第10話「初仕事」
ユウイチはワープゲートを使って『Rouge』の事務所へやって来た。
ガレージの適当な場所に自分のバイクを止め、すれ違う隊員たちに挨拶をしながら昨日のオフィスへ向かう。
「おはようございますたいちょー!」
「おはよう。元気があって良いわね」
「おっはよー! 今日は一緒に仕事しよーねー!」
明るく元気なユウイチにアカネが優しく、ココアが負けじと大きな声で返事をしたが。
「おはようじゃない! もう八時は過ぎているぞ! 時間くらい守れ!」
「しょうがねぇだろ。困ってそうな人が居たんだから。それにたいちょーからは出勤時間に決まりはないって言われたぞ」
激昂するマジマにユウイチは臆することなく言い返す。
最高責任者曰く上下関係はなく、こちらを厄介者扱いしてくる相手に遠慮をするユウイチではなかった。
「緊急時に早く駆け付けてくれればそれで良いのはマジマも承知の上でしょ。勿論ワープゲートがあるから事務所に居た方が良いと思うけれど」
「儂らに仕事がなければそれに越したことはないからのう」
『Rouge』の戦闘員は幾つかのグループに分けられ、日替わりで事務所に出勤する方式を取っている。もしもの時に事務所のワープゲートから直ぐに駆け付けられるようにだ。
それ以外のメンバーは事務所に来る必要はない。が、非番でなければ呼び出しには速やかに応じられるようにしておくことが求められている。
「そうだよー。今日はワタシたちの当番じゃないんだから。そんなに目くじらばっかり立ててたら目が鯨になっちゃうぞ?」
「なるか!」
「エンジェルデバイス使えないからってムキになっちゃってー」
「なってねぇ! ってお前——煙吹きかけんな!」
ココアの吐き出した煙草の煙は噛み付いてくるマジマの顔に容赦なく覆い被さる。
煙を払い、今にもココアに飛び掛かりそうなマジマ。
トウキチが宥めるよりも先にアカネが口を開けばマジマはそちらへ向き直る。
「今日は目新しい情報も入ってきてないし、サオトメとミヨシはヒグルマ事件の現場に行ってもらおうかしらね。マジマは昨日と同じで巡回をお願い」
「了解!」
「「りょーかい!」」
ユウイチはココアと声を重ね合わせ、バッジに念じて制服に着替える。
「良しじゃあ行こうユーイチ」
「おっけい!」
くるりと踵を返して二人並んでエレベーターへ。
歩きながらユウイチは試しにグリップを持ち出し、拳銃、散弾銃、狙撃銃の順番に変えてみせる。初めてでも簡単に出来た。
夢に見た格好良いアイテムに感嘆の声を漏らす。
「でも俺一回も銃とか使ったことないんだけど大丈夫か?」
「おもちゃは? ガスガンで遊んだことない?」
「何回かは」
「なら平気。それと一緒一緒! 狙ってバーンってするだけ!」
ココアは指鉄炮のジェスチャーで動いているエレベーターのドアを撃ち抜く。硝煙も出ていない人差し指に息を吹きかけ、こんな感じと言わんばかりにユウイチを見る。
「それが出来るのはコッちゃんだけ」
「ま、慣れだよ慣れ。ゼロ距離ショットガンなら当たるからもーまんたい!」
「その距離なら槍を使う。やっぱり近接最強ナンバーワン」
「それはそう。ワタシも結局剣が一番好き」
身も蓋もない結論に正解を告げるかのようにポーンとエレベーターが音を鳴らす。
どうやら地下のワープゲートまみれのガレージに到着したようだ。
「二台で行くのも面倒だし、ワタシが車出すよー。こっちこっち」
「これまた渋いの乗ってんなー」
ココアの愛車は黒のツードアクーペでリトラ。
車やバイクに詳しいユウイチも現物を見るのは初めてだった。
「パカパカライト好きなんだよねー。良いよねパカパカ」
「分かるぜー。今じゃもう見ないから新鮮で好きだ。それでもどっちかつーとバイクの方が好きだけど」
助手席に乗り込みながらユウイチは最後にそう付け足す。
現在の法律だと大型バイクの免許は取れても高校生である以上、車の免許は取れない。
しかし、ココアは車を出しながら得意げに鼻で笑う。
「ふっふーん。きっとユーイチも車に乗れば楽しさが分かるよ」
「後一年くらい先の楽しみに取っとく」
「その時は絶対パカパカライトね」
「さぁ、それはどうだろうなぁ?」
「えー! 乗ってよ!」
ココアはユウイチを見て残念そうな声を出す。
「馬鹿馬鹿! 前みろ前! もう一般道出てんだぞ!」
「おっと危ない」
そんなこんなで事件現場に到着し、周りの人に話を聞く。
しかし、めぼしい情報は得られなかった。元々が廃墟だったのもあり、近隣の住人もそこまで気にしていなかったようだ。
かれこれ十年も経った事件の犯人。まさか自分の家の近くに居を構えているとは思わないだろう。
「それっぽい話は心霊現象の噂だけ」
「これもヒグルマが人除けの為に流したと思って良さそうだよな。今となっちゃ真実は闇の中だな」
「犯人は現場に戻ってくるって言うし、現場調査と行こー!」
キープアウトのテープを飛び越えるココアにユウイチも続く。
敷地内の草はこれでもかと伸び切っている。汚れた外壁に絡み付く蔦は絵に描いたような廃墟。ここに人が住んでいるとは微塵も思わないだろう。
