第4話「違和感」
オーク騒動は多少の被害を出しながらも鎮圧。
終業式当日の教室で、ユウイチはスマホでそんな記事を読んでいる。
「あの場で大量のオークが出現した理由は未だ不明。頭目と思われる灰色肌のオークの所在は調査中……か。と言うかあいつもオークだったのか」
「何見ーてんの?」
そこへヒスイがユウイチの前の席に座ってきた。
「この前の事件の記事」
「お姉さんたちに感謝されたのがそんなに忘れられないの?」
「いや、そんな訳……まあちょっとはあるけど」
「あるんじゃん」
あの後、ヒスイたちと合流したユウイチはお姉さん二人にこれでもかと言うほど感謝された。ヒスイと揃って夕食をご馳走して貰ったくらいだ。
助けられたことや褒められて嬉しいのは間違いないが、ユウイチの思考は別のことに使われている。
思い返すとあのオークに違和感があった。
「犠牲者の話は聞いたか?」
「うん。女の人が何人かって。それがどうかしたの?」
「あの凄そうなオーク居ただろ? なんかさ、今思うと怪物感がなかったんだ」
「怪物感?」
「なんて言えば良いんだろうな。俺らだって何回か異世界の扉から来た魔物は見たり聞いたりしてるだろ? なのにそう思えないと言うか」
まず話が通じる魔物というのが居なくはないが珍しい。
しかし、噂で聞く人語を喋れる魔物と言うのは総じて価値観が全く違う。ユウイチたちからすれば虎やライオンが知性を持って喋っているような感覚だろう。
なのにユウイチが言葉を交わしたあのオークはまるで。
「同じ人間と喋ってる感覚だった。うんと性格の捻くれた奴と」
「へぇ……そっか。そう言われても私は分からないけど。でもさ、これだけ色んな扉があって、世界があるんだからそう言う魔物も居るんじゃない?」
ヒスイは地球の人間と同じような価値観で育ってきた魔物も居ると言う。
その可能性はユウイチも否定しないが、それ以外にも違和感があった。
「深刻そうな顔して何の話?」
話の途中でやってきたのは二人の友達であるシライユウナ。栗色ボブカットを片方の耳にかけていて、抜群のスタイルを持つ美少女だ。
「この前のオーク騒動の話」
「あ、また首突っ込んだんでしょ。危ないからやめなよ」
ユウナが目を細め、呆れたような、心配するような表情でユウイチを見る。
ユウイチは苦笑いしながら口を開く。
「そう言うユーナだって目の下のクマが目立ってんぞ。まーた徹夜で作曲でもしてたんだろ。やめとけよ。美人が台無しだぜ」
「うっ……そ、それは仕方ない。だってインスピレーションが浮かんだら止まらなくなっちゃうんだもん」
ユウナは目を逸らしながら言い訳を口にする。
ピアノ、バイオリン、ギターと音楽の才能が飛び抜けているユウナは作曲を始めると夜更かし徹夜で終わらせようとする悪癖がある。
今と同じようにクマが出来るので分かりやすい。
「ユーナちゃんなんでその生活しててスタイル維持出来てるの……エナドリとかがぶ飲みしてるんだよね?」
「諦めろってヒスイ。ユーナのは天性のもんだよ。ユーナ以上のルックスを有名人含めて見たことねぇもん」
「あたしの話は良いから! 褒めてくれるのは嬉しいけど恥ずかしい……」
頬を赤く染めながら顎を引くユウナ。
それを見たユウイチとヒスイは「可愛い」と言う単語を頑張って飲み込んだ。
「それで、オークがどうかしたの? 違和感がどうのって聞こえたけど」
「その、なんだ。ユーナは今まで異世界の奴らと戦った時、強かったか?」
ユウイチは声のボリュームを落とす。それこそユウナとヒスイにしか聞こえない声量で。
「それはまあ……素人のあたしに比べたら。スペックの差で勝ってたところあるから」
ユウナも同じくらいのボリュームで答える。
ユウナはかつてのオリュンポス事変の影響でアテナの力がその身に宿っている。力を解放すれば身体能力向上に加え、魔法を反射するイージスの盾と普通の槍が使える。
中学生の頃にアテナの力で凶悪な魔物から友達を守ったのだが、逆に怖がられてしまう経験があった。
