何かと消防隊の邪魔をしようとする魔物たち。
「あいつら消防士に恨みでもあんのか?」
梯子車で建物内の人を救助してる最中に下を揺らされたら困るどころじゃ済まない。
セリアから助けて欲しそうな視線を送られ、ユウイチは力強く地面を蹴り出し、ゴブリンを一気に三人薙ぎ払う。
「はっはぁ! ザコダウン! もっと来いよぉ! 俺が相手になってやっからよ!」
既に三人の救助者が応急処置を受けている。それらも含めて守る為に全力で煽り散らかし、ヘイトを稼ぐ。
「不細工なお前らがどれだけ束になったって敵うはずねぇけど——ぷっ!」
「あぁ! もっかい言ってみろやぁ!」「ふざけんじゃねぇぞガキぃ!」
わざとらしい嘲笑の投資も見事に的中し、ヘイトの一攫千金。
ごちゃごちゃ戦闘で槍を使う自信がなかったユウイチはデバイスを手首に戻し、拳を構えて迎え討つ。
ゴブリンを中心に落としていき、耐久力のあるワーウルフやオークは捌くことに徹して時間稼ぎ。その途中で魔物を減らして手持ち無沙汰なマジマと目が合った。
「半分やるよ! 複数相手は得意なんだろ?」
イングの文字が刻まれたカードをデバイスに翳し、巻き起こった風は魔物の半数をマジマの方へ押し出す。
「おいこら!? ミヨシ——」
「あーあー聞こえないー!」
マジマの声は聞こえないフリで、ユウイチは再び槍を構える。
背後では救助された人々が不安そうに魔物たちを見て怯えている。だから戦うユウイチは弱さを見せられない。
だから笑う。
だから強気で行く。
オークとゴブリンたちを一瞬で切り伏せ、問題のミノタウロスと対峙する。
「ユウイチ殿!」
「平気だ! 俺に任せて百均ちゃんは護衛に集中してろ!」
「退けやぁ! レスキュー隊みたいな格好しやがって! お前も俺の芸術の邪魔をするって言うのか!」
「邪魔なら退かしてみろよ! 芸術的な斧捌き期待してるぜ!」
後ろに下がれないユウイチが先手。戦闘位置を前に押し上げる為に槍で斬り掛かる。
突かず、敢えて斬撃にすることで回転の力を利用し、柄の部分での打撃を織り交ぜ、前へ、前へ。
「猪口才なぁ!」
防御に徹していたミノタウロスの斧が振るわれ、ユウイチは慌てて回避。
あれだけの大振り。次の攻撃まで時間の余裕がある。
そう思ったのだが——瞬く間に次の一撃。
「ちっ——」
ユウイチに向かって横一直線に薙ぎ払われる斧。
パワー勝負で勝てないのは分かり切っている。舌打ちと共に咄嗟に槍を地面に突き刺す。
足りない力の分はアスファルトの硬さに預けて防御。重い金属音が響く。
そこから直ぐに槍を引き抜き、ユウイチの反撃。
ケンタウロスの図体に似合わぬ素早く激しい戦い。槍と斧が何度も交差し合うその様はまるで。
「あれは……まるで……まるで……」
「班長、無理に上手いこと言わないで良いですよ。それより護衛に集中して下さい」
救助隊の近くで待機しているだけのセリアのそわそわが止まらない。
一方でユウイチは静かに決め手を伺っていた。
パワーは明らかに相手が上。ユウイチ自慢の速度を活かした戦い方にも対応されている状況。良いとは言えない。
付け入る隙があるとすれば残るは体の大きさ。
ユウイチは一瞬の隙を狙い、屈んでミノタウロスの懐に飛び込む。が、目に飛び込んできたのはミノタウロスの下半身ではなく、白いツノが生えた頭部。
「——!」
「甘いんだよガキがぁ!」
大きく首を持ち上げ、ツノでユウイチを打ち上げるミノタウロス。
そうして呆気なく飛ばされるユウイチの姿を見ようと首を上げる——よりも先に首が空へ向かって引っ張られる感覚。
更に片方のツノに違和感があった。
なんと飛ばされたはずのユウイチが左手だけでツノを掴み、打ち上げを回避していた。
「読んでたぜ……俺の火事場の馬鹿力舐めんじゃ……ねぇ!」
左腕で体を地上に引き寄せる。
重力の勢いも合わせてミノタウロスの後頭部に膝を叩き込めば、堪らずその巨体はアスファルトへと倒れ込む。
そして遅れて落下してくるユウイチは槍をミノタウロスの頭に突き刺した。
完全に死んだのを確認してから槍を抜き、痛む左肩を庇いながらユウイチはセリアたちの方へ歩く。
「痛てて……肩ちぎれるかと思ったぜ……魔物はもう片付いた頃か?」
「見ててハラハラしたぞ……だがそうだな。目に見える範囲はもう片付いている。後はあの梯子車が降りてくれば安心だ」
「見える範囲と言うことはマジマも終わらせたのか」
「終わらせたのかじゃない! ふざけるな! いきなり魔物をけしかけただろ!」
怒り心頭の鬼の形相でマジマがユウイチに詰め寄る。
「複数人相手が得意って言ってたし、あの状況なら適任だったろ」
「は……お前オレのこと嫌いなんじゃないのか?」
「は? 嫌いにさせたのはお前だろ。それにさっきの行動と何の関係があんだよ」
『はいそこ喧嘩しないの。まだサオトメが戻ってない。警戒しなさい』
「りょうか……マジマ、百均ちゃん、何か来るぞ!」
「「!」」
何かの飛来にいち早く気付き、ユウイチが目を凝らす。
「ユーイチー! 誰でも良いから止めてー!」
ココアの声と一緒に飛んできたのはカマキリ。羽を高速で動かし、高速ですっ飛んでくる。向かう先は梯子車だ。
