第20話 一網打尽でつかまった

「二人の邪魔しちゃ悪いから、車で送ってもらうね」


 圭介が薫子から告白された日の放課後、桜子はクラスの女子の中から一人選んで、さっさと帰って行ってしまった。


 桜子が女子に囲まれて教室を出ていくのを見送りながら、圭介は罪悪感で気分が重くなっていた。


 たった一つ、薫子と付き合っているというウソのせいで、桜子に気を遣わせてしまった。


 今までは何のかんのと断っていた気の進まないお誘いに、乗らせることになってしまったのだ。


 これからも藍田兄弟と四人で登下校することはあるだろうが、今までと流れる空気は違ってしまうのだろう。


(なんだか、おれ、最近後悔ばっかしてるような気がする……)


 昇降口に待っていたのは薫子一人。彬の姿もなかった。


「待たせたな。彬は?」


「桜ちゃんが友達と帰るって言うから、彬くんも気を遣って先に行っちゃったよ」


「そっか。じゃあ、帰るか」


 他の二人がいないことが確定したので、圭介は薫子と一緒に校門に向かった。


「それにしても、みんな、気を遣いすぎじゃねえ?」


「彬くんはともかく、桜ちゃんは意外だったよ」


「なんで?」


 隣を歩く薫子を見下ろすと、彼女は考え込むように人差し指を唇に当てていた。


「だって、今日の昼に何の前触れもなく付き合うことになったんだよ? せめて今日くらいは一緒に帰って、どういういきさつでそうなったかとか、どういう付き合いなのかって、いろいろ聞きたいことがいっぱいあってもおかしくないでしょ?」


「それは、まあ……」


「それが邪魔したら悪いって、二人で帰らせるのは桜ちゃんらしくないよ」


「家に帰ってから、おまえに根掘り葉掘り聞くつもりなんだろ」


「瀬名さんはいろいろ聞かれなかった?」


「別に。おまえを泣かせるようなことをするなって言われただけ。そもそもおれが誰と付き合おうと、あいつにとっちゃどうでもいいんだろ」


「よかったじゃない」と、薫子はうふふと笑う。


 いかにも『ざまーみろ』と言われているようで、圭介のシャクにさわる。


 それが桜子に相手にされていない八つ当たりで、大人げないと思いながらも、圭介は怒鳴ってしまった。


「何が『よかった』だ!? 告白してもいないのに、友達以外の何者でもないって、フラれたも同然なんだぞ! 期待するなって言われても、期待しちまうだろうが!」


「瀬名さんってニブいなー。そんなんだと、女の子にモテないよー」


 薫子は圭介の怒鳴り声に動じる様子もなく、飄々ひょうひょうとした顔で圭介の火に油を注いでくれる。


「おい、薫子、この場で絞め殺されたいのか?」


「せっかく親切に恋のレクチャーしてあげようって女の子に、それはないんじゃないかなー」


「何が恋のレクチャーだ。おまえだって、カレシいない歴イコール生きてきた時間だろうが!」


「そうカッカしない。『よかったね』って言ったのは、瀬名さん、脈アリだなって思ったからだよ」


「どこが脈アリなんだよ?」


「だから、最初に言ったじゃない。桜ちゃんらしくないって」


「言ったかも?」


「あたしの今までの分析上、恋人ができたばっかりの人は、自分の好きな人のことを自慢したくてしょうがないの。こっちが聞いてないのにペラペラしゃべったり、好きな人のことについて聞かれたがる傾向が強い」


