ep22 桑祓

 暦の上ではそろそろ立夏。

 温暖化の影響か、年々春が短くなっているようではあるが、未だ春の陽気だ。


「修行日和だねー!」

 そんな日和は聞いたことがない。

 そして、オレのゴールデンウィークはやっぱり修行漬けか……



 なぜか、標高二百メートル台の低山に連れてこられた。


『自主トレと言えばこの山!!まあ、私が手伝ってるから自主トレじゃないけど』(念話)

 内容は、坐禅と念話をし続ける、というごく単純なもの。


 オレは山頂に留まり、そこから徐々に坐禅が距離を取っていく。

 こうすることで、徐々に念話の効果範囲を広げる事が出来、更にその感覚を応用すれば、他の呪術の効果範囲も広げる事が出来る、らしい。


 休憩(という名の瞑想)をはさんだり、坐禅の受信感度を下げてみたりしながら、丸一日。

 塩と水分以外の食事は摂らせてくれない。絶食も修行、と。


『師匠……いつまでこれやるんだ……?そろそろ何か食べないとヤバい気がするんだ……折角鍛えた筋肉が落ちる……』(念話)

『あー、じゃあ、飴くらいなら舐めてもいいよ。特別にそこら辺の草も許可!!』(念話)


 シャン、シャン、と、聞き覚えのある錫杖の音。


「……ん?おぬし、桑祓かの?」


 無造作に纏めた、鴉の濡れ羽色の髪。前髪は目にかかるほど。


「あ、黒文字さん……錫杖と六尺棒、使ってくれてるんだ……」

 展望台の下、テーブルとベンチの間に#The pioneerと#碧鎖棍を立て掛け、その二本をはさんでオレの隣に座る。


「随分とやつれておるのぉ……」

 パチッ、パチ、と胸と腰のベルトのバックルを外し、汚れと傷が目立つ登山用リュックを降ろし、サイドのポケットから500mlペットボトルのお茶を、


「む、開かぬ……ぁぐっ」

 両手の軍手を取ろうか一瞬迷って止め、キャップを歯で掴んで開ける。


 賞味期限が3月で切れているのは気にしないでおこう。


「桑祓はいつからここにおるのかの?こんな低山に、始発の数本後のバスに乗って来たワレより早く登り始めた輩など、おらぬと思っておったのだがのぉ……」

「昨日から」

「昨日!?」

「そういう修行で、な……」


 ぐぅ~……


「……」

「……腹、減っておるのか?というか、シュラフやツェルトどころか防寒着や合羽、新聞紙やアルミシートも無しに、春の低山で多少の雨が凌げるとはいえ、そんなところで一晩過ごすなど……死ぬ気か!?」


 リュックのポケットをごそごそ漁って、


『佐藤不使用 棗椰子bA!デーツバー


 佐藤が使われていないとはどういうことか、なぜ棗椰子と漢字表記にしたのか、bA=バー棒状のものであるならば、最後にRがないとおかしい、そもそもなぜ一文字が小文字なのか、など色々と怪しい包装のデーツバーをオレに突きつけるように見せてから、テーブルに叩きつける。


「食え!ワレが言えたことではないし、いったい何のための修行かも知らぬが、いくら修行とはいえ無理してはならぬぞ……!」

「ありがとう……」


 早速、包みを破いて齧る。


「……!」


 空腹に、クセのある甘さのデーツバーは刺激が強すぎる……


「だ、大丈夫かっ!」


 黒文字は、さっき一口飲んだペットボトルを、オレの口にあてがう。

 これはこれで、別の意味で刺激が……


「く、っ……」

 口の中のデーツバーを、茶で何とか流し込んで、口元を巫女服の袖で拭いながら、


「黒文字さん……」

 と、その無防備さに思わず呆れを表す。


「な、何か不味かったかの?……あ、これ賞味期限切れであった……一、二か月過ぎたところで、腐る訳ではないが、他人に飲ませるのは、いや、そもそもワレが口を付けたものなど……」


