第17話 そこは突っ込まないでほしい
「あれこれ聞いておいて、まだ何かおかしいとこでもあるのかよ……」
圭介は半ば恐々としながらぼやいた。
薫子は相変わらず笑みを浮かべたまま、淡々とした態度を崩さない。
「一番怪しいのはその格好」
「あんたもそれを突っ込むのか? 人の趣味をとやかく言うなよ」
「ふーん、そういうのが趣味なんだ。むさくるしいボサボサ頭に黒縁丸メガネ。
女の子どころか、誰も寄ってくるなと言わんばかりの格好して、学校ではハブ。
ボッチで周りの会話に聞き耳を立てて、ウヒウヒ笑っているようなオタク系陰キャ」
「ひでえ言われようだな……」
「まあ、実際話をするまではそういう人かと思ったこともあったけど、瀬名さん、明らかにキャラ違うでしょ? そもそも人と話し慣れているもん。
マニアックな趣味があるわけでもないし、自分の世界を作って自己
女の子と話したこともありません的に構えるわけでもなし、変に緊張するわけでもなし。
だから、余計にそんな格好で、
桜子は『そういう趣味もあるのか』程度で簡単に納得してくれたが、薫子はそうはいかないらしい。
(変装なんかさせるから、余計に悪目立ちしちまったんじゃねえか!)
「それはいろいろ事情があって……なあ。今までは気さくにいろんな奴と付き合ってきたけど、こう、大人になる過程でそんな自分に
(なんて苦しい言い訳なんだ。あまりの苦しさに息が詰まるぞ)
こんなしどろもどろの話し方で薫子が納得するわけがないと分かっていながら、圭介はそれ以上の言い訳も見つけられなかった。
第二ラウンド、すでに薫子のジャブがじわじわと効いてきている。
このあたりで誰かタオルを投げてくれと思うのだが、あいにく誰もセコンドに立っていない。
「瀬名さん、そんなに冷や汗かかなくても大丈夫」
薫子は小首をかしげてニコリとかわいらしく笑った。
「大丈夫って、何が? これ以上、突っ込まないでくれるのか?」
「ううん。もう調べたから」
「調べたって……?」
「あたし、こう見えて、知り合いがいっぱいいるの。瀬名さんの通ってた中学にもね。
で、中学時代の瀬名さんを知ってる人から、瀬名さんが変わるきっかけがあったか聞いてみたの」
「……で?」と、圭介は恐る恐る促した。
「卒業式の日にフラれちゃったんだって?」
薫子にあまりに軽く言われ、圭介はガンと頭を殴られたような気分だった。
最近ようやく思い出すこともなくなった過去の出来事だったというのに、再び頭によみがえってしまった。
中学時代、三年間同じクラスだった
背が小さい割にバスケットをやっていて、とても活発な女子だった。
見た目はかわいらしいのに、変にかわい子ぶってないところが圭介は気に入っていた。
高校が別々になることもあって、卒業式の後、圭介は人生初めての告白をした。
うまくいけばカノジョ持ちの高校生活、ダメでも二度と顔を合わせることはないと思えば、恥ずかしさや気まずさも半減する。
男子の中では仲の良い方だったし、圭介自身の読みではかなりの高確率でうまくいくと思っていた。
――が、「ほかに好きな人がいるの」と、あっさり
「あ、そうなんだー。残念」と、圭介は軽く流してその場をやり過ごしたが、思った以上にフラれた事実にショックを受けた。
しばらく、誰とも会いたくないと思ったのは事実だ。
「――まあ、そういうわけで、おれは変わったんだ」
圭介は開き直って言った。
「
「どこが?」
「仮に高校入学当時はもう恋なんてしないって思って、人を避けていたとしよう。
けど、ただでさえ貧乏でイジメられやすい上、余計にイジメられるような格好をして、実際イジメにあってたっていうのに、今でもその格好をし続けているのはどうして?」
「あの学校じゃ、どんな格好でも貧乏ってだけでイジメにあうだろうが」
「学校はともかく、外は? 電車乗ったり、街を歩いていたりすれば、出会いがあるかもしれないでしょ?」
「カノジョが欲しいと思っても、そこまで積極的に探してないし……」
「なるほど」
薫子は二度目の『なるほど』とともに、やはりお茶を一口飲んだ。
(第二ラウンド、おれは何とか乗り切ったのか?)
