第9話「歓迎と反対」


 「ミヨシユウイチです。宜しくお願いします」

 「儂は副隊長のコバヤシトウキチだ。老いぼれだが困ったことがあったら聞いてくれると喜ぶぞぉ」

 「でもこばやん、新人たちから話が長いって言われてるわよ」

 「こりゃ参った。歳の所為かの。はっはっは!」


 トウキチは特に気にする様子もなく笑い飛ばす。堅苦しい性格ではなさそうだ。

 次に自己紹介を始めたのはユウイチと一度会っている金髪騎士。


 「自分はセリア・スウィート。その節は済まなかった」

 「ワタシはサオトメココア! 宜しくねーユーイチ! 一緒に魔物ぶっ倒そー!」

 「「いぇーい!!」」


 ココアが手を高く掲げ、ユウイチもその勢いに乗ってハイタッチ。パチンと爽快な音。

 ユウイチは一番に仲良くなれそうなココアと一緒に笑う。


 「打ち解けるのが早くて助かるわ。言っておくと年齢と立場の上下関係は全くないから私に対しても敬語は使わなくて構わないわよ」

 「そうそう。だからワタシのことは可愛い可愛いあだ名で呼んでくれると嬉しいなっ」

 「コッちゃんとかでも?」

 「大歓迎!」


 なんとなく思い付いたあだ名でもココアは満足してくれたようだ。

 敬語を使わなくて良い職場は初めてだ。ユウイチは出来ることなら敬語を使わない方向で行きたいが、癖が出てしまいそうだった。


 「敬語は別にどうでも良いの。本題はこっち。私の命令は絶対従うこと。私が現場に出ることは少ないから相当切羽詰まってなければ基本はそっちの判断に任せるけどね。分かった?」

