第22話 『友達』になれてよかった?

「あたしのせい? どうして?」


 きょとんと目を丸くする薫子に、桜子はいたたまれない気持ちになる。


「……ごめん、薫子のせいじゃない。圭介に二人で帰るように言ったのは、あたしなんだから」


「別に遠慮することないのにー。それとも、あたしが瀬名さんと仲良しているのを見るのがイヤだったりする?」


 薫子の無邪気な質問に、桜子の胸はチクチクする。


「……そんなことないよ。ほら、せっかくカレシできたのに、邪魔したら悪いと思って。薫子だって、二人の方がいいんじゃない?」


「うーん、それはどうかなー」と、薫子はかわいらしく小首を傾げる。


「あたしは周りに人がいようと、手をつないだりとかチューしたりとか、全然気にならないからなあ。別に二人きりになる必要はないんだけど」


「あんたは気にならないけど、見てる方が気になるじゃない」


「でも、お父さんとお母さん、毎朝チューしてるの見ても、何とも思わないでしょ?」


「……それは、見慣れてるし」


「じゃあ、あたしと瀬名さんがチューしてるのも、そのうち見慣れるよ」


 薫子があまりに当たり前のように言うので、桜子は恐る恐る聞いてみた。


「……その、もうしたの? 今日、告白したところなのに?」


「気になるの?」


「気になる……のかな。やっぱいい。妹の恋路に口出すべきじゃないよね。

 圭介がいい人だからって、あんまりわがまま言って迷惑かけないでよ。言いたいのはそれだけ」


 桜子がまとまりのつかない頭をかきむしりながら部屋を出ようとすると、薫子に呼び止められた。


「桜ちゃん、忠告するのが遅いよぅ」


「何が?」


 桜子が振り返ると、薫子は「お先に一個、いただきー」と、箱の中のマカロンをつまみ食いしているところだった。


「瀬名さんにはもうわがまま言って、多大な迷惑かけちゃったもーん」


「何したのよ!?」


「あたしのカレシになってって」


「それで、無理やり付き合ってもらったのっ?」


「ううん。正確には男の子除けにカレシのフリ。瀬名さんがかまわないよって言ってくれたから、今日、みんなの前で告白したの」


 桜子は全身から力が抜けてしまったかのように、その場に座り込んだ。


(カレシのフリって……。本当に二人が付き合い始めたって信じたあたしって……)


「そんなこと、あたしに黙って、いつ圭介に頼んだのよ?」


「いつって言われても、ただの思い付きだったから、今日のお昼休みかなあ」


「思い付きなの?」


「実は今朝、また下駄箱に手紙が入ってて、放課後に呼び出し。いちいち告白聞きに行くのは面倒だなーって思ってたところだったの。

 で、お昼休み、中等部に戻ろうとしたら、瀬名さんにばったり会ったから、ちょうどいいなーって思って、かわいくお願いしてみました」


 薫子はそれこそニコっと笑ってみせた。


「どういう理由で、圭介があんたの都合に巻き込まれなくちゃならないのよ? 普通に迷惑でしょ?」


「でも、『いいよ』って言ってくれたから、それほど迷惑じゃないってことでしょ?」


「普通に考えて迷惑でしょうが。だいたい、薫子、圭介の学校での立場わかってる?

 ただでさえ家庭のことでイジメにあってるのに、あんたのカレシになんてなったら、輪をかけてやっかまれて、圭介もさらに居心地悪くなるでしょうが」


「別に大丈夫じゃない? 桜ちゃんがいるんだから」


「薫子、自分の面倒を全部、圭介とあたしに押し付ける気?」


「だってえ」と、薫子はぷうっとふくれる。


「告白を聞くのは、好かれた側の義務でしょうが。たとえ付き合うことはできなくても、好意を持ってくれた相手には、誠心誠意で答えるべきじゃないの?」


「そりゃ、桜ちゃんは呪いのおかげでわかんないかもしれないけど、断るってことはそのたびに相手のがっかりする顔を見なくちゃいけないんだよ。

 せっかく自分に好意を持ってくれる相手にひどい仕打ちするの、もうイヤなの。

 カレシができたって知れば、わざわざ告白してくる人も減るから、あたしも面と向かってがっかりさせるようなこと言わずに済むし、一石二鳥じゃない?」


「それはそうかもしれないけど……」


「かといって、こんなことはクラスの男子とかには頼めないでしょ?

 カレシのフリをいいことにベタベタくっつかれても困るし、勝手に話を作って、なし崩し的に本当のカレシになろうとしたりとか。

 その点、瀬名さんなら、ちゃんとフリだけしてくれるもん」


「そんなのわかんないじゃない。カレシのフリするってことは、一緒にいる時間が増えるってことでしょ? あんたのことが好きになって、いずれは付き合いたくなるかもしれないじゃない」


「んー、ないと思うよ」


「どうして言い切れるのよ?」


「だって、瀬名さんに会うとしたら、基本的に桜ちゃんと一緒の時だから。そうしたら、瀬名さんは桜ちゃんと一緒の時間の方が多いわけでしょ?

 時間で好きになるなら、『あたしと桜ちゃん、どっち?』って聞けば、百万人が百万人、みーんな桜ちゃんだって言うよ。

 桜ちゃんがなんて言ったって、最高なんだから」


「まったくもう……」


 相変わらず姉離れをしない薫子に、桜子はうれしさ半分、呆れ半分のため息が出た。


「そもそも桜ちゃんを放っておいて、あたしの方がいいなんて言う人、全然興味ないもん。そういう人に限って、呪いがどうとかいって、手っ取り早くあたしで逆玉乗ろうとしてる人なんだよ」


「あたしの『呪い』のせいで、薫子にまで迷惑かけてたんだね。今まで気づかなくてごめん」


「だから、桜ちゃんもちょっと協力してね。瀬名さんに何かあった時はよろしく」


「そういうことなら、一応、納得しておくけどー」


 桜子はしぶしぶながらもうなずくしかなかった。


「桜ちゃん、ほんと、人を見る目あるよね。あたし、けっこう好きだよ、瀬名さん。友達になれてよかったね」


 桜子は笑顔で「うん」と答えながら、『友達』のひと言に妙な引っ掛かりを覚えた。


 そして、「こら!」と、もう一つマカロンをつまもうとしている薫子から箱を奪った。


「もう、一個食べたでしょ?」


「えー、こんなにいっぱいあるなら、早く食べないと痛んじゃうよ」


「ダーメ。アイスも食べて、おやつの食べ過ぎ。これは夕食の後まで、あたしが預かっておきます」


「うー。日本限定のゆず味、あたしがキープだからね。約束だよ?」


 桜子は箱をのぞいてみたが、ゆず味がどれなのかわかるわけもない。


「はいはい」と、適当に返事をしておいた。

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