第6話「ユウナ宅にて」
朝食を食べ終えたユウイチはユウナの家までバイクを走らせる。
途中で合流したヒスイと一緒に近くの駐車場にバイクを停め、入り口まで歩く。ゆっくりと首を上げて建物を見上げる。
「何度来てもでっけぇな」
「だねー。こんな田舎県でタワマンに住んでる友達はユーナちゃんくらいかな」
ユウナの住んでいる地域はそこそこ栄えてはいるが、あくまでそこそこ。ユウイチたちの地域より少しだけ栄えているくらいだ。
ユウイチはユウナの部屋番号を入力してから呼び出しボタンを押す。
間もなくスピーカーからユウナの声が聞こえてくる。
『開けたから入って良いよ』
エントランスの自動ドアが開き、二人はユウナの部屋がある六階まで階段で上がった。
「ユウってモールでも何処でも階段使いたがるよね……」
外の暑さからクーラー空間に逃げ込んだのにヒスイは息をバラつかせている。
ユウイチは整った息のまま、話す。
「エレベーター、なんか好きじゃねぇんだよな。エスカレーターも結局流れより自分で歩いた方が早いし、やっぱり安全面も含めたら階段だろ」
「有事に備え過ぎて文明の利器を使わない間抜け」
「そこまで言うか!? 俺だって二桁階超えれば流石に使うからな!?」
そうこう話しているうちにユウナの部屋に着いた。
インターホンを鳴らせば、直ぐに半袖短パンジャージのラフなユウナがドアを開けてくれる。
ユウイチはリビングで地べたに、二人はソファに優しく腰掛ける。
「おはよー。昨日は良く眠れた?」
「眠れる訳ねぇだろ。お前の所為で寝起き最悪だったんだぞ」
「だって夏休みでしょ?」
ユウナとしてはどうせ休みなのだから二度寝でもした前提で話しているらしい。
ヒスイはユウイチの言葉を聞き、納得したような声を出す。
「あー、そっか。ミキちゃんいるもんね」
「ミキ……ちゃん?」
「あれ? ユーナちゃんは知らないんだっけ? ユウの妹」
「聞いたことないかも」
「あいつな……俺とは比べ物にならないくらいしっかり者で誰に対しても敬語でお嬢様みたいな性格してんだ。だから夜は良くても朝は必ず決まった時間に起こしにくる。何がなんでも起こされると言うか起きるしかなくなる」
「へ、へぇ……そんな素敵な妹が居るんだ」
素敵と言いつつ、ユウナの顔は笑顔が上手く作れず引き攣っている。
両親は海外を飛び回っているユウナは一人っ子。高級なマンションの一室をほぼ独り占め出来る上にどれだけ夜更かし寝坊をしても咎められない。
それに楽器防音の物件だから楽器は勿論、人には言えないあんなことやこんなことをしていても問題ない。
「素敵ねぇ……? ユーナの生活習慣どうにかして貰うか? 夏休みの間だけこっちに住んで貰おうぜ」
朝の話題をニヤニヤしながらユウナに振るユウイチ。
「絶対に嫌。あたしの楽園が壊れる」
ユウナは小さい頃からこの自由な生活を楽しんできた。一時的でも崩壊は許さない。
「そこまで言うか。冗談だよ」
「本気だったらグーでいくところだった」
「ユーナの拳なんか怖くねぇやい」
戯けた様子のユウイチが鼻で笑う。
年齢関係なしの喧嘩どころか魔物とすらも戦ってきた。細身のユウナの一撃なんて恐るるに足らない。
すると急にユウナが立ち上がり、髪の毛が美しい空色に染まる。
「言ったね?」
「待て待て待て! アテナの力使うのはズルだろ!?」
ユウイチも即座に立ち上がり、片手を前に突き出してユウナを制止する。
元のユウナがパワー系ではないおかげでこの前のオークほど威力はないが、それでも一般人と比べたら駄目な性能をしている。
回避はともかく受け止めるのは嫌だった。
「ちょっとマテナ。なんちゃって」
「「……」」
……。
………。
…………。
「よしユーナ。始めようぜ。どうせ作った曲歌いたいとかだろ」
「うん。ユウイチのベースはチューニング済ませてあるから直ぐ使えるよ」
