第8話『訪れぬ平穏』
「あっ!愛美様!」
「お怪我はありませんか!?」
「うん、ボクなら大丈夫だよ。みんなは?」
「私達も平気です!」
空港から出た僕と愛美さんをクラスメイト達が出迎える。避難指示はテスタメント出現とほぼ同時に出ていたし、被害も最小限で抑えられていたようだ。
「…ちょいちょい、彼氏君や」
「君は…
「そ、一応同じクラスのね」
周りがみんな愛美さんの方を心配する中、矢崎さんだけが僕の方へと話しかけてきた。
「怪我が無くてよかったよ。キミに何かあったら愛美様が悲しむからね」
「愛美さんが?それは…大丈夫じゃないかな」
「へ?本気で言ってる?」
「うん」
矢崎さんが目を点にして驚いていた。
そんなに驚く必要も無いだろう。愛美さんは僕より遥かにメンタルが強い人だし、友達も沢山いる。
そりゃあ僕が怪我すれば多少はショックを受けるだろうけど、引きずる様な人じゃない。
だって彼女にとって価値があるのは、
「愛美さんはそんなヤワな人じゃないよ」
「はぁぁぁ…キミ、案外ニブいんだねぇ…」
「ニブい?僕が?」
「もうちょい人の気持ちを考えた方がいいと思うよ」
そう言い残して矢崎さんは離れていった。
結局彼女は何が言いたかったんだ?
「無垢、気分は落ち着いたかい?」
矢崎さんに変わって今度は愛美さんが僕のそばに寄ってくる。
彼女は僕が戦闘中に我を忘れていたことを心配しているみたいだ。
「あ、うん…もう大丈夫」
「それは良かった!…辛かったら言ってね?ボクなら何でも受け止めるから」
「…ありがとう」
愛美さんは深く追求せず、僕の心配だけをしてくれた。ずっと1人だった僕には彼女の存在がとても大きく感じられた。
僕達がこれからどうするのかと話していると、避難場所に担任教師がようやく来た。
「今全員の無事が確認できた。これから校外学習を再開するぞ。ここからは班ごとに行動を──」
「………………」
校外学習の再開を担任教師が告げると、周りは口々の感想を言い合っていた。楽しみにしていた人は喜び、帰れると思っていた人は悔しがっている。
そんな中で僕は密かに思案していた。
思えばさっきのテスタメントには不可解な点がいくつもある。その内の1つが僕の正体を知っていたかのような行動だ。
(あのテスタメントは最初から僕しか見ていなかった…何故だ?いくら〈ステージ2〉のテスタメントでもそこまでの思考能力は無いはず…)
恐らく今回の襲撃は偶然じゃない。
誰かが裏で糸を引いているはず──
「無垢?どうしたんだい?」
「へっ?ぁあ!いや…ちょっと考え事を…」
「あまり感心しないな。ボクと一緒の時くらいボクのの事だけを考えて欲しいな」
「あ、あはは…気を付けます…」
「よろしい!じゃあ行こうか♪」
「行くって…どこへ?」
「決まっているじゃないか、校外学習の続きだよ」
∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵
電車に乗ること約30分。僕達は当初の予定通り横浜駅へと到着した。
駅から出た僕と愛美さん、そして同じ班の山仲さんと矢崎さんは臨港公園へとやって来た。
「愛美様!海ですよ!海!」
「そうだね。記念にみんなで写真でも撮ろうか」
「良いですね!」
「あ、じゃあ僕が撮るよ」
スマホのカメラを起動し、3人が写るように画角を調整する。
3人を画面内に納めた時、僕は全員が不機嫌そうにこちらを見ていることに気付いた。
「あれ?みんなどうしたの?笑ってよ」
「はぁ…ダメだよ無垢。キミも入るんだ」
「僕も?」
「当然だろう!ボク達4人で来てるんだから写真も4人で撮らなきゃダメだ!」
「そうですわよ!」
愛美さんの言葉に追撃する山仲さん。矢崎さんもうんうんと頷いている。
「わ、わかったよ…えーっと…あっ、すいません!写真撮るのお願いします!」
僕は近くを通りかかった男性に頭を下げ、写真撮影の代わりを頼む。
僕が声をかけたのは、黒い帽子にスーツを着込んだ初老の男性だった。
「構いませんよ」
「じゃあお願いします!」
「えぇ。じゃあ…はいチーズ」
僕が愛美さんの横に入ってから、男性がシャッターボタンを押す。
撮影が終わってからスマホを返してもらい、撮った写真を確認する。写真は1回で綺麗に撮られていた。
「良いね。やっぱり思い出はみんなで作らなきゃ」
「そう、ですね…あ!写真ありがとうございます!」
「いえいえ…この程度、お易い御用ですよ」
そう言って男性は微笑を浮かべた。
そのまま男性が僕の横を歩き去ろうとした時──
「我々はいつもお前を見ているぞ」
「っ!!」
──僕の耳元で男性がそう呟いた。
驚いて振り向いた時には、男性は既に跡形も無く消えていた。
「今のは…!」
「支倉さん?どうかしましたの?」
山仲さんが心配そうに聞いてくるが、その言葉も男性が言い残した言葉に掻き消されてしまう。
不気味な警戒心だけが、僕の心を支配していた。
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