ドアマットヒロインは意外と腹黒く強かである

 ラ・トレモイユ侯爵邸にて。

 ローズはエヴリーヌと共にティータイムを楽しんでいた。

「それで、ローズ。ラ・トレモイユ侯爵家の一連のことだけれど、どこまでが貴女の計算のうちなのかしら?」

 フッと意味深に微笑むエヴリーヌ。サファイアの目は、探るようにローズを見ている。

 ローズは動揺することなく上品な笑みを浮かべている。アメジストの目をエヴリーヌから逸らすことはなく。

「まさかエヴリーヌ大公世女たいこうせいじょ殿下に気付かれているとは」

 優雅に紅茶を一口飲むローズ。

わたくしは大公世女で次期女大公よ。人を見る目がないとやっていけないわ」

 クスッと笑うエヴリーヌ。

「左様でございますわね」

 ローズもクスッと微笑む。そして一呼吸置き話し始める。

「全てとは言いませんが、概ねわたくしの予想通りに事が進みましたわ。わたくしだけが幸せになれたので、とても満足しておりますの」

 ローズは淑女の鑑らしい笑みで淡々と語り始める。

「まず、あの家畜以下の者達を破滅させる計画を考え始めたのは、母が亡くなった直後でございました」

「まあ、家畜以下って……」

 辛辣な表現にエヴリーヌは苦笑する。

「あの者達は低俗で大した頭脳を持ち合わせていないのですもの。わたくしは、人として尊敬出来る方ならば身分を問わず敬意を払いますが、あれらには尊敬出来る部分が全くありませんもの。家畜以下ですわ。それに、わたくしの家族は亡くなった母セレスティーヌと父シルヴェストルだけでございますわ」

 ローズは品よく微笑みながらそう言う。完全にオーバン、デジレ、ペネロープ、ドナシアンの四人を見下していたのだ。

 ローズは上品な笑みを浮かべながら話を続ける。

「偶然、母が亡くなってすぐ、デジレとペネロープがラ・トレモイユ侯爵家に来た頃、オーバンが母を事故に見せかけて殺害した話を聞きましたの。あれはお金で雇って母の殺害を指示を出した者と報酬の話をしていましたの。わたくしが陰で聞いていることも知らずに。そこから計画を立てましたわ」

「要するに、ローズは十二歳でこの計画を立てたと」

「左様でございます」

 エヴリーヌの言葉にローズは頷く。そして続ける。

わたくしの髪色と目の色から、オーバンとは血が繋がっていないことも十二歳より前に気付いておりました。もしあれと血が繋がっていたら、恐らくわたくしはあれと同じ髪色で目の色だったでしょう。母はアッシュブロンドの髪に私と同じ紫の目。わたくしはプラチナブロンドの髪に母と同じ紫の目。あれとは一切血が繋がっていないことは火を見るより明らかでしたわ。だから、あの家畜以下の者達はわたくしを虐げることも簡単に予測出来ました。だから、敢えてそれに乗り、利用することにしたのでございます」

「まあ、そうだったのね」

 エヴリーヌはクスッと面白そうに笑い、紅茶を一口飲んだ。

「仕事を押し付けられたり、ぶたれたり食事を抜かれたり、物を奪われたり。わたくしはどんどん見窄らしくなりましたわ。ペネロープに母からの誕生日プレゼントのネックレスを奪われた時は、本気で殺してしまおうかとも思いましたが、家畜以下の人間の為にわたくしが手を汚すこともないと考えましたの。元婚約者のドナシアンも、見窄らしくなったわたくしを虐げてペネロープと仲を深めておりましたわ。まあそもそもあれは愚かな男なので、せいぜいわたくしの操り人形になればいいとは思っていましたが。ただ、今思えばあれがわたくしの婚約者だったのは人生の汚点でございますわ」

 ローズは淑女らしい上品な笑みだが、完全にペネロープやドナシアンを軽蔑していた。

「結構言うわね、ローズ」

 エヴリーヌはクスクスと笑っている。

成人デビュタントの儀で、わたくしはラ・トレモイユ侯爵家に居座る家畜以下の者達を排除する為の協力者を探しました。わたくしの見窄らしい見た目と、自分で言うのも恥ずかしいですが淑女の鑑と言われる所作。見た目と所作の乖離に気付き、何か事情があるのではと考えられる方を探しておりました」

「そしてそれに気付いたのがアルベールとわたくしということね」

「ええ。まさか大公家の方々が協力してくださるとは露にも存じませんでした」

 ローズはアメジストの目を細め、品よく微笑み紅茶で喉を潤す。

「それが一つ目の計算外といったところかしら?」

「左様でございます。そこから、アルベール様自ら調査をなさってくださり、ドナシアンが公の場でわたくしに婚約破棄を突き付けて新たにペネロープと婚約を結ぶ計画と、オーバンがわたくしを殺害しようとしている計画が露見しました。これらの計画は何となくわたくしも勘付いてはおりましたが、まだ先のことだったので手を打つのはもう少し後でもいいと存じておりました。しかし、アルベール様はわたくしを離宮で保護してくださいました。恐らく女大公陛下への説得が大変だったかと存じます」

