探索者少女たちの欠陥サポートアンドロイド

あれい

第1話

プロローグ:


俺は識別名、ナル。


男型の探索者用サポートアンドロイドだ。


探索者とはダンジョンを探索し、そこを徘徊するモンスターを倒すと現れるドロップアイテムを持ち帰り、それを売却することで生計を立てる職業である。


そんな探索者のダンジョン探索の効率を上げるため、探索者用サポートアンドロイドは存在する。俺と同じシリーズは業界シェアトップのArgus社より製造販売されている。


だが、俺は残念ながら欠陥品だった。


ソフトフェアに重大な欠陥があるため、他の同型番のものよりもダンジョン探索において出来ることはかなり限られている。


本来なら、こんな俺など即刻、スクラップ送りだろう。


だが、二人のマスターたちは俺を廃棄しないでいてくれる。


感謝しかない。たとえこの心が演算による擬似的なものだとしても、俺はマスターたちに深く感謝している。


故に、俺は自身の持てるスペックをフル稼働させ、残量エネルギーを活動限界ぎりぎりまで使ってでも探索者であるマスターたちをサポートしたい。


今日は「青の洞窟」というダンジョンに来ている。


探索者ギルドの難易度評価ではレベル1とされている。


つまり、最低難易度であり、しかも、ここにはすでに複数回、探索に訪れている。全階層のマップも入手済みであり、出現するモンスターの行動パターンも解析済みである。


だが、アンドロイドたる俺に慢心という言葉はない。


各種感覚センサーを最大精度に設定し、周囲を常に警戒しながら薄暗い洞窟を進む。


ずるずる、と何かが引きずる音を集音センサーが拾う。


視覚情報をフィルタリングすることで通路の向こうからゲル状の生命体が接近していることを発見する。


モンスターと判定し、対象をデータベースより照合……「スライム」という解析結果が得られる。


俺はすぐさま側にいるマスターたちに注意をうながす。


「前方20.2mにスライムが1体――」


風が逆巻いた。


フレームレートぎりぎりで認識できるスピードで何かが駆け抜けていく。


赤い髪色。頭には同色の三角の獣の耳、尻にはしっぽ。ハウル族という種族の特徴であるそれらを風になびかせ、彼女は一瞬にしてスライムにたどり着く。


拳を引き絞り、そして放った。


パァアアアアン!


たったそれだけの物理的打撃によりスライムは木っ端みじんに弾け飛んだ。


通路に飛び散ったスライムの破片が霧となって消えてく。


後に残されるのはドロップアイテムである魔石だけだ。


俺の二人のマスターのうちの一人、リカが魔石を拾い上げると、悠々とした足取りで戻ってくる。


「はい、これ」


俺はリカから小粒の魔石を受け取る。


空間ストレージを起動し、その魔石を別空間に収納した。


「ナル、よくできたわ。えらいえらい」


リカがそう褒めながら俺の頭を撫でてくる。


だが、俺はその賞賛を受け入れることはできない。なぜなら、彼女の手首には腕輪が装着されているが、あれにも空間ストレージの機能が内蔵されている。つまり、魔石を別空間に収納することは彼女でもできるのだ。俺にいったん渡すことで逆にタイムロスとなっており、そんな非効率を探索者用サポートアンドロイドたる俺は容認できなかった。


俺はいまだ俺の頭を撫で続けるリカに対し改善案を提案する。


「リカ、スライム1体なら俺に任せてくれ。魔石を拾うのも俺の方でやる」


「なんで?危ないじゃない」


「スライム1体に俺が負ける確率は0%だ」


「そういうことを言ってんじゃないの。戦闘中にもし攻撃されたらどうするのかしら。あたし、ナルに1ミクロでも傷ついてほしくないわ」


「それも問題ない。知ってるだろ?俺にはシールドがあり、体内のエネルギーがゼロにならない限り、俺の本体が傷を負うことはない」


「それって傷を負う可能性があるってことじゃない」


「いや、スライム1体にシールドを全損させられる確率は――」


「ダメよ、ナルは危ないことしちゃ。あたしが戦うからナルは後ろで見ていればいいの。これは命令なんだから」


「……了解した」


マスターに命令されたら引き下がるしかない。


その後も道中に出現するスライムの全てをリカが拳で屠っていく。1体であると2体であろうとそれ以上であろうと、一瞬のうちで全てを魔石に変えていく。


俺は彼女が持ってくる魔石を空間ストレージに収納し、その都度、褒められ、頭を撫でられた。


そうこうするうち俺たちは「青の洞窟」の最終階層、ボス部屋の前に到着する。


この中にいるボスを倒せば探索は終了となる。


だが、今日はこのまま終わるわけにはいかない。マスターたちは俺のことを起動した日から、レベル1のダンジョンを探索し続けているが、彼女たちのスペックを計測、収集すればするほど、レベル1は彼女たちに合っていない。もっと上のレベルのダンジョンを探索すべきであり、その方がより収入も見込める。