 もう、この人に何を言ってもダメだ……


「いつも微妙にズレたところばっかり気にするな、黒文字さんは……」

「……良く分からぬが、ワレはいつも見当違いの事を気にしているとな?まあ……どうでもよいか。では、連休明け、また学校で会おう!」


 そう言うと、リュックを背負って錫杖と六尺棒を手に取り、忘れ物がないか指差し確認。一旦二つの杖をそれぞれ小脇に抱えると、迷彩のジャンパーを軽く整えてリュックの胸と腰のベルトのバックルをカチ、カチッと嵌め、杖を握り直して歩き出す。


 一度振り向いて、錫杖を持った手を軽く振ると、再びハイキングコースに向き直り、すぐにその姿は木々と地面に隠れて見えなくなる。

 シャンシャンシャンシャン……と、連続する錫杖の音。人がいないのをいいことに、かなりハイペースで駆け下っているようだ。


『……デーツバーは、そこら辺の草なの?』(念話)

『己に苦難を課すことは、ただの苦痛で、無意味かつ無益……』(念話)

『むっ!この物語の中で宗教ネタを扱っていいのは、私だけなの!』(念話)


 突然なメタ……そしてめっちゃ怒ってる……オレが黒文字スジャータからデーツバーとお茶乳粥を貰ったのが、そんなに許せないのか……?


『あー、もう!今すぐ下山!神社戻って精神修行だよ!』(念話)


 嫌な予感がする……精神修行って、オレの精神をどうする気だ……?




「ぐッ……がぁぁっ!」

「ほらほら、純粋な呪術特化型としては、現代の桑織最強の『諦観』が、なに精神破壊の呪術くらいでへばってんの?早く精神修復リカバリーして!?」


 精神破壊の呪術。その名の通り、対象の精神を壊す呪術であるが、精神を完全に破壊して廃人化させるというよりは、その精神が破壊されることによる激しい苦痛を与える呪術である……などと暢気に解説している場合ではない。

 完全な暗闇。桑織神社本社の仏像の下、時の流れが異常に遅いこの部屋で、オレは坐禅にこの精神破壊の呪術をかけ続けられていた。

 精神修復リカバリーなんて呪術使えてしまうばかりに、正気を失わない程度まで精神を壊し、精神修復リカバリーしてはまた壊し……その繰り返し。


「はい、じゃあもう一回行くよー!」

「ぐッ……!」

 怖い痛い苦しい嫌だ逃げたい……


「ほら、精神修復リカバリー!!」

「鬼畜……外道……!」

「何言ってんの?この程度だなんて、同じ桑織神社の神職として恥ずかしい。はい、もう一回」

 言葉攻めも容赦ない。


「ぁ……ぁぅ、ッ……!」

「雪乃下仁は生まれてから十年以上、ずっとこの苦しみを耐えてきたんだよ?春蕺に至っては、存在否定なんていうえげつないのを至近距離で浴び続けて、ちょっと性的に興奮……って流石に同じ亡霊の私にも理解できないわあれ。マゾにもほどがあるでしょ頭おかしいんじゃないのアイツ」


「あんな化物どもと一緒にするな……!」

「ふーん。その化物どもに勝つために修行してるんでしょ?じゃ、ちょっと出力上げるよ」

「ぐぁああああああ!がぁっあぁああぅあぃぃぃいいいいい!」


「悲鳴上げて頭掻き毟れるだけの体力があるなら大丈夫だね。早く精神修復リカバリーしないと発狂するよ」

「ぁあゥっ!ィ、ぎゃあぁゃゃぅっ!ひィイイイイッ!」


「あ、今の喘ぎ声ちょっとエロかったね。でも、そんなんじゃ#神斬蟲使ったって雪乃下仁にも勝てない。威圧でジ・エンドだよ。呪術特化型として、それでいいの?」


 もとより一寸先は闇の中、それでも視界は暗転し、オレの意識は闇へと溶けていった……


「連休はまだ、終わらないよ」

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