数秒の沈黙の後、ユウイチと髪色を戻したユウナはスタスタとスタジオのある部屋へと歩き出す。
「あれ? ちょっとマテナ……」
「譜面は? 訳分からんベースラインはもう勘弁だぞ」
「今回のはそこまで難しくない……はず」
「嫌な予感しかしねぇ」
しょうもないことを言っているヒスイをガン無視して二人はリビングを出る。
ポツンとリビングに取り残されたヒスイは。
「ごめんって! 私もちゃんとキーボードやるから待ってー!」
謝りながらスタジオへ二人を追いかけた。
そしてユウナの曲の簡単な収録が終わり、三人は一休み。ユウナがギターを下ろし、ペットボトルの水を静かに飲み干す。
ユウイチもユウナから貰った麦茶を飲み、ふと朝のニュースを思い出した。
「朝のニュース見たか?」
「あれでしょ? 映画の番宣ポスターをサプライズでズボンの内側から出したら毛が付いてて大炎上した俳優の話」
「いや違うけどそのニュース超面白そうだな!?」
「プロジェクター大画面で見る?」
下ネタで大はしゃぎする高校生の男女二人。
「そんなのわざわざ大画面で見なくていいよ……それにユウが見たのはあの殺人事件じゃないの? あの放火魔の」
ヒスイはプロジェクター案を蹴り飛ばし、例のニュースに話題を変える。
ユウイチなら見ていそうだと思っていたが、そもそも連続放火殺人犯が殺されたニュースはかなり大きく取り上げられていた。
警察からも逃げ続けていた多数の人を殺したシリアルキラーの死はビッグニュースだ。
「そっちか。凶器も手掛かりも何一つ見つかってないらしいね。犯人は被害者の遺族なのかな」
「それに手掛かりなしだと魔法持ちでも変じゃないな」
相手は凶悪な犯罪者。警察ですら見つけられなかった犯人を見つけ出し、争いの形跡もなく一方的に殺せる人間は限られる。
そこでユウナが思い出したかのようにスマホを開く。
「そうだ。最近学生の行方不明が増えてるらしいよ、ほら」
ユウナが開いたページをユウイチが覗き込み、ヒスイが読み上げる。
「中学生と高校生を中心に……行方不明者が増加。ってこれ」
「……俺らの県の件数多いな」
一気にユウイチの顔が険しくなる。
オーク撃退後の嫌な予感が現実味を帯びてきた。間違いなく何か大きな事件が起こる。
そんな嫌な確信がユウイチに芽生え始める。
その時、三人のスマホから同時に警報が鳴り響いた。
誰よりも早くユウイチはスマホを開き、内容を確認する。
「リザードマンが暴れてる……しかもここから近いぞ!?」
「ユウイチ! あれ!」
ユウナが窓の外を指差し、三人で注視する。
そこには慌ただしく逃げ惑う人々と口から火を吹くリザードマンらしき生物が見えた。
「なんで……また」
ヒスイが悲しそうに顔を歪める。
先のオーク騒動もそうだが、異世界の扉がない地域で複数体の魔物たちが暴れるのは滅多にないことなのだ。
嫌な予感が予感じゃなくなる光景を見るヒスイの背後でガチャンと音が聞こえた。
その音にハッとして振り返るとユウイチの姿が消えていた。
「ユウ……! 私も——っ!?」
追い掛けようとするヒスイの肩をユウナが掴む。
「行くならあたしも連れてって。もしもの時は守れる」
「ユーナちゃん……でも」
アテナの力があればリザードマン如きにやられることはない。ヒスイを守るのも容易い。
なのに乗り気じゃないヒスイにユウナは聞き返す。
「でも?」
「私の後ろだよ? 良いの?」
「この際そこはどうでも良いよ!」
「そ、そっか。それじゃあ行こ! あの、もしもの時は守って」
「任せて。絶対に守る。ヒスイもユウイチも」
頼もしく笑うユウナ。
ヒスイは「ありがとう」と口にしてから二人で階段を駆け降りる。
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