 「了解!」

 「それじゃ、これをあげる」


 アカネがユウイチに差し出してきたのはバッジと三枚のカード。そして持ち手だけの拳銃と言って良いのかも不明な物。


 「そのバッジは『Rouge』の隊員であることを示す物よ。デバイスと同じように念じれば制服に着替えられる」

 「その制服は魔法や斬撃に耐性があるから交戦時には展開しておくといいぞ」

 「へぇー! かっけぇー! それでこっちのカードは?」


 ユウイチはカードを手に取り、一枚一枚絵柄を確認する。

 裏面はヴェルダンディのカードと同じ模様。表面は真っ白な背景に黒い色で謎のあっさりとした文字が一つずつ書かれているだけ。


 「それはルーンカード。炎、水、風の力を宿してる。ヴェルダンディのカード同様デバイスに翳せば使えるわ」


 平仮名の『く』のような文字がケン——炎。

 上向き矢印の左側だけを取っ払ったような文字がラーグ——水。

 正方形を九十度回転させた文字がイング——風。

 ユウイチはしっかりと知識を頭に入れる。


 「最後のこれは見ての通り拳銃のグリップね」


 アカネがグリップを手にすると、忽ち拳銃の姿に変わり、続け様に散弾銃へと変化。大きな狙撃銃にまで形を変え、最後は元のグリップだけに戻った。


 「こんな感じで銃なら大体は変化させられる。弾はルーン文字が書かれた特殊な弾丸だけど、くれぐれも無関係な人に当てないように」

 「う……うっす」


 真剣な眼差しでアカネに見つめられ、ユウイチは震えながらそれを受け取る。


 「弾倉は二つくらい持っておけば十分かなー? 後で案内したげる」

 「エンジェルデバイスもあるし、装備はそれだけあれば十分でしょ。何かあった時はデバイスかスマホに連絡するから。これから、頼むわね?」

 「了解! 頑張ります!」

 「待って下さい隊長!」


 やっと話が終わりそうなタイミングで割り込んできたのは一人だけ自己紹介を済ませていないマジマだった。


 「本気ですか!? 何も経験がないこんな奴を! オレは反対です!」


 尤もな意見だが、こんな奴と言われたユウイチはイラっとする。


 「経験は積めば良いじゃない。エンジェルデバイスも使えて、やる気のある逸材は中々見つからないわよ」

 「コッちゃんコッちゃん、あいつデバイス使えないのか?」

 「そだよ。デバイスはカードと同じで三つあってね、カードに宿る女神様に認められないと使えないんだー。タダシは超優秀な成績で入ってきたのに未だに認められてない」

 「あぁ……それで」


 ちゃんとした手順を踏み、優秀な成績で入ってきたマジマは真面目なタイプ。

 なのに、ポッと出で入ってきたユウイチがエンジェルデバイスを使える事実はどうにも耐え難かった。


 「きっとミヨシにとっても、マジマにとっても良い刺激になるはずよ」

 「……分かり……ました」

 「うわー、聞いたユーイチ? 絶対分かってない人の言い方だったよ」

 「それな……勘弁してくれ……」


 隊長に歓迎されて入った部隊内のムードが悪いのはよろしくない。

 幸い、ココアの話を聞くに突発的なスカウトは珍しくないらしく、現状で否定的なのはマジマだけだ。

 事実、トウキチが新しい隊員が入ったと言いふらしながら出かけたが、オフィス内の空気感は全然変わらない。

 マジマはキッとユウイチを睨む。デバイスの件で頭を下げていたさっきの態度は何処へ行ったのか。


 「ミヨシ、オレと組み手をしろ。デバイスも何も禁止の徒手空拳で。本当に強いのかどうか確かめる」

 「嫌だよ」


 ユウイチはマジマの提案を真っ向から拒否する。

 相手はちゃんと訓練を受けてきた謂わばプロ。手加減も知っているのだろう。

 対するユウイチはほぼ独学と実践で経験を積んできた。上手い具合に手加減する自信はない。


 「オークとリザードマンには立ち向かうのに?」

 「わざわざ仲間内でやる理由ねぇよ。俺は手加減出来る自信ないし、こっちが少しでも力入ったらそっちも手加減してられなくなるかもしれねぇだろ」

 「手加減なんてなくても構わない」

 「はぁ……あのな、これだけ訳の分からん事件が連続で起きてんだぞ? いざって時に怪我で出られませんなんて馬鹿な話があって堪るか」


 ユウイチは今さっき入ったばかりの新人だ。

 それでもやる気も意識も十分にあるつもりだ。少なくとも先輩の変な意地の張り合いに付き合うつもりは更々ない。

 ユウイチの真っ当な意見に口を噤むマジマ。


 「これは一本取られたわね」

 「やるじゃんユーイチ!」

 「ミヨシの言う通りよマジマ。今は事件のことを調べる方が先決よ」

 「ユーイチは黒オークとリザードマンとやり合って気付いたこととかない?」

 「それなら——」


 ユウイチはどちらも戦闘がド下手であったことやリザードマンが痛みに怯えていたことをアカネたちに話した。


 「痛みに怯えるのは分かるけど戦闘がど素人かー。確かにオークはなんだか呆気なかったもんね」

 「数も気になるわね。一体何処から」

 「異世界の扉は?」

 「ないわね。どの扉にも検問があるし、私個人で見張りを付けてる。細々とした不法入国者ならともかく、あの数は無理よ」


 推理素人のユウイチは勿論、アカネもセリアもマジマも唸る。まだまだ謎ばかりだ。

