ep25 黒文字

 不動尻。ここらで昼飯にするかの。

 歩いていないと途端に寒く感じるので、腰に巻いていたジャンパーを羽織る。


 えーと、昼飯昼飯……あった。

 即席麺。ちょっと高いが、賞味期限が近くなっていたのでな。ろーりんぐすとっく回転備蓄法、というやつよ。ペットボトルと同じで、多少賞味期限が切れたところで大して問題ないものではあるが。

 お湯が入った水筒と箸、即席麺だけでは足りないので、カットわかめと魚肉ソーセージギョニソも出しておく。


 変に破れないように、即席麺の袋を丁寧に上部だけを開け、スープとかやくの袋を取り出す。

 スープとかやくを麺が入ったままの袋へダバァーッ!カットわかめもひとつまみ……いや半掴み。

 お湯も目分量でジャァーッ!


 ……あちちっ!袋の上の方を抓み、麺を箸で突いてほぐす。

 スープの香り。ぅう……我慢できぬ。いただきます!


 ……まだ、かたい。でも美味しい。食べ進むうちに、だんだんと麺が柔くなっていく。この食感の変化もまた一興。


 これだけではたんぱく質……ワレに一番必要な栄養素が足りぬからのぉ。

 常温保存可能、高い携帯性、長い賞味期限、何も付けずにそのまま美味しい。弁当でたんぱく質が足りないとき、取り敢えずこれ持ってけば何とかなる。

 それが、魚肉ソーセージ。


 だが、その保存性と携帯性ゆえに、このフィルムが曲者よのぉ……


 ……あ。フィルムのビラビラだけが取れてしもうた。

 仕方ない、反対側から……ああ!


 これがラストチャンス。ワレの周りの空気が張り詰める。


 南無八幡大菩薩、ワレの近所の神明っぽい人たち、桑織神社分社桑祓が管理しておる胡散臭い神社の祭神、棚機坐禅黒衣のロリ様、伝説の武器職人・神刀誰かよく知らないがワレの錫杖を作った鍛冶師、願わくは、この魚肉ソーセージのフィルムをはがさせたまえ……


 フィルムの真ん中を……あ、あああぁぁぁぁ……っ!!


 えぇい!最終手段、果物ナイフで切る!

 おいひい……だが、何か負けたような気がするのぉ……



 もと来た二の足林道を戻る。


 蓄積しておった疲労が、徐々に表面化。頭はぼんやり霞み、顔は火照り、脚の感覚は薄れ、視界は歪み、喉の奥は熱くひりつく。


 ……キタキタキタァ!


 躁なのか鬱なのか。無なのか混沌なのか。煩悩にまみれているのか解脱なのか。

 どちらともつかない感覚。脳内麻薬がドバドバ出ておることは確かであるのぉ。


 ランナーズハイのハイカー版とでもいうべきかの。

 この感覚の為に、ワレは歩き続けておると言っても過言ではないのぉ……


 なぜかわからないが、笑いがこみあげてくる。

 ふは、ふはは、ふははははは!

 山賊王に、ワレはなる!



 このトランス状態も、一度足を止めれば止む。そろそろ別の林道に入るからのぉ。それくらいの自制ができる程度の意志は残っておる。


 大釜弁財天道……は迷いやすいというか実際迷ったことあるからのぉ。もう少し先、謎のいけすのようなものの近くの林道の分岐で、シカ柵を開けて進む。


 厚木ハイキングガイドに載っている『厚木の名所』。アレを三か所すべて回る。

 ……ほんと、近くに集まり過ぎよの。一時間で全部回れるよの……



 一つ目、滑岩。

 デカいのぉ……

 ロッククライミングというと、摩崖仏で有名な三浦の鷹取山も有名よのぉ。

 まあワレは、アウトドアは歩くことしか興味ないからの。それに危なそうであるし。



 二つ目、大釜弁財天。

 苔むした鳥居が、なんともパワースポットっぽいのぉ……

 荷物を近くの岩に置いて、中へ。


 アルミの橋をカンッ、カンッ、カンッ……と渡れば、岩に囲まれた中、小さな祠。薄暗い中、水の流れる音だけが反響して聞こえる。

 良いのぉぉ……癒されるわ。

 なんというか、ワレは薄暗い所が好きなのかもしれぬな。



 大釜弁財天から少し先、『見城山頂へ』と書かれておる道標のところからハイキングコースに入る。

 見城にはいかぬがの。


 んんっ!木段が真新しい。よい香りがするのぉ……


 七曲り峠。右にも左にも曲がらず、真っ直ぐ……亀石の方へ向かう。


 巨岩がごろごろ転がっておるのぉ……

 一旦林道に出て、右に少し進んだ『亀石』と刻まれた石のところからまた入る。


 他の岩と比べて、一際大きい。

 これ、石の左脇から登れるのよな。


 少々急であるが……おお!!

 高い!何とも言えぬスリルがあるのぉ……



 薬師林道を日向薬師の方へ進む。


 突然現れる白い建造物……そう、展望台!


『薬師林道展望台

View Point』


 白山山頂で展望台に上るのを忘れたからのぉ……リベンジ!

 景色などどうでもよい。展望台に上った、という事実が重要である……今度鳶尾山行こう。あそこの展望台は360度の大展望であるからのぉ……


 ……この南京錠、何であろうのぉ……?




 『山の護美ゴミ』というポスターの周辺で、何やら、ワレと同世代の輩が数名、ゴミ拾いをしておる。


 そういえば、さっきは『お願い!!もう捨てないで!!』などという看板もあった。

 他の場所では、『ゴミも恋人も捨てないで』『空き缶・ゴミ・良心は持ち帰ってね』などといった、あえて関係ないものを混ぜておるものや、『熊もった』『鹿に鹿られる』『鹿く資格がない』『蛙もあきれ返る』などの洒落を交えておるものもある。

 ポイ捨て禁止の看板も、なかなか個性があって面白いの。

 ワレが一番好きなのは、鶴巻温泉近くの吾妻山にある『取っていいのは写真だけ 残していいのは思い出だけ』であるな。似た標語に『残していいのは足跡だけ』などもあるが、ワレはこっちのほうが好きだのぉ。


「こんにちはー……」

「こんにちはっ!」


 その中心で、ラジカセを持っておる女子……ワレと真逆の陽キャであるが、どこか同族のような気がするのぉ……



「あ、無患子?」

「……ん?お主、アスハラかのぉ?こんなところで会うとはのぉ。

 こやつ、騒がしいからの。引き留められたら堪ったものでないわ。


「それでは、さらば……」


 アスハラと遭遇した少し後。

 駐車場、その奥に『南無薬師如来』と書かれた朱の幟が目に飛び込んできた。


 日向薬師。

 時間は……間に合った。

 ここ、閉まるのが異常に早いからのぉ……何度間に合わなかったことか。



 本日の山歩き、これにて終了っ!

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