「止めてって……あれに魔石当てられる自信ないぞ!? 飛んでる相手にどうしろと」
「百均ちゃん! 落っこちてくる梯子を斬り刻めるか!?」
最悪斬り刻めなくても地上に被害がなければそれで良い。細かく説明してる暇はない。
だが、セリアはユウイチの意図を瞬時に理解した。
「斬り刻む……あぁ! 任されよう! セリア班! 構え!」
「マジマ! 消防士と救助者を俺たちが受け止めるんだ! 絶対落とすな!」
デバイスを手首に戻したのと同時にカマキリが梯子を断つ。
「こっちだ! 救助者を投げろ!」
「そしたら消防士はこっちに飛べ!」
ルーン魔術で身体能力を強化したマジマとヴェルダンディの力を借りているユウイチが落下点で飛ぶ。空中でキャッチし、着地。
そして、落下してくる梯子をセリアたちが細切れにした。
「ミヨシ! こっちは無事だぞ!」
「俺の方も……って、おあ!?」
助けた消防士の顔を見て、変な声が出る。
「救助に時間を掛け過ぎた。助かりました……私の顔に何か?」
「あ、ああ、いや! 全然! 無事で良かったって思って!」
ユウイチが助けたのは父親——ギンだった。
良く考えれば何もおかしくないことなのだが、全く頭に入れてなかった。危険なことをしてると怒られたりもするユウイチは気取られないように顔を逸らす。
その逸らした視線の先にカマキリ。
両腕の鎌を振り上げ、突進してくるのを槍で受け止める。
「おいおいおい! おいおいおいおい! なんてことしてくれんだよ! 台無しじゃないかよ! 消防士抹殺の名案がよ!」
「タダシ殿! 大丈夫か!?」
「オレは良い! それよりこの女性を!」
カマキリの後ろから慌てたマジマとセリアの声が聞こえてくる。
ユウイチはカマキリを睨み付け、自然と鍔迫り合いする腕に力が入る。
「テメェ……やりやがったな!」
前蹴りでカマキリを蹴飛ばし、腕を斬り落とそうとするが——弾かれた。
「!?」
「その程度で斬れるかってんだ!」
「じゃあこの程度は? 竜王剣——斬」
横から顔を出したココアが放つ蒼の一閃はカマキリの両腕をすっぱりと斬り裂いた。
「飛ばれると厄介だねー。ユーイチが引き付けてくれたおかげでやっと斬れたよ。これで梯子車とお揃いだねっ!」
「なぁっ!? クソっ!」
真っ赤な血が流れ出す両腕をそのままにカマキリは飛翔。
「はは! これでもあいつに治して貰えばまた暴れられるぜ! じゃあな!」
「逃さねぇぞ虫野郎」
ユウイチがケンとイングのカードを取り出す。
普通の投擲だと届かず、あの硬い皮膚も貫けない。だからルーンカードで炎を纏わせた上で風のブーストを重ね掛けする。
「当てられるの!?」
「きっと行ける。頼むぜヴェルダンディ!」
最後に取り出したのはヴェルダンディのカード。
神話のことなんて何も分からないユウイチだが、デバイスで通じている影響からヴェルダンディがどんな女神なのかが感覚的に分かる。
北欧神話の時女神の一角で『現在』を司り、運命の糸を『選定』する役割がある。
転じて運命を決定するとも言われている。
だからユウイチは槍の運命を選定する。
——飛行するカマキリに命中する運命を。
槍投げの経験はない。
しかし、野球好きのユウナとキャッチボールをした時のことを覚えている。野球界には槍投げのフォームを基にして投げているピッチャーが居ると。
だったら逆にピッチングのように槍を投げることだって出来るはずだ。
狙いを定め、振り被る。
「ぶち抜け——うらぁっ!」
気迫の込もった雄叫びと共に炎の槍が射出。
紛うことなき火の玉ストレート。
昼間の空に流れる真っ赤な一閃は——カマキリの胴体を見事に貫いた。
「やったあ! ナイス!」
「へへ、やるもんだろ! 正直俺もびっくりしてる」
最後の魔物を屠り、ユウイチとココアが景気良くハイタッチ。
これで一件落着——かと思いきや。
「なんでだよ! なんでお母さんが怪我しなくちゃいけないんだよ!」
マジマたちの方から子どもの怒鳴り声。
ユウイチとココアが駆け付けると、一人の子どもが腕に怪我を負ったマジマに飛び掛かりそうな勢いで叫んでいる。セリアが抑えているおかげで飛び掛かりはしないが。
どうやらさっきのカマキリの襲撃で怪我を負った女性の子どもらしい。
「セブンちゃん、あの子の母親は無事なのか?」
「命に別状はないらしいけど……目の前で斬られるの見ちゃったから……」
「僕らを守るのが仕事なんでしょ!? お母さんが死んじゃったらどうするんだ! あんな近くに居た癖に! ちゃんとしろよ!」
その発言にマジマの理性の糸がぷつっと切れる。
「それでも命は助かった! 小僧だってそうだろ! こっちだって命掛けでやってるんだ! その事実に感謝は——」
「馬鹿馬鹿! 子ども相手に凄んでんじゃねぇよ! コッちゃん! 引き剥がせ!」
怪我をしているマジマを乱暴に扱う訳にもいかず、二人掛かりで子どもから遠ざける。
子どもの叫びは救急車に連れていかれるまでずっと続いた。
泣き喚き、子どもながらの語彙から出る恨み言。帰りの道中、ユウイチの頭の中で鳴り止むことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます