第7話「泣き虫リザードマン」


 一足先にマンションを出たユウイチはバイクのアクセルを捻る。

 逃げ出す人の流れに逆らい、道路に乗り捨てられた車の間をすり抜けて突き進む。


 「見えた」


 一体のリザードマンを見つけ、ウィリーしながら突っ込んだ。

 逃げるでもなく突進してくるバイクに気付き、リザードマンはバタバタと逃げる。


 「あ、危ないだろっ!」


 バイクを停めたユウイチに特大ブーメラン発言をするリザードマン。


 「右手に剣、左手に盾、口から火を吹いて暴れ回ってる奴が良く言うぜ」


 ユウイチは煽り返しながらリザードマンを観察。

 赤い色のゴツゴツとした鱗の皮膚は爬虫類と言うより龍のようで、見るだけで硬さが伝わってくる。

 しかも武器持ちに炎のブレス持ち。

 普段なら絶対に挑まない相手。だが、今のユウイチには戦う力がある。


 「僕の邪魔するって言うのか!? 死んじゃうぞ!?」

 「声が震えてるぜ。やれるもんならやってみろ」

 「い、言ったな! 言ったからな! 殺してやる!」


 ユウイチは周りに誰も居ないのを確認してからデバイスを呼び出す。

 リザードマンの動きがピタリと止まる。

 右手でカードを取り出した時、ユウイチの頭にふと言葉が浮かび、自然と口に出す。


 「選定しろ——ヴェルダンディ」


 カードを翳し、あの時と同じく銀色の髪と橙色の衣装。デバイスを槍に変え、構えた。

 リザードマンは一瞬だけ狼狽えるが、直ぐに剣を振り翳してユウイチに襲い掛かる。左半身を前に出し、盾の防御も兼ねた突進。


 「死ねええええええええ!」

 「——」


 ユウイチは肩から地面に掛けて構えた槍の矛先をヒョイっと持ち上げ、盾を弾く。

 上手く盾と腕だけを弾き、勢いはそのままのリザードマン。その腹部にユウイチがクルッと回転させた槍の柄が直撃する。

 痛みはないが、その衝撃でリザードマンは体を折りながら後退。


 「何処見てんだよ」

 「っ!?」


 バッと顔を上げるリザードマンの目の前にユウイチ。

 またもや腹部に衝撃。回し蹴りを喰らい、更に後退。

 しかし、ユウイチは前進。攻撃の手は止まない。

 剣と槍、圧倒的なリーチの差に手も足も出ない。くるくると槍全体が回転する矛先の斬撃と柄の打撃の大嵐。

 リザードマンは怯えたように矛先だけを弾く——弾く。


 「はっ……はっ……!?」


 やがてその抵抗を掻い潜り、ある一撃が右腕を切り裂いた。


 「よっと!」


 ダメージで動きの鈍くなったリザードマンをユウイチは蹴り飛ばす。

 勢いのまま畳み掛けようとする。が、体に纏わりつくネバっとした嫌な予感に足を止める。

 目の前のリザードマンは斬られた腕と流れる赤い血を見て、小刻みに震えている。


 「痛い……痛い。痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいい!」

 「うるせっ!?」


 耳をつんざくような大音量の叫びにユウイチは耳を塞ぐ。

 やがて叫びが落ち着いた時、複数の気配を感じる。


 「痛いのは嫌だ」

 「もう嫌だ」

 「やめて……やめて……痛いのは」


 ゾロゾロと同じ容姿のリザードマンが集まり、ユウイチを囲む。


 「痛いことする人は……死ね!」


 リザードマンが揃いも揃って口を開ける。端から猛々しい炎が漏れ出る。


 「おいおいおいまじか!?」


 四方向からの炎のブレスに飲み込まれるが、なんとか炎の海から飛び出す。


 「意外と熱くねぇ。この服のおかげか……にしても」


 ユウイチは辺りを見渡す。

 ブレスがきっかけになってあちらこちらで火の手が上がり始めている。

 消防隊が来たとしてもリザードマンが居る状態でスムーズな消化活動は行えない。被害がどんどん拡大していくだろう。

 幸い、炎耐性はあり、硬い鱗も斬れることが判明した。


 「スピード勝負で行くか」


 槍を下段に構え、瞬く間に距離を詰める。

 リーチを活かしてまずは一番近くに居たリザードマンの胸をひと突き。鋒が鱗をぶち抜き、赤い血がどぷっと流れた。


 「「「うああああ!」」」


 傷付けられた仲間を見た残りの三体が一斉に飛び掛かる。

 数の不利は避けたいところだが、オークと同じく動きが悪い。ただ無策に飛び込んでくる二体を薙ぎ払い、残りの一体の攻撃を避け、間合いに引き込む。

 赤子の手を払うようにリザードマンの剣と盾を遇らい、首を斬る。


 「残り二人……!」


 予め薙ぎ払った位置を頭に入れておいたユウイチが素早く目を配る。

 片割れの口から火が漏れ出ている。


 「やらせるかよ!」


 ユウイチは速攻で槍を投げる。見事に首へ突き刺さり、絶命。

