ep32 竜道

「あの雪乃下ってネクラの技術のテストの点さぁ、ちょっとのぞき見しちゃったんだけど」

「うん」

「50点。満点だったんだよ」

「すごー!さっきアスハラが騒いでたけど、数学も満点近かったよね」


 わたしの席のすぐ後ろ、空席の机に腰掛けた畠芋さんが、窓に寄り掛かっている柗元さんと話している。


「アスハラねぇ……あいつ、なんであんなネクラとつるんでんだろ」

「あたしもそう思う」

「馬鹿だけどさぁ、明るくていい奴じゃん?なのにあんなネクラとつるんでるのが、なんか残念だわー」

「このクラスにとって損失、的な?」

「そう!あんなネクラと無駄に時間過ごすより、クラスの中心でバカやってくれた方がみんな楽しいじゃん」


 なんであんな風に、話せるんだろう。


「それで、そのネクラだよ。まあ、ガリ勉なのは確かなんだろうけど」

「あたしたちみたいに放課後誰かと遊んだりできない陰キャは、時間有り余ってるだろうしねー」


 相手の言葉より長いレスポンスなんて、気が引けてわたしにはとてもできない。


「ここだけの話だけどさぁ。なんか、アキちゃんと付き合ってるらしいよぉ!」

「えー!アキちゃんって秋葉センセー……あ、先生って言っちゃいけないんだったww。禁断の恋!?」

「でもさぁ、アキちゃんって三十代後半じゃん。二十歳以上離れてんだよ?」

「あー、ちょっとキモいかも。そういうのって、大抵二十代くらいの若い先生だもんね……」

「若作りしてんのか見た目私たちと同じくらいにしかみえないけどさ、実年齢はもうオバサンっていってもいい年じゃん」

「でも、メイクかなり薄いし、どうやって若く見せてるんだろー。それは気になる」


 じぶんの些細な一言が、誰かを傷つけてしまうんじゃないかって、いつも気にして、何も言えなくなってしまう。

 「ネクラ」とか「陰キャ」とか「バカ」とか「キモい」とか「オバサン」とか、なんでそんなに、簡単に言えるんだろう。

 あんな風に、簡単に言えたらどんなに楽なんだろう。


「それはそうと、アキちゃんってさ、前の学校で何かやらかしてるんだって」

「えー?」

「私も詳しくは知らないけど、何でも目の前で担任持ってたクラスの生徒が飛び降り自殺したとか!」

「マジ!?」

「それで、責任取ってこの学校に転勤させられて、それ以来一回も担任やらせてもらえずに、校長にこき使われてるとか……」

「まーでも、当然じゃない?わざわざ目の前で飛び降り自殺するとか、アキちゃんになんか原因あったに決まってるもん」

「アキちゃんも未だに立ち直れてなくて、先生って呼ばれたくないのは「私みたいなの先生って呼ばれる資格ない」って思ってるかららしいんだけどさ、そんなんなら辞めちゃえばいいじゃん」

「ねー」

「あのネクラと付き合ってるのも、その飛び降り自殺した生徒に重ねてるんじゃないか、って噂」

「なにそれネクラかわいそー」


 じぶんの言動が誰かを傷つけてしまうんじゃないか。そう怖れることは、他人の為じゃなくて、じぶんの為だってことは、私が一番分かってる。

 たぶん、秋葉さんも……わたしと同じなんだと思う。

 誰だって、じぶんが可愛い。コミュニティには居続けたい。


「あとさ、あのネクラ、アキちゃんからテストの問題を事前に貰ってるって噂もあるんだよ」

「マジ!?」

「じゃなきゃ満点なんか取れないって!」

「ヤバー!激ヤバなんですけどー!」


 いくら休み時間で騒がしくても、小声であったとしても、本人から少し離れていたとしても、本人がいる教室で堂々とそんなことを話せるなんて……わたしにはぜったいむり。


 でも、


 

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非の無いところに煙を立てよう 詩織(カチューシャ時々ツインテール) @Kuwa-dokudami

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