第8話「『Rouge』」


 ユウイチはバイクを置き、アルビノの女性の車に乗って、道路を走る。

 幌を開けたオープン状態で、夏の風は温いが気持ち良い解放感を味わえる。 


 「いきなりでごめんなさいね。私はカミシロアカネ。名前はともかく苗字は聞いたことあるんじゃないかしら」

 「カミシロ……神代……もしかして?」


 カミシロ。その苗字は珍しく、有名だ。

 日本でその苗字を聞けば誰もがとある人物を思い浮かべる。


 「カミシロルナの娘と言った方が分かりやすかった?」

 「うぇえ!? でもやっぱあの言い方ならそうっすよね!?」


 カミシロルナ——かつて世界に魔法や神の実在を知らしめたオリュンポス事変。それを鎮めた英雄の一人だ。

 ユウイチからすれば多くの人を救った憧れの人物。

 そして目の前に居るのはその娘。この状況からして魔物などの特殊な災害を受け持っているのだろう。

 まさかの状況にユウイチは運転席に座るアカネをぼーっと見つめてしまう。


 「力のこと。友達には言ってないのね。どうして?」

 「やっぱり正体を隠したヒーローって格好良いじゃないっすか。と言うか拾いもんですし、後はヒスイが心配するんで」

 「あの黒髪の子ね。私のこと物凄い警戒してたわよね。こんなナリじゃしょうがないと思うけど」

 「いやいや、すっげぇ美人っすよ。日光とか大丈夫なんですか?」


 アルビノは怖いくらいの美しさを持つ反面、紫外線などに弱く、視力にも難を抱える。

 そんなユウイチの心配をアカネは笑い飛ばす。


 「大丈夫。自分で薬作ってその辺の耐性は完璧にしてあるから。それで、ヒスイさんは危機管理能力が高いタイプなの?」

 「本人ってよりは俺が無理ばっかするからですかね……」


 昔からユウイチの行動原理は変わらない。

 なんてことない人助けもあれば危険に飛び込んでいく場合もある。特別な力を持たないおかげで深追いしてなかったのが、戦う力を手に入れた。

 そうなったら無理も増えれば、ヒスイの心配もマッハで増えるだろう。

 アカネは間延びした声の後に続ける。


 「それで大体理解したわ。でも引き際は弁えてるみたいね」

 「俺が死んじゃったら元も子もなくなっちゃうんで」

 「良いわね。そう言う人材は大歓迎よ」

 「え……ってここは」


 会話しながら周りを見ていたユウイチ。

 車のスピードが緩まり、門を抜けた先にあるのは誰も立ち入らない謎の建物。廃墟にしては綺麗だが、何の目的で建てられたのか分からない場所だった。

 建物の入り口前で止まり、関所のようなところから職員が顔を出す。


 「私よ。開けて」

 「只今」


 正面のガレージと思しきシャッターが開く。

 しかし、そこから白いモヤが現れ、建物の内部が全く見えない。

 困惑するユウイチを他所にアカネは壁のようなそのモヤに迷うことなく突き進んでいく。

 モヤを突き抜けると目の前に広がるのは多数の車たち。


 「おお……?」


 明らかに外見より広いガレージ内部。

 ユウイチは驚くが、それよりも色取り取りの車とバイクに目を惹かれてしまう。

 良く見ると入ってきた時とは別の白いモヤも沢山あった。


 「はい到着。こっちよ」


 車から降りてアカネを追い掛けるユウイチ。

 すれ違う人たちは全員アカネと隣を歩くユウイチにも明るく挨拶をしてくるので会釈で返す。

 二人でエレベーターに乗り、上へ。


 「明らかにさっきの建物じゃないっすよね」

 「そうよ。あれは各地に行き易いよう設置したワープゲートみたいなものだから」

 「ワープゲート」

 「それじゃ、ここは何なのか。そう言いたくなるわよね」


 ポーン、と言う電子音と共にエレベーターの扉が開く。

 ガヤガヤと人の声があちこちで飛び交う警察署を思わせるオフィス。職員らしき人々が歩き回っているが、慌ただしさは感じない。

 アカネは人の流れの間を歩きながら話を続ける。


 「ここは魔法や異世界の扉から出てくる魔物、異世界人なんかに関する事件や災害。私は事件も引っくるめて特殊災害って呼んでる」