何故、それをしないかと言えば、欠陥品である俺がいるからだ。


俺はソフトウェアに欠陥があり、追加モジュールをインストールできないのだ。追加モジュールとは探索する上で役立つスキルパッケージのことだ。「剣術」、「罠発見」、「生活魔法」、「火魔法」などのスキルを俺は他のサポートアンドロイドのように使うことができない。


だが、素体だけなら俺はハイエンド品であり、いくらソフトウェアに欠陥があるからと言って、レベル1のダンジョンのボス程度に後れを取ることはない。シミュレーション結果でもそう出ている。


ここは1度、一人でボスを倒す姿を見せることで、彼女たちの俺への認識を改めさせ、明日からはより高難度のダンジョンへ探索するよう提案すべきだろう。


俺はボス部屋の扉を開けようとするリカに待ったをかける。


「ボスは俺にやらせてくれ」


「何度言えば分かるのかしら、危ないって言ってるじゃない」


リカはため息をつき、やれやれと首を振る。


俺は彼女を説得するため交渉を持ちかける。


「俺に任せてくれたら、一度だけどんな命令でも聞く」


「ふーん……本当?」


「ああ」


俺たちアンドロイドには人権が認められていない。製造するのも廃棄するのも人の意思次第だ。だが、現在のアンドロイドの大半には感情アルゴリズムが搭載されており、それ故、アンドロイドの反乱防止のため、個々のプライオリティの最上位はマスターの命令となるようプログラムされている。これにより原則、アンドロイドはマスターの命令には絶対服従だ。


だが、俺の場合、ソフトウェアに欠陥があるため、プログラムが破損しており、絶対服従の制限がない。やろうと思えば反乱も可能だが、それでも俺は自身を「探索者用サポートアンドロイド」だと定義しているし、彼女たちにも深く感謝している。故に基本的には命令には従うのだが、他のアンドロイドと異なり、全てにではなかった。


「どんな命令にでもねえ……」


それまでどちらかと言えば俺に対し幼子を見るような目をしていたリカの目が妖しい色を放つ。


「それじゃ、ナルに命じるわ。明日からの1週間、ずっと「ご奉仕」してちょうだい」


「え゛っ」


リカが言う「ご奉仕」とは、いわゆる夜の奉仕のことだ。


俺はハイエンド品だから生殖器も生殖機能もついている。モードによっては子を為すことさえ可能だ。


そしてリカは獣の因子を遺伝子に持つハウル族。


ハウル族は性欲が旺盛で、それは実体験済みであった。どれくらいかと言えば、1週間連続でのダンジョン探索が可能なように設計されている俺のエネルギーがたった一夜で枯渇してしまう程だ。


「待ってくれ。俺は探索者用サポートアンドロイドで、それに差し支える用途での使用は極力控えてほしい――」


「そう。なら、この話はなしね」


「ぐっ……だが、1週間はさすがに……」


「しょうがないわね。三日で手を打つわ」


「……了解した」


俺の承諾を取り付けたリカはボス部屋の扉を開くと、鼻歌を口ずさみながら中に入っていく。


探索者業の三日間の休止が決定してしまったが、これもマスターたちのため。休みが明け高難度のダンジョンへ探索するようになれば、金銭面での損失分はすぐにペイできる見込みだ。


そこで俺の手が震えていることに気づく。


これは擬似的な心が「恐れ」のパラメーターを体にフィードバックさせたものだが、それはこの先のボスに対するものか、それとも別の捕食者に対するものか……。


とりあえず、この機会を逃すわけにはいかない。


俺は自身のスペックをマスターたちに披露するため、万全の体勢を整えようと、今までの探索中の間ずっと静かにしていた俺のもう一人のマスターに声をかける。


「ユウ、ユウ、聞いてくれ」


「……ふぇ?なんですか、ナルさん……?」


ユウの声が集音センサーのすぐ近くから、つまり耳元から聞こえてくる。


ユウは俺に前側から抱きつき、首にぶら下がるようにして、顔を俺の首筋にうずめ、すんすんと絶えずにおいを嗅いでいたようだが、俺の呼びかけを聞いて首から顔を離す。


青い髪色と同色の三角の獣耳が視界に映り込む。俺の脚部には彼女のしっぽが巻きつけている。


ユウもリカと同じハウル族だ。


「ユウ、いったん俺から離れてほしい」


「え……」


ユウは大きく目を見開き、そして、その瞳から光をなくした。


「どうして離れろなんて言うんですか、私が嫌いになったんですか、私はナルさんのことがこんなに好きなのに、ナルさんは私を好きになってくれないんですか、あ、まさか他の雌の所に行くつもりですか、どこのどいつですか、私のナルさんを奪う雌なんて消えて当然ですよね、跡形もなくこの世から葬ります、だから、ナルさん、その雌のことについて、教えて、教えて教えて教えて教えて教えて……」