 残るは一体。


 「嫌だ嫌だ嫌だ! 死ぬのは! 痛いのは!」


 バタバタと何も考えずに剣を振り回して突っ込んでくる。


 「一番厄介なことしやがって……こっちは武器も投げちまったし……お?」


 ユウイチは死んでいたリザードマンから剣を拝借。

 向かってくるリザードマンの剣の動きをジッと見つめ——受け止め、透かさず足払い。

 そして、ドサリと地面に倒れたリザードマンの首に剣を突き立てた。


 「ふぅ……じゃなくて! 父さんたちが来る前に逃げねぇと!」


 ユウイチは投げた槍を回収し、変身解除。

 運良く炎に巻き込まれなかったバイクに跨り、スマホを見るとヒスイからメッセージが鬼のように入っていた。

 メッセージの一番下には地図のスクリーンショット。

 ここからそう遠くない場所。そこへバイクを走らせると案の定、ヒスイとユウナが待っていた。


 「二人は無事か?」

 「こっちの台詞。ヒスイ、ずっと心配してたよ」

 「ほんとにもうっ! ユーナちゃんだって居るのに……」

 「だってユーナに戦わせる訳にもいかねぇだろ」

 「切羽詰まってればあたしだって出し惜しみしない。それよりリザードマンはどうなったの? 通知では四人居るって話だったよね?」

 「もう大丈夫。後は燃えちまってるのをどうにかすれば解決」


 火事に対して出来ることはユウイチにもユウナにもない。消防隊が来るのを待つだけだ。


 「ここで待つ必要ある? ユーナちゃんの家戻らない?」

 「もう少し待とうぜ。まだ何が起きるか分からねぇし、父さんたちの消化活動を邪魔されても困るしな」


 ユウイチは一応通知にあった四体のリザードマンを倒したが、全部とは限らない。

 何処かに潜んでいるかもしれない新手に警戒する。

 そんなユウイチの対応に首を傾げるユウナ。


 「なんで? リザードマン倒した人が居るんだよね? あたしたちが見張る意味ないと思うんだけど」

 「え? あー、えっとな、念の為だよ念の為。ユーナは本気出したらそんじょそこらの奴より強いし」


 リザードマンよりも強力な何かが控えているかもしれない。と言う体で誤魔化す。

 ヒスイが居るのでデバイスのことは隠しているが、もしもの時には使うつもりだ。

 しかし、ユウイチの心配も杞憂に終わり、消化活動は速やかに行われる。避難警告も解除された。


 「帰るか」


 ホッとしたユウイチがそう提案した時だった。

 騒動があった方向から白いツーシーターのオープンカーが走ってくる。明らかに消防士ではない。

 その車はユウイチたちの傍にピタリと付き、止まる。

 ドアを開けて降りてきたのは白衣の女性。その外見に三人同時に息を呑む。

 雪を思い起こさせるような全ての光を乱反射する真っ白な長い髪。それに準ずる白い肌に太陽のように真っ赤な眼。

 初めて見るのに直感で分かる。アルビノだ。


 「こんなのが出て来たらびっくりするわよね。ごめんなさいね。突然で悪いのだけれどミヨシユウイチ君であってるかしら?」


 アルビノの女性にそう言われ、ユウイチは頷く。


 「ちょっと借りるわね。隣、乗って」

 「喜んで」

 「ちょちょちょ! ユウ!?」


 美人の誘いに迷うことなく乗っかるユウイチをヒスイが全力で止める。


 「大丈夫だよ。悪い人ではなさそうだし、逃げても多分無理だ」


 ユウイチは目の前の女性に底知れぬ何かを感じ取っていた。

 仮にデバイスを使い、ユウナの手を借りたとしても敵う未来が見えない。


 「それに呼び出される心当たりもあるんじゃない?」

 「ん……まあ、ですよね」


 最早案の定とも言うべき指摘にユウイチは苦笑する。

 十中八九、謎のデバイスのことだろう。あれはオーク騒動の時に特殊部隊が駆け付けた後に拾った物だ。

 となればアルビノの女性はその部隊の関係者か偉い人。

 返す場所が分からないとは言え勝手に使ってたのは事実なので怒られても仕方がない。

 怒られる程度で済めばマシかも知れない。


 「そう言う訳だからちょっと行ってくるわ」

 「どう言う訳だか全然分からないんだけど。ユウイチが言うなら大丈夫かな。悪い予感はしてないんだよね?」

 「自業自得な部分を除けば」

 「なら行ってらっしゃい。ユウイチが不在の間はあたしがヒスイを守るから安心して」

 「……気を付けてね」


 二人の間だけで話に決着が付き、ヒスイは何か言いたそうな顔のまま送り出す。


 「じゃあ行くとしましょうか」

 「あ、その前にバイクだけユーナん家の駐車場に置いてっても良いですか?」

 「……それもそうね」

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