 「特殊災害……今回のリザードマンとかこの前のオークの事件ってことですか」

 「そうよ。犯罪に警察が、火事に消防士が居るように。オリュンポス事変をきっかけに母さんが立ち上げた組織。特殊災害専門の対策部隊『Rouge』」


 窓際のデスクにドカっと豪快に座ったアカネはユウイチを見上げる。


 「そして私が隊長。つまり立場は一番上ね」


 クールに微笑むアカネにユウイチは目を輝かせる。

 消防士と同じように誰かを救える特殊部隊。存在自体は噂になっていたが詳細は誰も知らず、謎に包まれていた。

 謎だから考えないようにしていた。だが、消防士に次いで未来を意識していた場所に来ることが出来た。それだけでも嬉しかった。

 と、それはそうと。


 「俺は一体どうすれば……?」

 「ちょっと待ってて。多分そろそろ戻ってくる頃だと思うから。アイちゃーん、お茶」

 「はいはいー」


 アイと呼ばれた職員が二人分のお茶を持ってくる。

 アカネにどうぞ、と促され、ユウイチは湯呑みに口を付ける。


 「んっ! 美味しっ!? こんなお茶初めて飲んだ」

 「でしょう? アイちゃんの淹れるお茶と珈琲は絶品なんだから」


 ユウイチは貰ったお茶をちびちび飲みながらオフィスを見渡す。

 白衣を着たアカネを除けば全員がオーク騒動の時に見た制服を着ている。パッと見、若い隊員が多い。若い人しか居ない。

 と、思いきや奥の方から白髪のおじちゃんが顔を出し、アカネを見て、足を早める。


 「アカネちゃん、やっと見つけたよぉ。何処行ってたんだい?」

 「偶には外の空気も吸いたいなーと思って。それで被害は?」

 「駆け付けた時には既にリザードマンが全員やられていたよ。そのおかげか町での被害は火事くらいで、そっちは鎮火済みだ」

 「町以外での被害があるのね。詳しく聞かせて」

 「近隣四軒の家でリザードマンの犯行と思われる殺人の跡があった。全員が片親の家庭で子どもが行方不明になっている」

 「また子どもが行方不明……引き続きハヤタにでも調べさせておいて」

 「承知した。ところでアカネちゃん、このハンサムは?」

 「ハンサムだなんていやぁ……それほどでも——あるかぁ!」


 ユウイチは否定しようとするも嬉しさが勝ち、調子に乗った反応を見せる。


 「リザードマン倒した張本人よ」

 「おぉ! そりゃ凄い! ん? となるとこのハンサムがデバイスを拾った子だったりするのかい?」

 「そう言うこと」


 二人の会話の中で気になる単語が聞こえ、ユウイチは緩んだ気持ちを締め直す。

 デバイス。それっぽい物にユウイチは心当たりしかない。


 「丁度良いところで戻ってきたわね」

 「隊長。只今戻りました!」

 「うるさっ!? 声でっけぇ……」


 背後からの大音量にユウイチが振り返ると、三人の男女が居た。

 短髪でガタイの良さが服の上からでも分かる男の隊員とつまらなそうにアカネの背にある窓から外を眺める栗色ポニーテールの可愛らしい隊員。

 そして腰に剣を携えた金髪の隊員とユウイチの目が合う。


 「「あっ!」」

 「何? セリアの知り合いだったの?」

 「オーク騒動の時に一度」

 「あの時、俺の話聞いてくれねぇから死にかけたんだぞ! 黒オークに挑むことになるしよぉ! 結果的に俺もカリンさんも無事だったから良いけどさ!」

 「……セリア?」


 ユウイチの発言にアカネが細めた目でセリアを見る。


 「いえいえいえ! あの時はこの子の避難を優先しようと」

 「無駄話をするような雰囲気じゃなかったんでしょう? だったら話を聞いてあげなさいよ。重要な話の可能性が高いはずよ」

 「つ、次から気を付けます……ところであの時の少年が何故ここに?」

 「分かるわよね? マジマ?」


 セリアの質問に答えるアカネの視線はガタイの良い隊員——マジマに向けられる。


 「まさかこの少年が!?」

 「そうよ。良かったわね。悪い奴に拾われなくて。尤も、悪い奴なら扱えないでしょうけど」

