第4話『迫る影』

「それじゃあ無垢、また明日ね」

「う、うん…じゃあね愛美さん」

 駅の改札口を抜け、は1人ホームへと降りた。

 本当はもっと無垢と一緒に居たかったけど、これ以上は電車が無くなってしまう。


「近くに引っ越そうかな…」

 ホームで電車が来るまでの間、そんなことをぼんやりと考えていた。

 それにしても今日は激動の1日だったな…デルタマンの正体を知り、無垢と付き合い始めた…うん、改めて考えても夢みたいな日だ。


「…彼氏がヒーロー、か…フフッ」

 呟いた言葉に口角が上がる。

 ボクにとってデルタマンは雲の上の存在だった。

 人々の為に素顔を隠し、無償で平和を守る存在。その高貴な後ろ姿に、ボクはいつしか恋をしていた。

 彼を知りたい。何が彼を突き動かすのか、そして叶うことなら、彼を支えたい──


 絵空事に思えた夢が、今は叶っていた。

 思いもしなかったよ。まさか憧れのヒーローの正体が、クラスの目立たない男子だったなんて。

「でも彼ならば…うん、納得だ」


 普段は少し頼りないけれど、何かあった時には迷わずに走り出す。無垢を知れば知るほど、彼がデルタマンで良かったと思えた。

「明日もまた無垢に会いたいな…」


 今度は何を話そうか。ボクが違和感に気付いたのはそう考えていた時だった。

 静かすぎる。

 駅のホームにはボク以外誰も居ない。いつもなら帰宅ラッシュで賑わっているはずの駅のホームには、待っている人が何処にも居ないのだ。

「あれ?何か──」


 一瞬、視界が歪む。

 立ちくらみに襲われた直後、視界の明度が僅かに落ちた。それはまるで、空間が別の物に置き換えられたかのような感覚だった。

「何だこれ…!?」


 揺らぐ視界の中で必死に踏ん張り、何とか立っている。だが1秒後には倒れてもおかしくないほどに揺れている。


 歪む視界の先、反対側のホームに人影が見えた。

 黒い帽子とスーツを着込み、右手には杖を持っている。顔はほとんど隠れてみえず、耳元まで裂けた口と白い歯だけが帽子の鍔から覗いていた。

「愛美さん!!」


 ボクを呼ぶ声が聞こえた。

 気が付くと視界は元に戻り、ボクは無垢に抱き締められていた。

「む、無垢…?どうしてここに…」

「テスタメントの出現反応があったんだ。そしたら愛美さんが倒れそうになってて…」


 さっきまでの感覚は完全に消え失せ、反対ホームにいたスーツ姿の男は消えていた。

 あれは一体なんだったんだ…?

「愛美さん大丈夫?顔色が悪いけど…」

「あ、あぁ!大丈夫さ!」


 ボクは平気な様子を取り繕おうとしたが、フラついた拍子に倒れそうになる。

 そんなボクを無垢が優しく抱き留めた。

「無理しない方がいい。何があったか分からないけど、平気なるまでは僕がそばに居るから」

「ありがとう…頼りになるね、無垢は…」

「そりゃあこんなんでもヒーローだからね」


 無垢はそう言って笑って見せた。

 彼の笑顔は、得体の知れない恐怖に覆われそうなボクの心を容易く救った。

 嬉しいけど、そこはヒーローじゃなくて彼氏って言って欲しかったな。

「じゃあお言葉に甘えるとするよ…えいっ」

「ちょ、愛美さん!?」


 ボクは無垢の首に手を回し、身体を密着させた。

 不意打ちを食らった無垢が良いリアクションをしてくれている。

「そばに居てくれるんだろう?ならこの位しても良いじゃないか」

「それは…!はぁ…わかったよ」

「それでこそボクの彼氏だ♡」

 そうやって電車が来るまでの間、ボクはずっと無垢に抱き着いていた。




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 無垢と愛美が居る駅の外。

 ホームの屋根の上には居た。

 黒い帽子とスーツ、右手には杖を持った男の姿だ。

「アレが〈デルタマン〉…我らの同胞を虐殺する仮面の戦士…」


 の視線の先には愛美と抱きつかれた無垢が居た。

 変身はしていない。素顔の…支倉 無垢の姿だ。

「貴様は我らにとって厄災そのもの。いずれ取り除かねばならんイレギュラーなのだ」


 男が杖を虚空に差し出すと、杖の周りに黒い霧が集まってくる。集めた霧を3等分し、それぞれを再び空へと解き放った。

「さあ行け、我が同胞達よ。私が奴を消し去るための礎となるのだ」


 霧が霧散したのを見届けてから、男は再び無垢を睨んだ。強い憎悪を孕んだ視線が無垢へと向けられる。

 視線に気づいた無垢が振り返る直前、男の身体が霧となって夜空へと消えた。

 平和を蝕む悪意は、まだその影を隠している…

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