第3話『下校時間だってヒーローだ』
嫉妬と殺意に囲まれた午後の授業を乗り越え、ようやく迎えた放課後。
僕はいつも通り1人で帰る準備をしていた。
「無垢、一緒に帰ろう」
当然そんなことは許されず、愛美さんが下校の誘いをしてきた。
「あ、はい」
「おや?すんなり聞いてくれるんだね」
「断っても脅されるだけだし…」
正体を握られている以上、下手に彼女を刺激するのは得策じゃない。
こういう時は折れてしまった方が楽なのだ。
「ってか愛美さんって部活入ってなかったっけ?確か演劇部だったはず…」
「あぁ、部活なら今日はオフさ」
「…最後の希望も潰えたか…」
部活があるからワンチャン!を期待したが現実は甘くないらしい。仕方なく僕は愛美さんと並んで学校を出た。
愛美さんは電車通学なので、最寄り駅までは一緒に行くとしよう。
「無垢はいつも何で登校してるの?」
「僕は徒歩だよ」
「え、ヒーローなんだしバイクとか乗り物とか使わないの?」
「僕がそれやると無免許運転になるので…」
「だからいつもデルタマンは徒歩で来るのか」
仕方ないじゃないか…僕だってバイクとか乗りたいよ。でも未成年である以上、活動にもそれなりに制限が掛かってしまう。
平和を守ってんだから大目に見て欲しいけどね。
「ねぇ、いくつか聞いてもいい?」
「僕について?それともデルタマンについて?」
「両方。キミのこと、もっと詳しく知りたいんだ」
僕は頷いた。
知られてしまった以上、もはや愛美さんは部外者じゃない。それならこちらとしても、知っておいて貰った方が都合が良い事もある。
「じゃあ1つ目…経験人数は?」
「何の!?」
「何って彼女。今まで居なかった?」
「……無い」
「え、無いの?1人も?」
「無いよ!ゼロ!生まれてこの方誰とも付き合ったことないよ!」
悲しきかな、僕は人付き合いが得意じゃない。
何なら苦手と言った方が正確だろう。そんな僕に元カノなんているわけないでしょうが。
「そうなんだ。ふぅん…」
「…じゃあ僕からも聞いていい?」
「良いよ!何でも聞いてくれたまえ!」
「期待はずれだと思った?」
「っ!」
少し考えれば誰もが変だと思う。
確かにデルタマンの活躍だけ見れば、理想的な人と思うかもしれない。でも中身が僕だと知っているのに評価が変わらないのはおかしい。
正義のヒーローの中身がただの陰キャだったなんて、誰も目が目を覆いたくなる事実だろうに。
「…愛美さんは僕に何を期待してるのさ」
「ボクは──」
その時、僕のスマホが震えた。
咄嗟に取り出したスマホの画面には、朝と同じく地図と赤いピンが表示されていた。
「…ゴメン愛美さん、先帰ってて!」
「あ、無垢!」
僕を呼ぶ愛美さんの声を無視して、僕は現場へと走った。テスタメントが同じ地域で、1日に3回も出現するなんて…何かの前触れなのか?
「あそこか!」
通知が示した場所はスーパーマーケットの駐車場。
既に実体化を果たしたテスタメントが、駐車場の真ん中に立っていた。
「〈デルタ・チェンジ〉!」
一度身を隠してから変身し、テスタメントに向かって飛び出す。
今回のテスタメントは頭が異常に発達している。ティラノサウルスに良く似た外見だ。
「グィアアア!!」
「素敵な歌声どうも!」
牙を剥き出しにして噛み付いてくるテスタメント。
だが単調すぎる攻撃は、僕を捉えるには至らない。
回避と同時に2、3発の拳を叩き込む。こちらの攻撃を受けたテスタメントが後ろによろめいた。
「このまま一気に──!」
「助けてー!デルタマーン!!」
「っ!」
僕を呼ぶ声は車の中から聞こえてきた。
車の扉が歪み、シートベルトの器具を潰していた。パニック状態に陥った運転手がまだ車の中に取り残されている。
運転手の声を聞いて、僕より先にテスタメントが走り出してしまった。
「しまった…!」
より弱い獲物を狙い、テスタメントが逃げ遅れた運転手に殺到する。
クソっ、間に合え──!!
車を噛み砕かんとする牙に、僕は割って入って左腕を滑り込ませた。
「痛っ…!」
テスタメントの鋭い歯が腕の装甲を突き破る。内側に達した刃物が僕の腕を切り付けた。
間一髪、逃げ遅れた人は助けられた。
「これで逃げられないね…!」
「グィッ!?」
「〈デルタ・マグナム〉!!」
腕を噛ませたまま、全力の必殺アッパーをテスタメントに叩き込む。テスタメントは殴られた衝撃で10mほど打ち上げられ、上空で爆散した。
テスタメントの消滅を確認してから、逃げ遅れた車のドアを力任せに外した。
「もう大丈夫ですよ!」
「あ、ありがとうデルタマン!だけど血が…」
「私のことなら心配無用!この程度は怪我とも思わんさ!それでは諸君、さらばだ!」
僕は全速力でその場から走り去った。
こういう時、バイクとかあった方がカッコつくんだけどと思いながら、戦地となった駐車場が見えなくなるまで走り続けた。
∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵
戦いを終えた僕は、人気の無い路地裏へと逃げ込んだ。周りに人が居ないことを確認してから、僕は変身を解除する。
「あー…痛ってぇなぁ…」
テスタメントに噛まれた左腕がズキズキと痛む。
幸いにも傷は深くない。だけどそれと痛くないかは別問題だ。
「消毒しなきゃ…あ」
帰ろうと顔を上げると、視線の先には愛美さんが立っていた。走ってきたのだろうか、息を切らせて若干頬を赤らめている。
「はぁ…はぁ…こんな所にいた」
「…帰ってなかったんだ」
「キミを置いて帰るものか!…腕見せて」
愛美さんが僕の左腕を掴み、バックから取り出した消毒液を垂らす。
「いてて!」
「我慢したまえ!全く…身代わりなんて危ないことするからこんな怪我するんだ!」
「見てたんだ…さっきの」
「見てたとも。ボクはデルタマンの大ファンで…キミの彼女だからね」
愛美さんが僕の腕に包帯を巻いてくれた。何でそんなの持ってるんだろうと思ったが、バックの中にチラリとドラッグストアのレシートが見えた。
多分、僕が怪我したのを見て慌てて買ってきてくれたのだろう。
「…ありがとう。駅まで送るよ」
「じゃあほら、手を繋ごうじゃないか」
「それはちょっと…」
「デルタマンの正体は──」
「あー分かった!分かったから!」
渋々右手を差し出すと、愛美さんが指を絡ませてきた。俗に言う恋人繋ぎというヤツだ。
最寄り駅まで向かう間、僕達はずっと手を繋いで歩いた。夕日に照らされた愛美さんの横顔が赤く見えたのは、僕の気の所為だったのだろうか…
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