ep30 黒文字

 背後に気配。


「ぴょこっ、ぴょこぴょこぴょこっ!」


 何やらワレの髪をいじっておる……

 鉛筆を前に垂れてきた髪とともに耳に掛け、振り向く。


「あ、むくにゃんやっとこっち向いたぁ!」

 ワレのすぐ後ろに敷いた布団の上。ワレそっくりの、どことなく猫を思わせるかわゆい顔に、ゆるくウェーブした金髪。


「お母にゃん、何ぞワレに用かの?」

「ん、用?特にないよ」

「そうか」


 ちゃぶ台に向き直って、数学のワークを……ん?


「お母にゃん、鉛筆知らぬか?」

 振り向いて尋ねると、お母にゃんは自分の耳の少し上あたりを、人差し指でポン、ポンッと突く。

 ……あたまくるくるぱー?いや、(=^・ω・^=)お母にゃんがそんなことをするわけが……たぶんない。


 ん~、どこにやったかのぉ……?

 頬に手を当てて考え……んんっ!?指先に固いものが……おお、あった。ここを指しておったのか。


「ぴょこっぴょこっ……」

 (=^・ω・^=)お母にゃんは再び、ワレのゆるく結わいたポニーテールしっぽを弄る。


「あほ毛にねこぱんち!」

 頭のすぐ上を風が通り過ぎる。


「みつあみにしちゃお」

 ワレの髪を解いて手櫛にかけ、


「うまくできなーい」

 すぐに挫折して放棄。



 かわゆいのぉ……


「ぎゅっ!」

 いつものアレおやすみのバックハグ


「むくにゃんおやすみ!」

 (=^・ω・^=)お母にゃんはそう言ってワレから手を放し、布団に横になって毛布を被る。


 ワレは(=^・ω・^=)お母にゃんの癒しとなれておるのであろうか。

 むしろ、ワレの方が癒されておる気がする。



 ……寝ておるな、ぐっすり。

 これだけぐっすり眠っておったら、ラジオ付けてもそうそう起きないであろうな。


『……ギョニソだギョニソ!』

『美味いよなギョニソ。スタッフが買ってきてくれました』

 魚肉ソーセージギョニソの話しておるのか。


『じゅボッぼッぼッ……』

『こらギョニソで遊ぶな!やめなさいww』

 くっ、くっ……くはっ!

 ……下らぬ面白い、そしてしょうもない面白い……ひぃっ……ヤバいのぉ、笑い死ぬ……腹筋が……ぁっ!


 ……ん?

 何やら物音がする気がするのぉ……

 ラジオを一旦切って、


 コトコト……


 やはり……

 ネズーネズミであろうか。


 大鍋の中にオートミールを少し撒いて……っと。

 ……オートミールクッキー作るか。



 ジジジジジ……チン!


 ……はっ!

 ワレは何をやっておるのだ!?

 テスト勉強をしてたはずなのに、なぜオートミールクッキーを焼いておる……?


 ……オートミールクッキーおいちい。

 休憩も必要よ。



 気を取り直して、勉強勉強……


 ん、厚い硝子戸の向こうに、白、茶、焦茶の影が。


 硝子戸を少し開けると、細い隙間からニュッ、と少々大柄な三毛猫が入ってくる。

 もとより断熱性など皆無のトタン小屋であるからの。それに六月、極端に寒いなどということはない。


 ワレは『みけにゃん』と呼んでおる、桜耳の猫地域猫

 珍しい三毛猫のオスで、幸運を呼ぶカギしっぽ。そして、潰れた右目。

 もうかなりの老猫であるのぉ。


 表面がはがれて……パーティクルボードというのであったか?白髪が言っておった……が一部剥き出しになったカラーボックスから、煮干しの袋を取って……あ、そういえば。

 オートミールを撒いておった鍋を覗くと、ちっこいネズーが鍋から出ようとぴょんぴょん飛び跳ねておる。

 目がくりくりしておる。かわゆいのぉ……


 鍋を抱え、エジプト座りしておるみけにゃんの前に持っていく。


 「にゃんだ?」と両前足を鍋の縁に掛けて覗き込むと、ぴょーんとジャンプするネズーと目が合う。

 すかさず猫パンチ!爪でネズーを突き刺す。


 「チュッ!」と短くネズーの断末魔。

 みけにゃんは夜で大きくなった黒目をキラキラ輝かせ、押さえたネズーを咥えてワレをじっと見る。

 肉食動物らしい尖った牙の隙間から、灰色の小さい塊と、それと同じ長さの細いしっぽが覗く。


 みけにゃんはくるっ、と後を向いて、もぞもぞと口元を動かしておる。


 狩猟本能を満たす御馳走をゆっくり味わうと、こちらに向き直って珍しく、


「にゃぁ」

 と媚びるように鳴いて、ネズーを要求。


「そんなに欲しがっても、もうないのぉ…‥お隣のたごさくんのところで自分で捕まえればよいであろう……?」


 味をしめたみけにゃんは、「ネズーよこせー」とばかりに座り込みを決行。


「んー、これで我慢してくれぬかの?」

 煮干しの頭を掌に載せて、みけにゃんの前に差し出す。

 すると、渋々、といった感じで顔を近づけ、匂いをかぐ。


 ひゃっ、鼻息が……っ!ザラザラの舌がっ!牙が一瞬かすめた……っ!


 「これじゃないにゃ……」といった顔をしながらも、ぺろりと平らげて去っていった。



 翌朝


むくちゃんむくちゃん!こっち来て!

 台所から(=^・ω・^=)お母にゃんの声。


「鍋の中に、ちゅーたんネズミがいるよ!」

「おお、また捕まったのか」

「みけにゃんいない?」

「さあ……いつもこのくらいの時間には来るがのぉ……」


 鍋を抱えて外に出ると、みけにゃんがトコトコとやって来た。

 ワレが抱えておる鍋に気が付いたのか、足にすり寄って「にゃぁ」と何度も鳴く。


「ほら、みけにゃんが大好きなネズーだぞぉ」

 地面に鍋を置くと、覗き込んですかさず猫パンチ!爪でネズーを突き刺す。

 「チュッ!」と短くネズーの断末魔。


 ネズーを咥えてとっとこと走っていく。

 たごさくん家の方であるな。見せに自慢しに行くのかのぉ……

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