第16話 かわいい妹キャラはどこにいった?

 圭介が最寄り駅の改札をくぐると、不意に呼び止められた。


 振り返るとそこには、先に帰ったはずの桜子の妹、薫子が壁に寄りかかって立っている。


「よお。誰かと待ち合わせか?」


「ううん。瀬名さんを待っていたの」


「おれ?」


「話があって。時間、大丈夫?」


 目鼻立ちがはっきりとした桜子に比べ、薫子はすっきりとした目元の黒髪和風美少女。


 姉の朗らかな雰囲気に対して、中学二年生とは思えないりんとしたたたずまいを持っている。


 黙っていたら近寄りがたくさえある美貌の持ち主だが、表情をくるくる変え、姉に甘える姿は実に愛くるしい。


 『呪い』という後ろ暗い影を背負う姉に対し、薫子はどんな男でもアクセス可能。


 よって、生まれてたった十三年で告白された数は星の数ほど、振った数も同じく星の数――というのは少々大げさかもしれない。


 それでも、顔良し、器量よしの薫子は、藍田家の娘でなくとも、道を歩くだけで男どもが振り返っていく少女だ。


 ましてや良家の子女の集まる青蘭学園において、誰でも逆玉ぎゃくたまを狙える藍田家の娘より他に『学園のアイドル』にふさわしい人間はいない。


 そんな薫子が『人と会う約束』と姉と兄には誰とは告げずに、圭介に会うためにわざわざ待っていた。


 それを意味するのはただ一つ。


 桜子たちには知られたくない話なのだ。


 『愛の告白か』と思うほど、圭介はおめでたくできてはいない。


 経験上、かわいいな、付き合いたいな、と思う女子には相手にされない。逆に告白されても困るという女子に限って、『瀬名くんが好き』だったりする。


 相思相愛というのは非常に難しく、どちらかが妥協しない限り、カップル成立にはならない。


 そんな経験に基づいた圭介の持論からすると、学園のアイドルとまで呼ばれる薫子が、わざわざ待ち伏せをしてまでしたい『話』が、色恋に関係するとは思えない。


 甘い話とは無縁のところにあるのだろう。


「時間はとりあえずあるけど。立ち話もなんだから、どこかで茶でもするか?」


「お金もったいないから、瀬名さんの家は?」


「おれんち? 母親、もう仕事に出てるから、あんまりお勧めできないけど」


「どうして? 瀬名さん、お茶も入れられないとか?」


「……そうじゃねえだろ。親のいない家に二人きりなんて、普通、女は嫌がるだろうが」


「瀬名さん、何かするつもりなの?」


「しねえよ!」


「じゃあ、問題ないんじゃない? ほらほら、行こう」


 薫子は圭介にかまわず歩きだす。


 圭介の家は駅から徒歩十五分。案内なしに行けるほど簡単な道筋ではない。


 にもかかわらず、薫子は圭介の半歩前を迷いなく歩いていく。


(もしかして、おれんち、知ってるのか?)


 薫子と会う時は、いつも桜子が一緒にいた。


 こうして単独で行動する薫子は、愛嬌あいきょうある妹キャラからほど遠く、話しかけることすらためらわれる雰囲気をかもし出す。


(こっちが本当の薫子、か?)


 圭介の家の前に到着すると、薫子は「へえ」と興味深げに古い二階建てアパートを見上げた。


「あんたんちと比べんなよ」


「うちの物置の大きさって、言おうかと思ってた」


「ウサギ小屋って言われなくてよかったなー」


 圭介はちくしょう、と思いながら外階段を上り、薫子を家に入れてやった。


 薫子は脱いだ靴をきちんとそろえ、「お邪魔します」と玄関を上がる。


 その姿はよくしつけられた良家の子女ならではの優雅さがあった。


 ただ六畳の居間の座布団に座る姿は、まったくもって背景と合っていなかったが。


「で、話って何?」


 冷蔵庫の麦茶を出して、圭介もちゃぶ台の向かいに腰を下ろすと、薫子はひと口お茶を飲んでから、にこりと笑みを浮かべた。


 しかし、目が笑っていない。 


 薫子は心の中まで見透かしそうなほどまっすぐに、圭介の目をためらいなく見つめてくる。


 圭介は初めて薫子を『怖い』と思った。


(いつもの妹キャラと全然違くないか……?)