 ローズは少し申し訳なさそうであった。アルベールはもう臣籍降下してローズと結婚した為、殿下ではなくアルベール様と呼んでいる。

「あら、そんなことはないわ、ローズ。ラ・トレモイユ侯爵家が潰れない為にアルベールも女大公陛下お母様も迅速に動いたわ。もちろんわたくしも」

 エヴリーヌは微笑む。サファイアの目からはやや自信ありげな様子が分かる。

「ありがとうございます」

 ローズはそのまま続ける。

「そこからは、予想通りのこともあれば予想外のこともございました。わたくしがラ・トレモイユ侯爵家の正式な当主になること、ドナシアンとの婚約解消は予想通りでございました。ただ、まさか新たにアルベール様と婚約するとは思いませんでした」

「ユブルームグレックス大公国内の貴族のパワーバランスを見てのことよ。それと、アルベールはローズに惚れていたわ。いつもどうしたらローズを救えるか考えていたもの。女大公陛下お母様にも、ローズの新たな婚約者に自分がなれるよう相談していたわ」

 クスッと品良く笑うエヴリーヌ。

「まあ……」

 ローズはりんごのように頬を赤く染める。

「可愛いわね」

 エヴリーヌはニヤニヤと笑う。

揶揄からかわないでください、大公世女殿下」

 ローズはエヴリーヌに軽く抗議した。そしてそのまま話を続ける。

「まあ、そこからは計画通りでございましたわ。公の場であの家畜以下の者達の罪を晒し、刑罰へ持っていく。ラ・トレモイユ侯爵家から家畜以下の者達を排除出来たので、もう安心でございますわ。わたくしは、やろうと思って出来なかったことなど一つもございませんわ」

 ローズは上品に微笑んだ。どこか自信ありげな笑みである。

「ただ、アルベール様があんなに真っ直ぐわたくしのことを想ってくださったことと、大公世女殿下にわたくしの本性を見破られていたことは全くの計算外でございました」

 ローズはふふっと微笑む。

わたくしを甘く見ないでちょうだい。まあわたくしも貴女のそういう本性を見抜いた上で協力したわ」

 悪戯っぽく笑うエヴリーヌ。エヴリーヌは一旦紅茶を飲み、そのまま続ける。

わたくしが女大公になったら、ローズを宰相に任命しようと思っているわ。その計画力や協力者を募る力、そして領地関連の仕事も完璧よ。だから、その能力でわたくしをサポートしてちょうだい」

「殿下をお支え出来るよう、精一杯尽力いたします」

 ローズは淑女の笑みである。

 そこへ、遠くからアルベールとエヴリーヌの婚約者フェリクスがやって来るのが見えた。

「あら、フェリクス様はアルベールと結構仲良くなられたのね」

 エヴリーヌはクスッと微笑む。

「左様でございますわね。……恐らくわたくしはアルベール様の真っ直ぐさには敵わないでしょうね。わたくしは傲慢で狡猾でございますので、アルベール様が眩しく感じますの。きっとわたくしは一生アルベール様に憧れ続けていると存じますわ。わたくしはあんな風に真っ直ぐではなく、目的のためなら汚い手段も使ってしまいますので」

 ローズはアルベールを愛おしそうに見つめている。

「あら、それで良いのではなくて? 大公配殿下お父様は、清廉潔白なだけでは政治は出来ないと言っていたわ。ローズはラ・トレモイユ侯爵家当主、そして次期宰相なのだから、それくらいが丁度いいのよ。わたくしも、決して清廉潔白なわけではないわ」

 エヴリーヌはふふっと笑う。

「ありがとうございます。少し心が軽くなりました」

 ローズは少し安心したように微笑んだ。

「それに、貴女はきちんとアルベールを愛しているのでしょう?」

 エヴリーヌは悪戯っぽい笑みでそう聞く。

「ええ。アルベール様を愛しているのは本心でございます」

 ローズはこちらに向かって来るアルベールを愛おしそうに見つめながら答えた。

「それなら良いわ」

 エヴリーヌはふふっと笑った。

「ローズ!」

「エヴリーヌ様!」

 アルベールとフェリクスがそれぞれローズとエヴリーヌに声をかける。

 ローズとエヴリーヌは丁度紅茶を飲み終わった時だったので、ゆっくりと立ち上がりアルベールとフェリクスの元へ向かった。

(わたくしはこれからラ・トレモイユ侯爵家のこと、そしてアルベール様と過ごす時間を大切にして生きていくわ)

 ローズは上品な笑みを浮かべていた。アメジストの目は真っ直ぐ未来を見据えている。

 腹黒くしたたかなドアマットヒロインは、こうして幸せになったのだ。

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