 「あ! タダシのやらかし解決したの! 良かったねえ? 無事終わって」


 ポニーテールの隊員が一気に元気を取り戻し、これ以上ないニヤつき顔でマジマを馬鹿にする。


 「やらかしって、これ?」


 ユウイチは左手首にデバイスを出現させ、ポケットからカードを取り出す。

 マジマが大きく大きく目を見開いた。


 「嘘だろ……適応してるのか……」

 「ぷぷぷ……落とし物拾っただけの人に先越されてやんの」

 「ココアぁ!」

 「うわー! タダシが怒ったー! 犯されるー!」


 オフィスで子どものような追い掛けっこが始まる。

 ユウイチはその様子を一瞬だけ目で追って、直ぐにアカネに目線を戻す。


 「これって一体何なんですか?」

 「それはね、エンジェルデバイス。天使と悪魔事件の時に話題になったエンジェルカードって知ってる?」

 「知ってます」

 エンジェルカード——天使が描かれたカードで不思議な力が宿っているとかいないとか。

 ユウイチが生まれるより前の事件なので本当に名前程度しか知らなかった。


 「私の持ってるエンジェルカードを媒介に作った戦う為の道具」

 「アルビノの特効薬と言い天才過ぎませんか」

 「まぁね。それでカードに女神の力を込めてデバイスを通して身体能力を底上げ、デバイスは武器に変化させることも出来る優れ物よ」

 「女神? これ天使じゃないんですね」

 「名前もエンジェルデバイスなのにねー」

 「ココアは知っているでしょう。根幹が私のエンジェルカードだからよ。因みにミヨシ君が使ったのはヴェルダンディのカードね」

 「ヴェルダンディ?」

 「あら、知らない? 北欧神話で有名な女神なのだけれど」


 分からないユウイチは首を傾げる。

 有名なギリシャ神話程度なら知っているが、そこまで知識は多くない。北欧神話に関する知識もオーディンくらいである。

 それらを使った創作物には触れてきた可能性はある。だが、原典までは知らない。


 「ヒスイとユーナなら分かんのかな」

 「まぁ、良いわ」

 「ヴェルダンディとスクルドのカードを拾ってくれて本当に助かった。感謝する」


 追い掛けっこから戻ってきたマジマがユウイチに大きく頭を下げる。

 話の流れからしてエンジェルデバイスとカードを落とした張本人らしい。

 しかし一点だけ、ユウイチの頭に疑問符が浮かぶ。


 「……俺、カード一枚しか拾ってないっすけど」

 「はっ? はぁ!?」


 信じられないと言わんばかりに顔を上げ、ユウイチを凝視するマジマ。

 そんな顔で見られてもユウイチはデバイスとカードを一組しか拾っていないのだからどうにも出来ない。

 マジマの横ではまたココアがゲラゲラ笑い出す。


 「まあまあ、どうせ拾われてても使えないなら意味ないから平気でしょ。タダシみたいにね。ぷっ……!」

 「ココアちゃん、あまり虐めないでやってくれ。タダシ君が爆発しそうだ」


 おじちゃん隊員がココアを止め、マジマを慰める。


 「……うん?」


 これだけ話をしたのにユウイチはデバイスとカードを一度も返せと言われない。

 ココアたちが騒いでるのを尻目にアカネは戸惑うユウイチと目を合わせる。


 「ところでミヨシ君は誰かを助けたりするのは好き?」

 「相手が喜んでくれたら万々歳っすね」

 「じゃあ魔物と戦うのは?」

 「好きじゃないけど俺が戦えるのなら。それで誰かを守れるなら」


 戦わなくて良いのなら戦いたくはない。

 だが、戦う力があり、一人でも多くの人を助けられるのならやりたい。と言うのがユウイチの心からの本音だった。

 アカネは心底嬉しそうに口の端を上げ、言った。


 「決まりね。ようこそ特殊部隊『Rouge』へ。歓迎するわ」

 「えっ!? マジで!?」

 「はっ? はああああああ!?」


 何故か、ユウイチよりも驚きの声をマジマが上げた。

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