 ココアだけが陽気に鼻歌を歌いながら資料をペラペラと捲っている。


 「単独犯はないんだね。何か理由でもあるのかな」

 「一人一人が弱いからだろう。それでも魔物が数の暴力を使ってくるのは厄介だ」


 ココアの疑問にマジマが見解を示す。

 全員で頭を悩ませているとトウキチが違う資料を持って戻ってきた。


 「アカネちゃん、調べが終わったよ。予想通りウチの案件だ」

 「今日の朝の事件ね。どうだった?」

 「害者はヒグルマフミヒト三十八歳。ニュースでも報道されていた情報ではあるが一応な、十二年前の連続放火殺人犯。全身に三十八ヶ所の刺し傷」

 「うーわ……派手にやられたねー」

 「管轄が移った理由だが……傷跡でのう。これがまた不思議なことに刺し傷全部使われた凶器が違う」


 含みのある口調でトウキチが言う。

 刺し傷が全部違う。それは三十八種類の凶器を犯人が持っていたことを意味する。

 意味のなさそうな殺害方法にユウイチは顔を顰める。


 「そんでなぁ、この傷跡に合う凶器が現在日本に存在しない」

 「それは……難儀なものね。刃物だと分かってるのにその刃物らしき物は存在しない」

 「異世界から……ってのも検問あるから無理か」

 「三十八種類も密輸するのは現実的じゃないよねー」

 「加えてそれらしい目撃証言もなし……か」


 マジマが読み終えた資料を自分のデスクにそっと置く。

 ココアとアカネ以外は手詰まりの状況に難しい顔で唸り声を漏らす。モヤモヤとした灰色の空気をアカネが手を叩き、吹き飛ばした。


 「頭で駄目なら動く動く。こばやんは海外と異世界から持ち込まれた刃物の調査。人手が足りないのならセリアでも誰でも使いなさい。サオトメとマジマはヒグルマ殺人事件含めたオーク、リザードマン事件の聞き込み。手伝いを頼むなら戦える人材を」

 「「了解!」」

 「また走り回るのかい。老体にはキツいのう」

 「おっけー! 良しじゃあユーイチ一緒に行こう!」


 ココアは頭を働かせるのが好きじゃない。現場仕事の命令にウキウキで腕をぐるぐる回しながら相棒にユウイチを選ぶ。

 初の仕事にユウイチも意気込むが。


 「駄目よ」

 「「ありゃ?」」


 アカネに止められ二人でつんのめる。


 「ユウイチはリザードマンと戦ってるし、今日はスカウトが目的よ。本格的に仕事をして貰うのは明日から」

 「なーんだ。じゃあしょうがないねー。明日から宜しくね、ユーイチ!」

 「任せろ!」


 満開の笑顔を見せ、ココアはマジマやトウキチたちを抜かし、一人で駆け出していく。

 宝石のような美しさのユウナや落ち着き、可憐なヒスイとはまた違う。少女のような天真爛漫さは眩しく映る。


 「可愛いなぁ……あれで強いのギャップが素晴らしいな」

 「ミヨシは相手の力量を見抜けるの? 私の時も友達に無理だと言っていたわよね?」

 「なんとなくは。今日見た中だとたいちょーとコッちゃんが飛び抜けてますね」

 「サオトメはうちの最高戦力よ。そもそも人生二周目だし、あの子」

 「えっ? そうなんすか? ってどう言うことだ……?」


 驚くのと同時に脳内処理が追い付かない。


 「サオトメは地球の住人じゃないの。元々は異世界の人間で、その世界の魔王を倒した勇者の相棒。つまり転生者。その時にあっちの世界の身体能力と魔法を引き継いだ」

 「へぇ……じゃあもしかして実年齢は結構上?」

 「二十二歳の私よりは確実にね。こばやんほどは行かないと思うけれど」


 ココアのことよりアカネの年齢にユウイチは驚いてしまう。大人びて見えるがまだまだ若い。


 「その割には精神年齢が低くないっすかね」

 「ま、元の世界で色々あったみたいだから楽しみたいんでしょう。強いのは強いけれど目的がマジマやミヨシに比べるとちょこっとだけズレてるのが玉に瑕ね」


 ココアは誰かを助けたいと思っていない訳ではないが、どちらかと言うと強い敵と戦いたい意思の方が強い。アカネはそう説明する。

 だから頭を使うことは極力せず、マジマやセリア、アカネたちにほぼぶん投げらしい。


 「なんかコッちゃんらしいっすね」


 初めて会ったはずなのになんとなくピンと来る。


 「ミヨシが気に入られて助かったわ。戦闘狂でも悪い子じゃないからミヨシと組めば良い感じにバランスが取れる。サオトメと一緒なら安全だしね」

 「明日も同じ感じですか?」

 「基本はね。何かあれば直ぐにそっちに向かって貰うわよ」

 「了解!」

 「じゃあ今日はおしまいね。友達の家まで送るわ」


 その日、ユウイチはヒスイたちに無事を伝え、家に帰った。

 翌日、ミキに起こされるよりも早く起きられたユウイチは素早く支度を済ませ、バイクのキーを持って玄関へ走る。


 「おう? ユウイチ、今日はなんだか元気そうだ。何処か行くのか?」

 「仕事! 行ってきまーす!」

 「仕事……バイトでも始めたのか?」


 ユウイチの父親——ギンがアヤメに聞く。


 「そうみたい。今日からだって」

 「やる気があるのは良いことだ」

 「危険なこと、してなければ良いんだけれど」

 「それは……そうだな」


 二人は遠くに旅立っていく排気音にちょこっとだけ不安を覚えるのだった。

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