「単刀直入に聞くけど、どういうつもりで桜ちゃんと友達になろうと思ったの?」


 薫子の表情は笑顔のままだったが、圭介はなんだか教師に質問されているような気分にさせられた。


 友達になろうと声をかけてきたのは、桜子の方だった。


 桜子が学校をイヤがっていたのを薫子が知らないはずはない。


 友達がいたら、と思っていたことも知っているはずだ。


 それにもかかわらず、薫子が圭介にこのような質問をする意図は、別のところにあるような気がする。


(こういう場合は慎重に答えた方がいいのか……?)


「どういうつもりって? 友達になろうって言われて、おれも一人くらい友達ほしいと思ったから?」


「桜ちゃんに言われるまで、そんなことは思わなかったの?」


「さすがに、それはなあ……。あれだけいつも取り巻きに囲まれてたら、近づきがたいだろ」


「でも、興味はあった?」


「そりゃまあ」


「そうだよね。あたし、お昼休みはほとんど毎日、桜ちゃんのところに行ってたけど、瀬名さん、いっつも桜ちゃんをチラチラ見てたもん」


 圭介が興味以前に監視目的で、桜子を見ていたのは確かだ。


 薫子が気づいていたことに、圭介は内心動揺した。


『依頼主に関することは他人に口外しないこと』


 貴頼との契約でそうなっている以上、圭介は違反するわけにはいかないのだ。


(監視してたことが、こいつに知られたらマズい!)


 明らかなウソだと、すぐに見破られてしまう可能性がある。


 こういう時は、ウソをつくより隠したい事実を隠しながら、真実を語る方が相手を納得させられるかもしれない。


 実際、圭介は監視しながらも、桜子に見とれていたことに間違いはなかった。


「そりゃ、普通に見ちまうだろ。おれの周りにあんな美人いないし、ついつい見ちまってもさ」


「その割に桜ちゃんと話したがらなかったみたいだけど。桜ちゃんの方から声をかけてきたなら、普通におしゃべりすればいいのに」


「いろいろウワサは聞いてたからな。変に近づいて、うちをめちゃくちゃにされても困るし」


「そのウワサを知ってて、友達になったのはどうして?」


「それはあいつが恋愛感情ないって言うし、呪い云々うんぬんでカレシ作る気はないって言うし。ただの友達なら問題ないかと思って」


「で、瀬名さんの方も恋愛感情はないと」


「あったらこの友達関係にならないだろうが」


「チラチラ見とれてたのに?」


(そこを突っ込むのか!?)


「……それは外見の話で、見た目が気に入ったからって、恋するとは限らないだろ」


 圭介はもっともらしいことを言ってみた。


「つまり、瀬名さんは桜ちゃんの外見は好きだけど、いざ話してみたら女の子としての興味は持てなかったと。桜ちゃんの何が足りないの?」


「足りないとかじゃなくて、好みの問題だろ?」


「ふーん。じゃあ、瀬名さんはどういう女の子が好みなの?」


「これといって一貫性はないかな。かわいい系の方がいいっちゃいいけど、絶対でもないし。気が合えば、外見はそれほど気にならないかも」


 それは間違いなく事実なので、圭介は素直に答えた。


「ちなみに、今まで付き合ったカノジョとかいるの?」


「ちくしょー。それをまともに聞くなよ」


「別に卑下ひげすることじゃないと思うけど。あたしもいないし。つまり、瀬名さんはカノジョ欲しいんだ」


「そりゃ、出会いがあればな」と、圭介はぶすくれて言い放った。


 薫子はお茶をひと口飲んで一息つくと、質問攻撃は終わったのか、「なるほど」と小さくつぶやいた。


「で、いろいろに落ちたのか?」


 圭介が薫子に聞くと、返事は「全然」だった。


 話が終わったのも束の間、質問攻撃第一ラウンドが終了しただけらしい。


(おれ、第何ラウンドまで持ちこたえるんだ……? 勝てる気がしねえんだけど)

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