ep18 秋葉

 その後も競うように魔物と神徒を狩り続けて、夕方。


「仁、どうだった?」

「えーと、なんていうか……」


「物足りない?」

 合ってる?と、首を少し傾げ、微笑して問う。仁は軽く頷いて答える。


 所詮は魔物。

 坐禅ちゃんによると、殆どの暴力特化型は魔物に対して「物足りない」って感想を抱くらしい。

 ダメージ食らったら致命傷になり得るし、耐久も人間と比べればあるけど、行動が単純だからそこまで楽しい戦闘じゃないし、ダメージ与えても反応薄いから加虐欲もあんまり満たせない。


「……でも、少しはストレス発散になったんじゃない?」

 仁は曖昧な笑みを浮かべて肯定。



 ……あ、そういえば昼飯食ってない。

 私にとっては、それくらい楽しい時間だった、ってことだし、無心で#The Doom振り回してた仁にとっても、たぶんもそう。破壊特殊型にとって、そういう時間はとっても貴重なはず。


 一度昼ご飯食べてないことに気付くと、それまで何にも感じてなかったのに、途端に空腹感が押し寄せる。


「夕飯としてはちょっと早いけど、一緒にラーメン食べに行かない?」

 捩花兄貴にあのバカを突き出したあと、流石に朝からラーメンはきついな……と思って栴ちゃんが食べようとしてた青ネギの甘辛醤油漬けをかけた白米を奪い取って食べた以外、今日何にも口にしてない。だから、日が落ちてきた今、体がラーメンを欲してる。


「私奢るからさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 その旨を母親に連絡するためか、仁はジーパンのポケットからスマホを取り出し、


「……っ!?ぁ……ァ?」


 スマホが手から落ちコンクリートの地面に……いや、地面にたたきつけた?

 蒼褪めた顔で地に膝をついて震える仁。その視線の先にあるスマホを拾い上げ、画面を見る。


「これは……」


 暗いグレーの模様が背景のロック画面には、大量の通知。


『雪乃下杏 不在着信 20件』

『雪乃下杏 未読のメッセージ 9件

なんで昼ご飯作ってくれないの

なんで昼ご飯作ってくれないの?

昼ご飯まだ?

いつ帰ってくる?

早く帰って来い!

仁が作ってくれないから仕方なく私が自分で作りました

夕飯は作ってくれるんだよね?

何時に帰ってくる?要返信

夕飯は作れよ』


 「森」の中はスマホが圏外になるんだよね……

 取り敢えずスマホを仁のジーパンのポケットにねじ込み、


「……っひゃぁ!」

 膝裏と背に手を添えて抱き上げるお姫様抱っこ


 爪先に鋲が付いた踵の高い厚底の編み上げニーハイブーツ、#弔靴。歩きにくそうってよく言われるし、実際普通の人が履くととても歩けた物じゃないけど、生産特化型の私にとっては真逆。

 オールラウンダーがコンセプトの癖に使う場面が限定される#The Emperorよりも、これの方が役に立ってる、と言えるかもしれない。

 自分より少し身長が高い程度の仁を抱えながら歩くことができるのは、もちろん私自身の筋力もあるけど、これを履いてるからこそ。


 ……蒸れやすいことが唯一にして最大の欠点。



 『蓼食う虫』の油ギトギトガラス戸を右足でこじ開ける。


「へぃらっしゃい!……白髪と、雪乃下!?」


 仁をボロい椅子へ降ろし、私はその隣の椅子に座る。


「雪乃下仁さん」

 いつの間にか捩花兄貴が仁の目の前に立ってる。覇怪拳の歩法か?


