ep24 黒文字

 地図で見るといつも間違えてしまうが、御門橋への分岐とむじな坂峠は別の場所である。

 ちょうど二点の間に「むじな坂峠」と書かれておるから、ほんと、紛らわしいのぉ……


 んんっ、この『森林を育てる』の看板に描かれた男の子、かわゆい……


 しかし、ワレは歩みを止めぬ。何かに注目しても、ワレにとって最も重要なのは歩き続けることであるからの。

 それに、あまり長い時間足を止めておると、バテるからのぉ。山頂や峠などのピーク以外では、出来る限り足を止めぬ。


『下り坂 足元

に注意』


 それにしても、この山は親切よのぉ……ことあるごとに注意の看板が立てられておるし、道標も多い。林業や動植物、森林セラピーなどの解説の看板もあって飽きぬのぉ。


 杉林の中、だだだだだぁぁ……っ、と木段木杭と丸太の階段を早足で駆け下りる。勿論、安全には十分配慮して、であるがのぉ。



 ふぅぅ……ちょっと疲れてきたのぉ……

 少し先に、『むじな坂峠』と書かれているはずの石の道標が見える。

 少し休憩するとするかのぉ。


 歩くスピードを少し落として、リュックを背負ったまま、手を回してサイドポケットからペットボトルを抜き取る。

 行儀が悪いのは分かっておるが……足を止めたくないからの。

 杖を小脇に抱えてペットボトルのキャップを外し、ゆっくり歩きながら口をつけ、ボトルを傾ける。


 蓋閉めて元の場所にねじ込む。抜け落ちないようにサイドポケットのベルトを固く締めて……ん、ちと暑いのぉ。ジャンパー、腰に巻こうかの。

 ジャンパーのポケットに物が入っておると、落ちてしもうからのぉ……サイドポケットのペットボトルと同じであるな。


 ……誰も、おらぬよな?シャツも第二ボタンくらいまで開けてしまおうかのぉ。



 物見峠。

 まあ、ありきたりな名で、三峰山にも同じ名の峠がある。峠近くのトラバースと、山頂付近の痩せ尾根は、かなり危険だった楽しかったのぉ……また行きたいわ。

 ……あ、トラバースは掛布岡田とは一切関係ないぞ?

 ただ、夏はヤマビルがおるから、秋冬の晴れた日になるがの。


 しっかし、確かに景色はきれいであるが、白山山頂の方が……


 あ!!

 ワレとしたことが、展望台に上るの忘れておったわ……

 くぅ……この天気なら、ランドマークタワーや東京スカイツリーがよく見えたはずなのに……!


 後悔は、この急な木段にぶつけて発散するとしよう……



 謎の石祠。御影石ごま塩かのぉ?

 歩を緩めて軽く合掌……

 『おててのしわとしわをあわせて、しあわせ♪南~無~』『手の節と節をあわせて、ふしあわせ』であったか?

 軍手しておるから関係ないわ。そういうことにしておこう。


 それでも歩みは止めぬ。



『いらっしゃいませ!

こ        で

か 七沢森林公園 す

ら        !

は         』


 と、こんな感じの看板が立っておった。

 『いらっしゃいませ!』の文字、虹色で派手だのぉ……


 道の感じが少し変わったのぉ……両側に木杭と丸太で土留めがされておる。



 おお、シカ柵だ。降りてきた、という感じがするのぉ……


 んんっ?この『猿に注意』の看板……ほんとに猿かの?ワレにはゴリラにしかみえぬ……


 何やら四方を石で囲われ護られ?た基準点の傍、少々くねくね曲がった木段を下りれば、赤い頭巾と前掛けのお地蔵様。

 順礼峠、到着っ!


 『順礼の旅をしていた老人と娘がこの峠路を通りかかったとき、木陰に潜んでいた悪者に斬りつけられ亡くなった』……悲しい言い伝えだのぉ。

 ワレも気を付け……気を付けてどうこうなるものでもないか。


 ……またシカ柵?さっき出たのにのぉ……どうなっておるのだ?


『シカ柵は施錠されていません!』

 しっかし、シカ柵も個性があって面白いのぉ……ここはチェーンを巻き付けるタイプか。



 人里に下りてきた。


『東丹沢

七沢温泉郷』

 だが、本番はここから。


『あんぜん

うんてんでね』

 おばあちゃんの絵が描かれた看板。

 かわゆい……

 道路の反対側には、


『スロー

ダウン』

 こっちはおじいちゃん……やっぱりかわゆい……それでもワレはスローダウンなどせぬ。むしろどんどんペースアップ!!

 『広沢寺・鐘ヶ嶽 大釜弁財天→』の看板を横目に、坂を登る……



 ハイキングコースは一種の緊張感があってよいが、コンクリート舗装された交通量の少ない道というのも、また良いものよのぉ。無心になれる。


 流石に今から鐘ヶ嶽に登るのは、時間的にも体力的にも少々大変なので、やめておいた方がよかろう……うぅ、四角錐……また今度……


 見城・日向山も……やめておこう。

 んんっ、美味しそうな香り……釣り堀で釣った魚をその場で調理してくれるのか……良いのぉ……高そうだから行かぬが。



 ド根性……針葉樹かの?よくここまで成長したのぉ……人間側からしたら危険極まりないがの。



 このトタンの襤褸小屋、ずっとあるのぉ……どんな人が使っておったんだろうのぉ……

 傍には石切場跡。『大平石切場』と刻まれた石が、雑草に埋もれておる……

 んんっ、奥にある岩の上、小さい可愛らしい祠がちょこんっ!て乗っておる。こんなものがあったんだのぉ……知らんかったわ。


 何度も歩いた道でも、こうして新たな発見がある。

 これこそ散歩の醍醐味であるのぉ。



 ゲートが見えてきた。一般車はここまでしか入れないらしい。

 その手前……そう、水場ッ!!

 軍手の人さし指の先を噛んで外し、シャツのポケットに突っ込む。

 杖二本を近くの岩に立て掛けて、斜めに切られた筒から流れ出る水を両の手ですくう。


 ん、んっ、んっ……っぁあ!


 やはり、湧き水は違うのぉ。カルキっぽさが全くないっ!美味っ!

 新鮮さがある。そして無料タダ


 まあ、ワレは秦野の水の方が好きだがのぉ。あと、スーパーでボトルさえ買えばタダで汲めるフィルター処理された水。


 杖を手に取り……ワレの身の丈ほど大きいと、置き忘れることがなくてよいのぉ……ゲートの脇を通って林道をさらに進む。


 一般車両が入らないからか、林道の雰囲気が一気に変わったのぉ。積もった落ち葉の量、傾斜とカーブの急さがより大きくなった。



 山の神隧道。直線で反対側が見えるほど短いとはいっても、電灯が一切ないのはちょっと怖いのぉ……だが、それと同時に好きでもあるのぉ。

 鐘ヶ嶽ハイキングコースとの合流点、広場のようになっている隧道前のベンチで一旦リュックをおろし、ヘッドランプを頭に装着。これでヨシ!


 こぉぉん、しゅぅぁぁんっ、こぉぉん……

 音がぁっぁっ……良く響くのぉぉっぉっ……


 片側だけの穴が開いた軍手。古びた草鞋。普通に道端に落ちていても、何も感じない……いや古びた草履はちょっと怖いわ何で落ちてるの!?

 壁には大量の落書き。わざわざこんなところまで落書きしに来るのかのぉ……?それともスプレー缶持って鐘ヶ嶽に登るのかの?

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