ココアが入口のドアに手を掛け、ユウイチはグリップを拳銃に変え、構える。
「開けるよ?」
ユウイチが黙って頷けば、ココアはバッと一気にドアを開けた。
「……人の気配は感じない。コッちゃんは?」
「ワタシも。だから多分大丈夫だと思う。でも一応警戒はしといて」
「了解」
真剣モードに切り替えたココアを見たユウイチもスイッチを切り替える。
足を踏み入れた廃墟の中は意外にも綺麗で気持ち悪さを感じた。
壁も床も廃墟とは思えないほどしっかりしていて、各部屋は生活感に溢れている。かなり長い期間ここで生活していたらしい。
「ここだ」
「こりゃ凄い出血量だな。三十八箇所も刺されたら当然か」
「周りの物は普通だし、一方的だったんだろうね」
殺害現場になった台所に争った形跡はなかった。
相手は指名手配もされる連続放火殺人犯。そんな凶人を相手にしても一方的に多数の刃物で殺害した人物は一体何者なのか。
「……」
「……推理進んでる?」
「ん?」
「うん? だってワタシそう言うの得意じゃないんだもん」
「うーん、分かったことと言えば犯人は超頭が良いか特殊な能力持ってるってことくらいだな。たいちょーなら昨日の捜査資料だけでも同じ結論に辿り着いてると思う」
「何何? どゆこと?」
「資料を見てもこの現場を見ても分かる通りこの出血量。そんなに戦うのが大好きで転生者のコッちゃんなら分かるだろ。犯人も返り血を浴びてるはずだ」
台所のあちこちに飛び散った血の跡。これで体に飛んでいなかったら奇跡だ。
つまり、そうなると。
「犯人は血塗れだった体をなんとかしなきゃね。でも捜査資料にはシャワーが使われた痕跡も服が盗まれた痕跡もなかったんじゃなかったっけ」
「捜査資料はちゃんと読んでるのな。まあ、そうだな。なのに着替えた痕跡もないとなると犯人はリュックか何かで着替えを持ってきてたのかもしれない」
三十八種類の刃物も持ってきてたのならほぼ確実に鞄は必要になるはずだ。
「けれど大荷物を抱えた人物の目撃証言はない……」
「あり得るとしたら透明人間になれる魔法か、それとも物凄く計算し尽くされた犯行だったか……前者の方が可能性は高いか」
ユウイチは早くに後者の可能性を切り捨てる。
仮に計算高い人間の犯行だったとするならわざわざ三十八回も刺す理由がない。さっさと殺してさっさと逃げるのが一番だ。
何か手掛かりはないか。
黙って考えを巡らしていたその時。
——パチッ。
何かが小さく弾ける音が聞こえた気がした。
「んー! やっぱ考えてても分かんない!」
「コッちゃんちょっと静かに——」
嫌な予感がして、ユウイチはココアを黙らせる。
神経を耳と鼻に集中させる。
微かに聞こえる弾ける音、焦げ臭さ、煙の匂い。
「まずい。燃やされた! 出るぞコッちゃん!」
「出よう!」
急いで出入り口に向かうが、開けっぱなしのドアから見える外には橙色のカーテン。
火の手はかなり回っている。
思わずユウイチの口から舌打ちが出た。
「いや、あの程度なら大丈夫っ! ちょっと抱える!」
ココアはユウイチを抱き抱え——グッと踏み込む。
雷の魔法で足に電撃を流し、即時的に強化して床を蹴り出せば——炎の壁を突き抜けて瞬時に建物の外……を飛び越え道路まで飛び出した。
「痛ってぇ……」
「ごめん! 加減ミスっちゃった! 大丈夫!?」
「右肩に最高のクッションあったからオールオッケー! 寧ろご褒美! そんなことより!」
ユウイチは素早く体を起こし、目に入った老人に話し掛ける。
「爺さん! 怪しい奴見なかったか!?」
「あ、怪しい奴……」
「おい黙ってこっち指差すんじゃねぇ! 走って逃げてった奴が居なかったかって聞いてんだよ!」
「それならあっちに走ってったよ」
「良しユーイチ! 行くよ!」
「おう!」
「おじーちゃん消防に電話宜しくねー!」
ココアがそう言い残し、二人で駆け出す。
ユウイチは途中でココアと二手に分かれ、知らない土地の道を走る。自分が逃げると仮定したルートを走って、走って走って——やがてその先でココアと行き合った。
息が切れて声が出なかったユウイチが目で訴える。
見つかったか、と、
しかし、ココアは首を横に振った。
「逃げられたか……バイクでも使われたか……あ?」
息を整えながら顔を上げたユウイチの目に映るのは黒煙。
異変に気付いたココアもユウイチの視線の先を追う。
馬鹿の一つ覚えのように空高く、上へ上へと舞い上がっていく黒色の煙。どれだけ地上のことが気に食わないのか。
思えばユウイチは走っている最中、サイレンの音を聞いていない。
それなりの距離を走ったはずなのにまだ消防士が来ていないのだ。
幾ら何でも遅過ぎる。消火活動が始まっていても良い時間なのに火の勢いは収まるどころか増しているように見える。
そこでやっとサイレンが聞こえてきた。
「遅くない!?」
「まさか……あんのクソジジイ……!」
ユウイチは歯を強く噛み締め、立ち上る煙を睨んだ。
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