第7話 どうして青蘭学園なんかに
高校浪人に関して、家族は賛成してくれたので、桜子はそのまま卒業式を待っていた。
しかし、数日して、願書も出していない青蘭学園から入学許可証が届いた。
しかも、授業料免除の特待生扱いになっている。
奇妙に思って学園に問い合わせてみると、確かに桜子の入学枠はあるという。
理由はというと、青蘭学園には兄弟枠というものがあって、彬が中等部に在籍しているので、桜子は受験する必要なく入学できるらしい。
「あの学校、兄弟で入るのは普通だけど、特待生枠なんてあったかしら」
昔、青蘭学園に通っていた母親が首をひねる。
「二十年前に比べたら変わることだってあるだろ。少子化が進んで、学園だって一人でも多く学生がほしいわけだし」と、父親。
「だったら、授業料を取ればいいのに。矛盾してない?」
「けど、授業料以外にも制服やら教科書やら、その他の部分で
「天下の青蘭もせこくなったわねえ。で、桜子、どうするの? 青蘭に行くの?」
母親に聞かれて、桜子は「うーん」とうなった。
「正直、あんまり気が進まない。絶対合わなそうだもん」
「確かに、姉さんにはキツいかもなあ」と、彬がしみじみと言う。
桜子は散々悩みながらも、最終的には青蘭学園への入学を決めた。
同じ母親の仕事の手伝いをするにしても、高校を出て、大学できちんと専門の勉強をしてからの方が貢献できる。
一年を浪人して中途半端に過ごすより、一年早く社会に出た方がいい。
そう思ったのだ。
おかげで、自分だけ青蘭に通えない薫子がダダをこね、結局、中学二年という中途半端な時期にも関わらず、編入することになってしまった。
青蘭に二人分も授業料を払わなくちゃいけないなんて、と母親がぶつくさ言っていたのは言うまでもない。
***
藍田家はほぼ毎日、朝食と夕食時に家族が顔を合わせる。
入学式の今日も夜七時には八畳の和室でちゃぶ台を囲んでいた。
高校の入学祝いなので豪華な食事になるかと桜子は期待していたが、食事自体はいつもと大して変わらなかった。
ただ、桜子の好きなハンバーグにしてくれたので、それを作ってくれたお手伝いの
「で、高校初日はどうだったんだ?」
父親に聞かれ、桜子は口に入れたハンバーグを飲み下しながら顔を上げた。
「覚悟してた通り、ちやほやされまくりだよ」
「そりゃ、仕方ないな。ああいう連中は『藍田』の名前聞いただけですり寄ってくるんだから」
「あ、でもね、普通の家庭の子も一人だけいたんだ。あたしとおんなじ、高校編入で」
「あの学園には珍しいわね。イジメられたりしないのかしら」
昔のことを思い出すのか、母親が
「されるよ。今日だって、さっそく『貧乏くさい』ってからかわれて、クラスメートに遠巻きにされてたよ。
頭に来たから、
桜子は思い出して、再び腹が立つのを感じた。
高校生にもなってあんな子供じみた嫌がらせをする人間がいるなど信じられない。
たかが家庭環境が違うという、それだけの理由で、人間の尊厳を
「まあ、桜子らしいな」と、父親。
「でも、あんたとはいい友達になれるんじゃない?」と、母親も続ける。
「……それは難しいかも。男の子なんだもん。どうもあたしのウワサを知ってるのか、話しかけたんだけど、あんまりのってくれなかった」
隣の席の瀬名圭介を思い出して、桜子は「残念」と小さく息をついた。
(せっかく話が合いそうだと思ったんだけどな)
「男の子って、カッコいいの?」
薫子が好奇心に目をきらめかせて聞いてくる。
「あー、うん。よく見るとカッコいいかも」
「それって、無理やり絞り出したお世辞?」
「違うよ。黒縁メガネかけてて、前髪も長くてあんまりよく顔が見えないの。
でも、目鼻立ちは整ってたし、背も高いし、スタイルもいいと思うよ」
「お、久々にメンクイ桜ちゃんのおメガネにかなう人が現れた!?」
薫子がはしゃぎだす。
「もう人聞きの悪いこと言わないでよ。あたしの言う顔の良さは、性格からにじみ出てくる美しさが基準なの。
心がきれいじゃない人は、たとえみんながカッコいいって言っても、あたしは反対するよ」
「ふーん。じゃあ、そういう基準でいくと、『よく見るとカッコいい』その男の子は、微妙に性格悪そうってことだね」
「薫子……そんなことは言ってないよ。まあ、ちょっと変わった人なのは確かかな」
「変わってるの?」
「普通さあ、誰かに嫌なこと言われたら、怒るとか泣くとか逃げるとか、何かしらの反応があるものでしょ? けど、なんかどこ吹く風って感じで、平然としてるの」
「面白い人だねー。明日、桜ちゃんの教室に行くから、どの人か教えて。ついでに一緒にお昼ご飯食べよう」
「薫子、編入したばっかなんだから、クラスの子と仲よくした方がいいんじゃないの?」
「でも、桜ちゃんもあたしと一緒の方が、気楽にご飯食べられるでしょ?」
「……確かに。お昼休みくらい、逃げられるなら逃げたいかも」
「でしょでしょ?」
薫子が目をくりくりさせて無邪気な笑顔を向けてくるので、桜子も笑って了解した。
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