 薫子の淡々とした説明に、圭介も怒りのほこを収めざるを得なくなった。


「そうかも?」と、圭介は静かに先を促した。


「人と上手に付き合う桜ちゃんなら、当然そんなことは知ってる。だから、今までの桜ちゃんなら、友達にカレシができると根掘り葉掘り聞いてあげるのが普通だったの。

 瀬名さんに対してそうしなかったってことは、瀬名さんが桜ちゃんにとって、ただの友達じゃなかったってことの証拠じゃない?」


「……そんなのわかるわけねえだろ。おれはおまえほどあいつのこと知ってるわけじゃねえんだから」


「それがわかってるならよろしい。知らないなら知らないで、ムダに落ち込む前にあたしの話を聞いて、素直に喜んでおけってことよ」


「おまえって奴は……」


「ちょっとは元気出た?」


 美少女らしい美少女の無邪気な笑顔を向けられ、圭介はため息しか出なかった。


「はいはい。元気出ました。おまえの言う通りだって、期待してみることにするよ」


「全然信じてないでしょ!」と、薫子は眉を吊り上げた。


「信じてるって」


 圭介の反応などどうでもよかったのか、薫子は「それはともかく」と話を変えた。


「今夜には桜ちゃんに本当のことを言っておくね」


「もうバラすのか?」


「だって、こんな風に桜ちゃんに気を遣われて、一緒に帰れなくなるのはイヤだもーん」


「それだけの理由?」


「これ以上大事な理由、他にあるわけないじゃない」


 薫子は大真面目な顔で答えた。


(このシスコンが……)


「じゃあ、おれらが付き合ってるフリをしなくちゃいけない理由ってのも、当然考えてるんだよな? イトコの話なしに」


「ああ、それは簡単に、あたしが頼んだことにしてあげる」


「どういう意味?」


「ほら、あたしってば、いろんな男の子に告白されまくってウンザリしてるでしょ? そこで、カレシができたって言えば、みんな引いてくれそうじゃない。

 で、身近なところで瀬名さんが一番適任だと思って」


「――ていうウソをつくのか?」


「ううん、これはホントの話。青蘭に入ったら、前の中学より男の子が付きまとってきて、ウザいのなんの。

 普通の中学の方だと家柄が釣り合わないって、怖気おじけづく男の子もいたんだけど。この学校は下手にいいとこのボンボンばっかだから、逆玉狙いが多くて。

 瀬名さんの話を聞いて、これは渡りに舟だなと」


「ちょっと待て」と、圭介は薫子を止めた。


「おれにかこつけて、おまえは自分の利益のために動いてたのか!?」


 薫子は心外だと言わんばかりに頬をふくらませる。


「失礼な。こういうのは一石二鳥って言うの。あたしの座右の銘。もっと気に入ってるのは一網打尽だけど」


 海に網を放り投げて、『利益』という名の魚を山ほどつかみ上げ、高笑いをする薫子を想像してしまう。


(こいつ、やっぱり桜子とは全然似てねえ!)


 圭介は恐ろしさに、ぶるっと震えてしまった。


「しかしなあ、おれが適任とは思えねえけど。学園のアイドルとまで呼ばれるおまえがれるには、ショボすぎねえか?」


 薫子にケタケタと笑われ、「そこは笑うところじゃねえ!」と、思わず怒鳴っていた。


「瀬名さんって、前から思ってたけど、自己評価低いよねー。まあ、反対の人よりは全然好感持てるけど。

 やっぱり、人って一度フラれると自信なくしちゃうものなのかな」


「うるせー! 人のつらい過去を何度もほじくり返すな!」


「それはともかく、メガネを取ったら実は美形だった的な設定は女の子の大好きな話だから、みんな納得するよ。瀬名さん、そこそこイケてる顔してるから問題なし。

 ばっちり演技してあげるから、心配しなくても大丈夫」


「そう……。じゃあ、おれはこの変装を解いた方がいいのか?」


「あ、そうだ。それはイトコに聞いてみてくれない? 薫子と付き合うようになったから、もう変装はしなくていいかって。何て答えたか、あとで教えてくれる?」


「なんで?」


「少なくとも、イトコがどういうつもりで瀬名さんにそんな格好をしろって言ったのかがわかるから」


「わかったら、おれにも教えてくれるのか?」


「うん、もちろん」と、薫子はうなずいた。


「しっかし、向こう三年も、おまえと付き合ってるフリしてかなくちゃならないとは……」


「学校やめたいなら、いつでも言ってね」


「……失言でした。三年間、どうか続けてください」


 ペコリと頭を下げる圭介に、薫子はクスリと笑っただけだった。

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