それ以降は力を隠すようにしている。
現在の学校でユウナの力を知っているのはユウイチとヒスイだけだ。
「俺が戦ったオークの親分みたいな奴な。弱かったんだよ」
「そうなの?」
「え、明らかにヤバそうじゃなかった? ユウだって焦ってたよね?」
「いや、確かにパワーは段違いだった。本気の一撃貰ったらマジで一発アウト。ただ、それだけだったんだ」
「技術がないって言いたいの?」
ユウナが首を傾げながら言った。
「そう言うこと。頭目張ってる割に戦闘経験が薄く感じた」
「それは変だね」
「そっか。あっちの世界では小競り合いなんて日常茶飯事だから」
少ない言葉のやり取りでも、聞いていたヒスイは理解を示す。
現在の地球で武力同士のやり取りは少なくなってきた。日本は特に、だ。
魔物や犯罪者をどうにかする専門家以外だと起きても喧嘩程度で、殺し合いではない。
しかし、異世界はユウイチたちの知るファンタジーゲームのような世界。種族同士で争っていたり、勇者のような対抗勢力と戦争を繰り広げたりしている。
そんな世界で種族を率いるトップの戦闘経験が薄いのは変だ。
「でも弱いに越したことはないんじゃない?」
「だよね。弱いなら最悪ユウイチでもどうにか出来るってことでしょ?」
「最悪の場合ならユーナがどうにかしてくれよ。あの黒オーク、一般人じゃまず勝てないからな?」
「そんな相手を良く撃退出来たね」
「あー、それは……運が良かっただけだ」
一瞬、デバイスのことを言おうと思ったユウイチだが、やめた。
なんとなく黙っておいた方が格好良い気がした。なんて、しょうもない理由だが。
「弱くて困ることはないけど、なんか嫌な感じがすんだよなぁ」
「うぇっ、やめてよ。ユウの悪い予感大体当たるんだから」
「んなこと言われても」
どうしようもない難癖にユウイチが眉を曇らせ、ユウナが微笑む。
「はーい! 皆んなー! ホームルーム始めるから席戻ってー!」
教室に響くのは担任の声。
その声で散り散りだった生徒たちはバタバタと自席に戻り出す。ガチャガチャと椅子と机が音を鳴らし、やがて静まる。
「はい。じゃあね、これで一学期が終わって夏休みになります」
「「「いえええええええい!」」」
「はいそこ騒がない」
大はしゃぎする男子たちを担任が一声で宥める。見慣れた流れだ。
怒られると分かっていて男子たちも騒ぎ、担任も本気で怒っている訳ではない。クラスの雰囲気は良い方である。
「長い休みだからうんと羽を伸ばすこと。ただし、羽目を外し過ぎないこと」
「先生! ハメるのはアリですか!」
クラスの男子勢と一部の女子がドッと笑う。
担任やユウナは逆に呆れた様子。大きなため息を吐いたり、やれやれと首を横に振る。
ユウイチもヒスイと目を合わせ、顔を引き攣らせた。
「はいはい、お酒も煙草も女遊びも男遊びもやるならバレないように」
「良いんだ……」
「先生の言う台詞じゃねぇ」
「その代わり、何かあった時の責任は自分で取りなさい。それと最近は物騒な話が増えているので十分注意するように。危険を感じたら直ぐ逃げること」
「「「はーい!」」」
何人かが返事する中でヒスイとユウナはユウイチを見る。
そんなユウイチはフイッと窓の外に顔を向けた。
「と、言う訳でもう帰りなんですが、帰り際に誰かゴミを捨てに行って欲しいと思ってるんだけど……?」
誰かと言いながら担任の目はユウイチを捉え、さっきと違い、ヒスイたち以外の視線も一点に集中する。
「だったら最初から名指しで良いんじゃないですか?」
「ふふふ、そうね。お願いね、ミヨシ君。ただ、燃えるゴミとペットボトルと空き缶あるんだけど一人で大丈夫そう?」
「大丈夫です。ヒスイとユーナも手伝ってくれるみたいなので」
「えっ、あたしも?」
「ちょっと待ってユーナちゃん。私は前提なのおかしくない?」
「だって手伝うでしょ?」
「手伝うけど」
「さっすがクラスの聖人! いやミヨシは学校一の聖人様だな! どう生きてきたらそんな風になれるんだー?」
