第8話 おかしなお嬢様
藍田桜子――。
圭介が何者かと思ったのは初日だけで、どういう女なのかわかるまでに、それほど時間はかからなかった。
銀行業をはじめ、鉄道、ホテル、建設、電気機器、あらゆる分野の会社を傘下に持つ巨大グループ企業――藍田グループの
年子の三人兄弟で、中等部に弟と妹が在籍している。
数年前に桜子の父親がその祖父から代表職を引き継いで以来、毎年高額納税者に名前を連ねるという家庭環境。
要は超の上に超がつく金持ちのお嬢様なのだ。
さすがの圭介も藍田グループの名を知らないはずもなく、そんな有名人はネットで調べればいくらでも情報は得られる。
圭介が桜子をどこかで見たことがあると思ったのも当然だった。
第一志望にしていた私立高校――
桜子は母親にそっくりだったのだ。
そのパンフレットも八年前の創立当時に撮られたものだったのか、かなり若い女性だったので余計に似ていたのかもしれない。
そんな超の上にスーパーとウルトラがつくようなお嬢様に一生お目にかかることはないはずだったというのに――
この青蘭学園に入学したおかげで、彼女は毎日圭介の隣の席にいる。
貴頼との契約である定期連絡を欠かさないためにも、圭介は監視、というより観察をしていた。
しかし、観察すればするほど、藍田桜子は『変な女』というのが一番しっくりくる表現になってしまう。
正確には『この学園にいるには変な女』だ。
見た目は極上、とびきりの美少女というのは何度見ても変わらない。
女子の取り巻きに囲まれ、ちやほやとほめそやされ、あちらこちらのパーティに招待されるのも日常茶飯事。
その辺りはお嬢様らしいと思うのだが、会話をよく聞いていると、どうも話がかみ合っていないような気がするのだ。
春休みはどこかに旅行したのかという質問に対し、桜子の返答は『近所の
高校入学のお祝いにおねだりして買ってもらったと、うれしそうに見せたスマホ。
どうして駅から徒歩で学校に通っているのかというと、ガソリン代がもったいないから。
お昼は学校のカフェテリアが高いから、弁当持参。
他のお嬢様たちがポカンとしながらも、桜子の気分を損ねないように引きつった笑顔で話を合わせているのはなかなか見物だ。
藍田桜子は一般的な高校生から見たら、至極普通の感覚を持った庶民的な女子高生だった。
とても日本トップクラスの金持ちのお嬢様には思えない。
実は偽物? と、圭介は何度も疑ってしまいそうになる。
とはいえ、中等部に通っているという妹がよくやってきて、一緒に話しているので姉妹そろって偽物というのは考えにくい。
やはり桜子は、藍田グループの娘には間違いない。
桜子について調べれば調べるほど圭介は好奇心をそそられ、直接本人に聞いてみたいことが山ほど出てきてしまう。
しかし、契約に違反しないように圭介は近づくことができない。
ただコソコソと会話を盗み聞きするという、かなり
一方、圭介はというと――クラスから完全に外された。
入学式の日、藍田桜子のおかげで収まったはずのイジメムードは、時が経つほどに再燃。
イトコの命令で髪はボサボサ、ダサい眼鏡をかけさせられている現状、『ウザい』だの『キモい』だの言われるのは致し方がない。
圭介が客観的に見ても同意する。
ところが、相手にしなかったらしなかったで、イジメムードは徐々にエスカレートしていってしまった。
やがて私物がなくなったり、ゴミ箱に捨てられていたり、教科書に落書きをされたりと、目に見える嫌がらせが始まった。
物に関しては、定期連絡時にイトコに『何々を壊された』とか『何々を捨てられた』と書けば、その夜には品物が届く。
おかげであまり気にするほどのものではなかったが、イジメにあっているという事実はやはりいい気分ではない。
圭介の経験上、イジメに遭う人間というのは気が弱かったり、なよなよしていたり、容姿に問題があったりと、だいたい相場が決まっていた。
今の圭介は確かに地味で目立たないが、クラスを見回せば、もっと適任者がいるように思えてならない。
しかし、このクラスの、ひいては青蘭学園のカーストというのは親の収入で決まる。
もちろん同じ収入でも、歴史ある会社と成金では扱いも変わる。
誰が見ても一番貧乏な圭介は、満場一致で最底辺のどん底に配置された。
もっとも、ここまでのイジメに発展しているのは、この学園にふさわしくない生徒を排除しよう、というクラスの一致団結した運動なのかもしれない。
(おれ、この学校、三年間も通えねえかも……)
そんなことを思い始めた五月の終わり、中間試験の結果発表翌日、事は起こったのだ。
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