「この度は、誠に申し訳ございませんでしたッ!!」

 勢いよく上半身を90度。


 仁は何のことやら、ぽかーん、と。


「食品衛生的に土下座をするわけにはいかないので……」


 捩花兄貴はレジ袋に包まれた「ナニカ」を手渡す。


 その中身をチラッと見た仁は、納得と不快が混じった表情を浮かべて、


「いりません」

 袋を突き返す。


そんなのバカの首を渡してどーすんのよ捩花兄貴。それでサッカーでもする?」

 チームスポーツは苦手だけど。




「「ごちそうさま」」

 私と仁の言葉が揃う。


「秋葉さん……」

 仁はポケットからスマホを取り出しながら、縋るように私を見る。


 ……なーんか距離感じる、苗字呼び。


「名前で呼んで欲しーなー……」


「えっと、じゃあ……」

 透明なプラスチックのコップに、少し注がれた温い水で口を湿らせて、


「……ケイ」

 ……うぐっ!ちょっと恥ずかしそうに、顔赤らめる仁、可愛いィィ……!


「これ、どうすればいいと思う……?」


『雪乃下杏 不在着信 22件』

『雪乃下杏 未読のメッセージ 15件』


 ……増えてる!着信二件とメッセージ六件増えてる!


「基本サイレントモードにしてるから……」

 どこか謝るような口調。


 紫がかった仁の髪に触れ、撫でる。

 ビクッ!と警戒が混じった驚きの後、徐々に表情は安心しきったものに、目は細められる。


 少し傷んだ髪。でも……


「綺麗な紫髪……桑織の紫髪とは、定めの中で己を押し通す者なり。自分の感情を、思いっきりぶつければ?」


「……ぇ?」

 怯えの混じった表情。


「何を怖がってるの?母親との関係が壊れること?もう、とっくに壊れてるんじゃないの?」

「……」

 認めたくない、と今にも泣きそうな仁の耳元で、囁く。



「破壊特殊型が、壊れることを恐れるな。壊せ、壊せ……!」

「こ、ワ、セ……コワセ……」



「……程々にしておけよ?『諦観』の方の桑祓の坊主が可哀想だ」



 それなりに強めの……破壊特殊型としては弱めの覇気オーラを纏った仁の背中を押して、植え込みの陰に隠れようとしたら……


「あ、あっきーこんばんわ」

 先客がいた。


「黒赤木……と、詩織?」

「なんか、面白そーなことが起こりそうな気がして。私だけだとめんどくさい手順踏まないといけないから、詩織に連れてきてもらった」

 それで詩織がここに……全く興味なさそうに、銀の箱から赤い本を取り出して開いている。この暗い中でも全く問題なく本が読める程に夜目が効くとは、流石詩織……


「あっきー」

 黒赤木が、私の肩をちょんちょん、と突く。


「あっきーが「先生」って呼ばれるのを嫌がるほどじゃないけど、ユキもアスハラから「ユキウサギちゃん」って呼ばれるのを嫌がってるっぽいんだけど……」

 仁を指さして、


「あの補助効果。あっきーはどう思う?」


 暗闇に溶け込んでわかりにくいけど、ぼんやり黒いウサ耳が見える。


「【一】、嫌よ嫌よも好きのうち。実は両想い!【二】、認めたくないけど、自分がウサギっぽいことを自覚している。【三】、「ユキウサギちゃん」と言われ続けて、それにつられている。さあこの三択、正解はどれだ!」


 ビシィ!と人差し指を私に向けて、瞳をじっと見る。


「明らかにボケの一択と、正しそうな二択の計三択!でも、もし【一】なら……じゅるっ♪」

 【二】かなぁ……


「……っ!シッ!」

 黒赤木が私に向けていた人差し指を自分の唇に当て、意識を完全に仁の方へ向ける。



 深呼吸して#The Doomをお守りのように握りしめる仁。

 玄関の戸を、開ける。


 その音に気が付いたのか、ドタドタと足音。

 仁が後ろ手で戸を閉める……直前に、黒赤木が何かを投げ込む。


「……」

 イヤホンの片方を私に差し出して、もう片方を自分の耳に差す。



『……なんで昼ご飯作ってくれないの!?私を殺す気?ねぇ、私を殺す気なんでしょ!作ってくれないならちゃんとそう言って!?まだ帰ってこないまだ帰ってこないって、ずっと待ってて、私バカみたいじゃない!私昼ご飯何時に食べたか知ってる!?二時よ二時!いつもより二時間も遅くなっちゃったじゃない!どうしてくれるの!?夕飯は作ってくれるんでしょうねぇ!?』



