第13話 美少女は呪われてる?

「あ、初めて笑った」と、桜子がまじまじと圭介の顔を見つめてくる。


「そうか?」


「そうだよ。やっぱり思った通り、瀬名くん、きれいな顔立ちしてる。メガネしない方がずっと素敵だよ」


「だから、そういう男を勘違いさせるようなこと平気で言うな」


 圭介は照れ隠しに外していたメガネをかけ直した。


「ところで瀬名くん、女の子に普通に興味あるのに、どうしてそんな格好してるの?」


(う……。それは貴頼に目立つなって命じられたから、とは言えないんだな)


「どうしてって言われても、おれ、これが普通なんだけど……」


(どこの世界にボサボサ頭でダサいメガネをかけるのが、イケてるなんて思う奴がいるんだ!?)


 圭介は自分で突っ込みながら、その他の言い訳も見つけられなかった。


「ふーん。てっきり女の子に興味がないから、外見なんて気にしてないと思ったんだけど。その格好は瀬名くんのポリシーなんだね」


「ポリシーなんて大げさな……」


 桜子が妙に納得してしまうので、圭介は泣きたい気分だった。


「もっとも、あたしの趣味じゃないから、よくわかんないけど。瀬名くんみたいな男の子が好みっていう女の子もいるんだろうね。瀬名くんも付き合うなら、自分の素の姿を認めてくれる人の方がいいか」


 このダサ男に寄ってくる女が、輪をかけて奇抜な髪形と化粧をしているのではないかと怖くなる。


「いまんとこカノジョ募集してるわけじゃないし、欲しくなったら相手に合わせて、普通の格好するつもりだけどな」


 圭介はいつでも元に戻れるように、一応伏線は張っておいた。


「そっか。なら、ちょうどよかった」


「何が?」


「あたしもカレシは作るつもりないから、友達としてはお互い最適じゃない?」


 なんだか圭介としては、がっかりな一言だった。


(これって、おれのこと『男』としてはまったく見てないってことで……)


 貴頼の手前、その方が都合いいというのに、それはそれで気に入らないと思ってしまう。


「おれはともかく、なんでカレシ作らないんだ? できないわけじゃないだろ?」


「瀬名くん、あたしのウワサ、知らないの?」


「ウワサって、なんか、親父さんが変な男が近づこうものなら家ごとぶっ潰す、みたいな?」


「ああ、それはみんなが勝手に思い込んでるだけだよ。瀬名くんはそれを知って、あたしと話したがらなかったの?」


「ああ、まあ、そんな感じ……?」


 貴頼に桜子に近づくなと言われていたからだが、彼女がそう思い込んでくれているのなら、圭介としてはそれでかまわなかった。


「なんだ。それならもっと早く誤解を解けばよかった」


 桜子はほっとしたような顔をする。


「あんたの言うウワサって、それとは違うのか?」


 桜子は神妙な顔でうなずいて、声をひそめてこう言ったのだ。


「あのね、ここだけの話、あたし、呪われてて、好きになる人が不幸になるの。だから、カレシはあきらめてる」


「は? 呪い? 今の時代に呪いなんてあるわけないだろ」


「あるんだって」


「マジで言ってるのか?」


「あたしね、中一の時に付き合ってほしいって言ってくれた男の子が三人いたの。でも、三人が三人とも家に不幸があって、みんな転校していっちゃって」


「それって……」


(『呪い』じゃなくて、ただ単に男どもがウワサしていた通り、娘に近づく男を父親が排除して歩いただけじゃないのか?)


 圭介の考えを読み取ったかのように、桜子は「ウソじゃないんだからね!」と、目を吊り上げた。


「一人目は実家の薬屋さんがつぶれちゃって、家も引っ越さなくちゃいけなくなっちゃったの。公立の中学だったから、そのまま転校。

 二人目はお父さんが会社をクビになって、お母さんの実家でしばらく生活しなくちゃいけなくなったって、これまた転校。

 三人目は小さな町工場だったんだけど、倒産して御両親が無理心中しちゃって、彼は親戚に引き取られていったの」


 その時のことを思い出したのか、桜子は泣きそうな顔になった。


「……心中はさすがにひどいな」と、圭介もそれ以上のコメントが見つからなかった。


「そんなことが立て続けに三件も重なったから、あたしと付き合うと呪われるってウワサになって。それ以来、男の子たちはまったくもって近づかなくなっちゃったの。

 もっとも、この高校に入ってからは、そのウワサも変な方向に行っちゃって、うちのお父さんが原因になってるみたいなんだけど」


「結局、それが真実じゃないのか?」


「お父さんがそんなことするわけないもん」


 桜子はそう断言するが、自分の親がそんなひどいことをしたなどと信じたくないのかもしれないと圭介は思った。


 しかし、客観的に見たら、充分あり得る話だ。


 特に日本一金持ちのお嬢様なのだから、父親は娘の付き合う相手には細心の注意を払っているに違いない。


 とはいっても、事情を知らない圭介が否定しても、ただの水掛け論にしかならない。


 だから、「そっか」と返事をしておいた。


「そういうわけで、カレシはあきらめたの。あたしのせいで誰かを不幸にしたくないし、そんな危険があると思えば、誰かと付き合いたいなんて思えないよ」


「なるほど。それで友達になるには、お互い好都合だと」


「でしょ?」と、桜子はうれしそうに笑った。


 圭介としても、この先三年間の学生生活を思えば、自分の気持ちがどうであれ、貴頼の目から見て、桜子と『友達』でいる方が都合よかった。


 そんなわけで、圭介は迷うことなくうなずいていた。


「さあ、これを職員室に提出して帰ろうか」


 桜子はそう言って書き終わった日誌をパタンと閉じた。


「おう」


 それぞれカバンを掴んで一緒に教室を出ると、ふと桜子が圭介を見上げてきた。


「ねえねえ、瀬名くんのこと、名前で呼んでもいい? 苗字で呼ぶの、なんかよそよそしくてダメなんだ」


「……別に構わんけど」


 下の名前で女子に呼ばれるのは保育園以来だ。


 なにせ苗字の方が名前より短いので、昔から『瀬名くん』が多かった。


「じゃあ、『圭介』。あたしも名前でいいよ」


「『桜子』って?」


「ちょっと長いけど。さすがに『桜ちゃん』って歳でもないからね」


「そういや、あんたの妹はそう呼んでたっけ」


「うん。本当は『お姉ちゃん』って呼ばれたいんだけど、小さい頃から『桜ちゃん』で来て、そのまま変わんなくて。残念」


「まあ、どっちでもいいじゃん。おれ、兄弟いないから、うらやましいよ」




 駅まで歩きながら、桜子とはいろいろな話をした。


 長いと思っていた駅までの道も、話しながら歩いているとあっという間の距離だ。

 電車も途中の駅までは一緒で、桜子の方が先に下りる。


「また明日ね」


 そう言って電車を降りていく桜子を見送るのが、圭介は妙にうれしく思えた。


 高校に入ってそんな当たり前の言葉さえ、誰にもかけてもらえなかったのだ。


(ここはなんとしても貴頼を言いくるめて、桜子と友達でい続けてやる)

 

 圭介はそう固く誓った。

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