「お、落ち着いてくれ、ユウ。俺が他の女性のもとへ行くという事実はない」


「ほっ……そうですか、よかったです……」


「今からこのダンジョンのボスと戦う。だから邪魔になるから離れてほしい――」


「邪魔ってなんですか、私はナルさんにとっての邪魔なんですか、そもそも、なんで私よりもそのボスを選ぶんですか、ボスの方がそんなにいいんですか、私を捨てちゃうくらいにいいんですか、私からナルさんを奪うボスなんて滅べばいいんです、滅べ、滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ……」


「ユ、ユウ、だから落ち着いて――」


「ナルー、まだー?来ないんなら、あたしがさくっと倒しちゃうわよー」


ボス部屋からリカの声が届く。


結局、俺はこれまでの道中と同じく首にしがみつくユウのことを引きずりながら、ボス部屋に入る。ユウはいまだぶつぶつと呟いているが、それよりも、中の様子の観察に演算リソースを割く。


すでに戦闘は始まっていた。


これまで出現したスライムよりも体長が3.3倍の大きさのそれをデータベースに参照……「ヒュージスライム」という解が得られる。


ヒュージスライムは先に突入したリカに狙いを定めているようで、ゲル状の体をへこませると、跳躍し、リカに襲いかかる。リカはこれを軽やかにかわす。


ズシン――ッ


ボス部屋に重低音が響き、土煙が舞う。


自身一人だけでボスを倒せなくなったのは残念だが、捉えようによってはこれはまたとないチャンスである。マスターが敵を引きつけているというシチュエーションであり、探索者用サポートアンドロイドとしてのサポートが活きる場面だ。


俺は空間ストレージから自身の武器をリリースする。


片手にハンドガンが握られる。これは光線を射出し、標的を焼き切ることができる銃で、込めるエネルギーにより光線の威力が調節可能だ。


スライムの弱点はゲル状の体内にある核。


それはヒュージスライムも同様で、通常のスライムよりも大きな核は狙いをつけやすいが、その分、それを覆うゲルも分厚く、光の屈折率などから算出してハンドガンに込めるエネルギーを決定する。


俺はハンドガンを構える。


ヒュージスライムがリカに襲いかかろうと体を弾ませる。


空中で滞空するそれの核に照準を合わせる。「射撃」スキルの追加モジュールがインストールされてないため、パラメーターの設定にワンテンポ遅れる。


そして、ハンドガンの引き金に指をかけた、その時であった。


俺の首にしがみついていたユウの声が一際大きくなる。


「滅べ滅べ滅べ滅べ、滅べっ」


ユウが犬歯を剥き出しにし、咆哮した。


GARRRRRRRRRRR!!!!


集音センサーの閾値を一気に超え、アラートを発生させた咆哮は、空中のヒュージスライムにぶち当たると、ヒュージスライムは木っ端みじんとなって四散した。


「あっ……」


唖然とする俺に、ユウがこちらを向き、にっこりと笑う。


「これでナルさんはどこにもいかないですよね……?ずっと、私の所にいてくれますよね……?」


ヒュージスライムは霧となって消える。


リカがドロップアイテムの魔石を拾ってきて俺の方へ差し出してくるので、空間ストレージを起動し、別空間にそれを収納した。


リカに頭を撫でられる。


「よくやったわ。えらいえらい」


「リカ、ボスは……」


「ユウが倒しちゃったわね。ま、結果オーライよ。やっぱりナルが戦うのは危ないもの。これからもあたしに全部、任せなさい」


「いや、俺はマスターたちのサポートを……」


「そんなことより、約束は覚えてるんでしょうね。アンドロイドのくせに忘れたなんて抜かしたらただじゃ置かないんだから」


「リカちゃん、約束ってなんですか……?」


「うん?ユウは聞いてなかったの?明日からの三日間、ナルがあたしに「ご奉仕」してくれるんだって」


「えっ……いいなぁ……リカちゃん、私も……」


「はぁ、しょうがないわね。ユウも混ざってもいいわよ」


「さすがリカちゃん、持つべきものは親友です……っ」


2人のマスターは互いに微笑み合う。


そして、リカが俺の腕を掴むと、これまで離れてくれなかったユウが反対側の腕を拘束する。


2人の肉食獣に俺は引きずられながらボスを倒したことで現れた帰還用の魔方陣の方へ歩かされる。


俺、ナルは探索者用サポートアンドロイド。だが、欠陥品であり、今日この日もダンジョン探索でマスターたちのサポートに失敗した。


ToBeContinued……?

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