『このヒステリックな金切り声で機関銃攻撃は結構怖いねー……しかも、その内容が昼ご飯作ってくれなかった、っていうギャップ。いい、いいよこれ!』(念話)

 黒赤木、念話使えたんだ……



『……あ?何故私が貴方の夕飯など作らないといけない?確かに私が連絡を怠ったことは事実で、それに関しては謝罪の気持ちがない訳ではない。しかし、私に貴方の食事を作る必要性、及び義務は一切ない。あくまで、私は自分の食事を作る「ついでに」貴方の分を作っているだけであり、私が貴方の食事を作らなかったことに文句を言われる筋合いはないし、貴方が何時に昼食を取ろうと私には関係ない。それから、遡れば一日二食だった時代もあるから、昼食を抜いたところで死ぬことはまずない』



『割と理詰めなんだね……一つ一つ丁寧に否定してる。いや、感情的な相手を見て、感情的になりたくない、って抑えてる感じかな?』(念話)



『夕飯くらい作ってくれたっていいじゃない!誰があなたを育てたと思ってんの!?私でしょう!?』



『定番のセリフ、キタ――(゚∀゚)――!!』(念話)



『……チッ!ぁぁーッ五月蠅ぇんだよこのヒス女!ガキみてぇにギャーギャー飯はまだかと騒いで燕の雛かテメェは!』



『キレたー!ついにキレたー!』(念話)



『あぁ飯くらい作るわ頼まれなくったって。だが、今日の夕飯は作りたくない!いいだろ?「仕事で疲れてる」だの「やりたくない」だの言って、何でもかんでも自分を優先してたのはテメェだもんなァ?

『食器洗ってたら「見たいドラマあるから早く風呂入って上がれ」とか、その見たい番組の三十分前に突然言い出して、木製の食器が痛まないように他の食器とか鍋とか後回しにしてその二つだけすぐ洗って拭いて、で、五分で風呂済ませて、そしたら「洗い物まだ終わってないよ」って知ってるわ!「木製の食器が痛むからすぐに洗って」流しちゃんと見ろよ!

『その上、他人に早く風呂入れ言っといて、自分は「今いい所だから」って私が風呂あがるまで時間潰すために読んでた小説がひと段落するまで風呂入んない!で、のんびり長風呂して「仁が早く風呂入らないから間に合わなかった」巫山けんじゃねえ!

『一週間後、今度は風呂二分で済ませて、何とか間に合わせたらテメェなんて言ったか覚えてるか?「ドライヤーする時間がない」はぁぁああ?それで「一番風呂は嫌」我儘言ってんじゃねえよ!?

『あぁそれから、私が寝ようとしたら「まだ起きてんのか早く寝ろ」とか大声で怒鳴って!一気に目が醒めたわ!で、寝るときにイヤホン着けてたら「耳壊すからやめろ」とか言い出して。早朝に目覚まし鳴らしたら「こんな朝早くから起こされて迷惑」ってテメェが言ったからイヤホン着けて寝てんだよ!』


 怒りからか、声はいつもより速く、時々裏返る。


『うぁ……』(念話)



『何それ、そんなの……』

『その細けぇことが積もり積もって積み重なって……!あーー!もう!その耳障りな声を金輪際私に聞かせんな黙れ!!』



「あっきー、声ハスキーでよかったね。家庭科の後藤薪乃先生って、この雪乃下母とちょっと声似てるじゃん?家庭科の授業中、ずっと頭押さえてたよ……さ、私は帰るよ。あ、できれば盗聴器回収しといて」

 そう言うと、詩織とともに外界へ歩いて行った。

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