第9話『戦いの価値』
臨港パークの一角にあるベンチに座り、僕はぼんやりと海を眺めていた。
愛美さん達はパーク内を見てくると言い、僕は1人ここに残った。何かあった時、彼女達が一緒に居たんじゃ動けないし。
「愛美さんには悪いことしちゃったな…」
愛美さんは僕と一緒にいると言っていた。だけど僕の方から彼女を遠ざけた。去り際に見せた悲しそうな顔は、目を閉じると浮かんでくる。
罪悪感はある。それでも今はダメだ。
『我々はいつもお前を見ている』
写真撮影を頼んだ男のセリフを思い出す。
きっとあの男があそこに居たのは偶然じゃない。そして空港で僕が襲われたのも偶然じゃない。
敵の狙いは
「……えいっ」
「冷たっ!誰!?…って愛美さん?」
「やぁ。ボクも少し休みに来たよ」
振り返ると背後に愛美さんが立っていた。
両手には自販機で買ったであろう飲み物が2つ、その片方を僕に渡してきた。
「…ありがとう」
「お安い御用さ」
ベンチに並んで座り、沈黙が流れる。
僕は貰った飲み物を喉に流し込む。口を経由したはずのジュースからは何の味も感じなかった。
「…気を使ってくれたんだろう?」
「何がさ…」
「別行動の事。さっきの写真撮影からキミが何かを警戒しているのは分かってる。だからボク達から離れようとしたんだろう?」
「それが分かってるなら何で近付いてきたんだよ…」
「キミを信じているからさ」
愛美さんの真っ直ぐな視線が僕を射抜く。
綺麗な瞳に吸い込まれるように、僕は目を逸らせなかった。
「何かあってもキミが守ってくれる。ならボクは彼女としてキミを癒す。そう決めたんだ」
「…勝手に決めないでよ」
「勝手にするよ。だってキミの彼女なんだからね」
お茶目なウインクと共に、愛美さんが僕の手を握ってくる。この人は僕が不安そうな顔をするといつも手を掴んでくる。
まるで泣きじゃくる子供をあやす様に。
「…喋るテスタメントは…人を犠牲にして生まれるんだ…それを見るとどうしても…怒りが抑えられない」
気が付くと僕はポツポツと語り始めていた。
絞り出すように話す僕の言葉を、愛美さんは黙って静かに聞いていた。
「誰かを理不尽に犠牲にして…のうのうと息をしている奴らを…僕は許せない」
「なるほど、キミが取り乱していたのはそのせいか」
僕は頷いた。
〈ステージ2〉以降のテスタメントの出現率はかなり低い。年に数回程度だ。それ故に出会った時の耐性は僕にはほとんど無い。
「やっぱりキミは優しいな。見ず知らずの誰かの為に本気で怒れるなんて」
「怒れるだけだよ。僕は助けられなかった…助けられないヒーローに価値なんて無いんだ…!」
「…分かった。なら趣向を変えてみようか」
愛美さんが立ち上がり、僕の前で手を広げた。
「愛美さん?」
「キミの戦ってきた結果がボクだ」
「それってどういう…」
「キミが沢山の人を守ってたから、ボクはキミを好きになった」
「っ!」
「取りこぼした物もあるだろう。だけどここに、確かに救われた人が居るじゃないか」
〈ステージ2〉のテスタメントは後悔の象徴。
否定できない犠牲の結果が僕を戦いに駆り立てた。
だけど失ってきただけじゃなかったんだ。僕が戦ったからこそ生まれたものもある。
それを愛美さんは教えてくれた。
「…戦ってきた…結果…」
「傲慢なキミのことだ、ボク1人じゃ満足しないだろう…でも0と1じゃまるで違う。だからそんなに悲しそうな顔をしないでよ」
愛美さんが僕の顔を挟み込むように両手で掴み、顔を近づけて来る。
顔面同士の距離はわずか数センチ。愛美さんの綺麗な顔が目の前に来て、僕の顔が熱くなる。
「…やっぱり愛美さんには助けられてばっかりだ」
孤独と後悔。それだけを原動力に誰にも頼れず1人で戦ってきた。
その辛さを受け止めてくれる人がいる。僕にとってこれ以上の救いはない。
「ありがとう愛美さん…もう大丈夫」
「その言葉はイマイチ信用できないな。大丈夫なら今からボクとデートしようじゃないか」
「良いよ」
「良いの!?じ、じゃあ…どこを回ろうか!」
僕が頷いたのが意外だったのか、愛美さんがちょっと焦っていた。慌ててパークのパンフレットを広げる愛美さんの姿は、何だかとても新鮮だ。
その時、僕のスマホが揺れた。
「…ごめん愛美さん。デートはお預けみたい」
「らしいね。ボクは飛びっきりのデートコースを考えて待っているとするよ」
「戻って来たら必ず一緒に回ろうね!」
僕は愛美さんに手を振り、テスタメントの出現場所へと走る。
もう迷いも怒りもない。
ただ大切な人を守るために僕は走った──
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