第19話 学園のアイドルから壁ドン

 薫子が圭介の家を訪ねた翌日、彼女は早速行動に移した。


 学生の行きかう昼休みの往来で、派手に『告白』してくれたのだ。


 『壁ドン』


 告白成功率百パーセントと言われる、女を落とすには最高のシチュエーション。


 好きな女に告白する時に、一度はやってみたいと圭介も思っていた。


 ところが、圭介は『壁ドン』される側に立っている。


 相手は猫のようにほんのり目じりの上がった、きれいな黒髪の和風美少女、薫子。


 圭介は鋭い眼光をまっすぐにあてられ、袋小路に追い詰められたネズミの気分だった。


「瀬名さん、あたしと付き合ってください」


 恋の告白にはつきものの、恥じらいや甘い響きは全くない。


 これが『ちょっとそこまで付き合ってくれる?』という恐喝きょうかつまがいの呼び出しだという方が、圭介もまだ納得できる。


 しかし、これは正真正銘、愛の告白なのだ。


 そして、圭介の返事も決まっている。


「あ、うん、喜んで……」


 圭介は思わず引きつった笑顔を浮かべてしまった。


 客観的に見ても、告白されて喜んでいる男の顔には見えないだろう。


 場所は青蘭学園高等部一年A組の教室近くの廊下。


 昼休み終了五分前。


 午後の授業に向かう生徒が行き交うこの大交差点で、『みんな見てください』と言わんばかりの場所と時間設定。


「うそだろー! なんで学園のアイドルが学園一貧乏人なんかと!」

雲泥うんでいの格差なんて誰も認めねえ!」


 そんな男たちの恨みのこもった悲痛なBGMを聞きながら、圭介はようやく手に入れたはずの平穏な学園生活が、羽を生やしてパタパタと飛んでいく音を聞いていた。


「『雲泥の格差』って、イヤな響きだよねー」


 薫子は壁ドン、顔に笑顔を貼り付けた状態で、眉根を寄せた。


「そういう正義感の強いところは桜子に似てんだな」


 ――という圭介の褒め言葉は、最後まで薫子の耳に届きはしなかった。


「『うん』があたしで、『でい』が瀬名さんでしょ?」


「……そりゃ、当然」


「『ウン』って、あの『ウン』を想像して、気分悪くなるじゃない。レディに失礼だよ」


(おまえは桜子と似てねえ!)


「レディなら、『ウン』聞いて、そっちを想像すんな! 運命の『運』だってあるだろうが!」


「でも、真っ先に直感するでしょ。子供も大はしゃぎするじゃない」


「……おまえが子供だ」


 ぷうっと頬をふくらませて本気で怒っている薫子の小さな頭をつかんで押しやりながら、圭介は壁ドン状態から脱出した。


(こいつ、すっげえアンバランスな奴だな)


 頭脳は明晰めいせき、洞察力も行動力もあって、天才かと思わせる一方で、情緒の面では子供のままだ。


(『カノジョ』っていうか、かわいい『妹』ができたとでも思っておくか)




 圭介と薫子が付き合い始めたというウワサが学校中に広まるには、午後の授業が始まるまでの五分もあれば充分だった。


 圭介が薫子と別れ、教室に入って自分の席に着いた時には、桜子も当然そのウワサを耳にしていたらしい。


 気になる反応はというと、桜子は純粋に驚いていた。


「だって、薫子、そんなそぶりなんて全然見せなかったんだもん。驚くよ」と。


 それはそうだろう。


 昨日の今日で決まった話なのだから、伏線は一切なし。


 今朝の登校時も薫子と一緒だったが、あまりにいつもと変わらず、昨日あれこれと問い詰めたことなど微塵みじんも感じさせなかった。


 圭介自身も、今日がその告白の日だとは思ってもみなかったくらいだ。


「妹と付き合うのは反対、とか実は思ってる?」


 圭介は多少なりとも期待を込めて聞いてみた。


「どうして? 薫子もやっと男の子に興味を持ってくれてホッとしたし、圭介が相手なら反対する理由もないけど」


「そう……?」


「でも、薫子を泣かせるようなことしたら、許さないからね」


 桜子はそう言って、笑顔のまま『メッ』というように目を吊り上げてみせた。


(なんだか、泣くのはおれの方になりそうなんだけど……)


 薫子には大事な秘密を握られている上、桜子には嫉妬の『し』の字も感じてもらえない。泣きっ面に蜂というのはこういうことだ。


(おれ、やっぱり心のどこかで期待してたのか? 『付き合うなら薫子じゃなくて、あたしじゃないの』って、言ってほしかったのか?)


 妹のカレシになってしまった今、圭介がこれ以上桜子に何かを期待するのはムダにしかならない。


 たとえ真実が明らかになっても、桜子にしてみれば『あ、そうなの?』で終わるだけ。


 もしも友達以上になれる方法があるのなら誰か教えてほしいと、圭介は切に願った。

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