このまま薫子のペースで話を続けられたら、いずれボロが出て、すべてを明らかにさせられてしまう。
この辺りで話の方向を変えて、自分の話をうやむやにして、薫子には帰ってもらう。
そんなことが可能なのかどうかはともかく、圭介は反撃の第三ラウンドに挑戦することにした。
「呪いの正体って、あんたが原因なんじゃないのか?」
「どうしてよ?」
薫子は眉根を寄せて、
「桜子に近づく男は、端から怪しいって疑ってかかるんだろ? 相手の素性を探って、
結果、気に入らない奴だと、排除してるんじゃねえのか?」
「失礼だなー。あたしがそんなことするわけないじゃない。そもそも桜ちゃんは、ちゃんと人を見る目があるんだから。桜ちゃんが選んだ人なら間違いないよ」
「そこは信頼してるんだな」
「もちろん。ただ現状、呪いなんかのせいで、選択肢のない中で変なのを選んじゃったら、困るとは思うけど」
「……
「やだなあ、瀬名さんは桜ちゃんの
あはは、と薫子に軽く笑われ、圭介は泣きたい気分になった。
呪いのおかげで、せっかく少なくなっている選択肢の中にさえ入れてもらえない自分が、なんだか情けなかったのだ。
「……あ、そう。つまり、おれは『友達』なんだから、変でもかまわないってことだろ? なんで、うちまでやってきて、いろいろ聞く必要があるんだよ? しかも、桜子にまで内緒にして」
「だって、瀬名さんは明らかに怪しいから、たとえ
せっかく桜ちゃん、楽しそうに学校に行くようになったのに、悲しませるようなことになったら、かわいそうだもん」
薫子が姉思いを越えて、桜子べったりなシスコンであることは圭介もわかっていた。
(結局、全部桜子のためかよ)
「はいはい。で、まだ何を疑ってんだ? この際、聞きたいことは全部聞けよ」
圭介はうっかり言ってしまった後、激しく後悔した。聞かれて困ることがあったのだ。
(おれはバカか!?)
「まあ、聞きたいことはほとんど聞いたから、とりあえずはいいかな」
薫子の言葉が意外過ぎて、圭介は「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
「家も見られて、生活ぶりもわかったし」
「おれんちを見たかったのか?」
「それも一つ」と、薫子はうなずく。
「ほんとは瀬名さんって、実はお金持ちなのに貧乏なフリして、わざとイジメにあって、桜ちゃんの関心を引こうとしたのかなーとか思ってたんだ」
「なんだ、そりゃ……」
「まあ、見たところ駅歩十五分、築およそ三十年、二DKで家賃八万くらい。生活水準は普通だったら貧乏とまでは言わないレベル。ただ青蘭に通うのは難しい家庭環境。
女性物の品があるのを見れば、お母さんと一緒に住んでいるのは間違いないから、貧乏なフリをするために、ここに一人で住んでいるわけでもなし。
親戚がお金を出してくれているっていうのは、本当みたいだね」
「おれ、ウソ言ってねえし」
「うん。なんか、瀬名さんって、知ってる人によく似てるんだよね。もしかして、その人が援助してくれてるのかな」
「ああ、そういや、あんたも中等部――」
圭介が『しまった』と思った時には遅かった。
黒髪のカツラにメガネをかけている姿で、貴頼と似ていると気づかれるわけはなかったのだ。
薫子はこれを待っていましたとばかりに、にんまりと笑う。
「なるほど」
三度目の『なるほど』は、今までの二回とは違って、満足そうな微笑みとともにつぶやかれた。
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