たかだかゴミ捨てでも普段のユウイチの行動からか、頬に傷を持つジンが囃し立てる。
親切で人望のあるユウイチとは別に、盛り上げ上手で陽キャなヤシロジンの発言にクラス内の雰囲気が黄色に染まる。
だが、どう生きてきたらと言われてもユウイチは分からない。
それにこの無駄に持ち上げられたような雰囲気が苦手だ。と言うより作り笑顔が見え隠れするジンのことが苦手だった。
ユウイチはこの黄色い空気を壊さないように表情を作る。
「はっは、俺は聖人なんかじゃねぇよ。ただ普通に生きてきて、今もずっとそうしてるだけだかんな」
「ヒュー! 格好良いぜユウイチー!」
「抱いてー!」
あちこちでユウイチを褒め称える声が飛び交う。本人も満更ではない様子。
雰囲気は苦手でも褒められたら嬉しいのがユウイチだ。
ヒスイは幼馴染の果てしなく得意げな顔に呆れ、ユウナは苦笑い。
ただ誰も気付かなかったが、ジンだけは一人、唇を噛んでいた。
「はーい! それではさようなら!」
「「「さいならー!」」」
帰りの挨拶を皮切りに、再度ガチャガチャと机と椅子が音を鳴らし、話し声の波が教室を攫っていく。
ユウイチたちはゴミ袋を持って、そそくさと荒波の教室から脱出。
廊下は騒がしいユウイチたちの教室に比べれば静かだ。
ゴミ捨て場は校舎の外にあるので下駄箱に向かって歩き出す。
「褒められんのは良いけどあの中にずっと居ると疲れんだよな」
空き缶の詰まったゴミ袋を左肩に乗っけたユウイチが小さく息を吐く。
「賑やかだよね。そのおかげで眠くならないや」
普段通り抑揚の乏しい声でユウナが言いながら欠伸をした。
「それ眠れないだけじゃないか?」
外履きをユウイチが落っことすように投げた音でユウナの体が跳ねる。
相当眠気が限界らしい。
「ユーナちゃんは寝て。早く寝て」
「大丈夫だよ。慣れてるから」
「帰れるかどうかも怪しいレベルだぞそれは」
それでもユウナは平気と言って話題を変える。
「いつも思うんだけどユウイチってあんなに褒められて恥ずかしくならないの?」
音楽の技術もさることながらやはりユウナは容姿を褒められることが多い。
「音楽を褒められたのなら努力したからって言える。でも、見た目はあたしが何か特別なことした訳じゃないし」
「そのルックスと音楽センスでなんで自己肯定感低いんだよ。ドシッと構えときゃ良いんだよドシッと! 謙虚過ぎても嫌味だ、ぜ!」
ユウイチがゴミ捨て場にゴミ袋を投げ飛ばす。
「それが不思議なことに普通に受け取っても、謙虚にしても疎まれるんだよね……」
「あぁ……それで褒められる嫌なのか。特に人の注目が集まるところで」
「それで中学時代、一人で没頭出来る音楽にハマったから」
「……女子って面倒臭いな」
ユウイチは優しくそっとゴミ袋を置く幼馴染を見る。
「まあ……比較的男子より面倒なことが多いかも。直接喧嘩に移る男子より陰湿と言うか……気まぐれと言うか……ローテーションハブとかあったなー懐かしい」
「もしかして、中四日?」
「そうそうそう!」
「嫌な思い出話を野球の話みたいに言うなよ。ピッチャーじゃねぇんだぞ」
そんな話をしながら次は駐輪場へ向かう。ユウイチとヒスイのバイクが置いてある。
「さて、ユーナはどっちの後ろに乗ってく?」
ユウイチが愛車の向きを変えながらユウナに尋ねる。
行きにわざわざ遠いユウナの家に寄ることはないが、予定がなければ帰りは大抵ユウナを乗せていく。
「ユウイチで」
「えー! また乗ってくれないのー!」
即決でユウイチを選んだユウナにヒスイが眉を八の字にして嘆く。
一度だけヒスイの後ろに乗ったことがあるユウナだが、それっきりで今の今までずっとユウイチの後ろを選んでいる。
理由は単純。
「だってヒスイの後ろ怖いから」
「他はそんなことないのに運転だけは荒いよな」
「さ、最近は気を付けてるんだよ? よ?」
それでもその日、ユウナはヒスイの後ろには乗らなかった。
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