ep17 雪乃下

 チカチカ点滅し、ジー……と微かに音を鳴らす蛍光灯。

 窓は雨戸が締め切られ、近くの部屋には常夜灯の光もない。


 春とはいえ未だ寒い早朝の台所。タンブラーいっぱいの温かいインスタントコーヒー(かなり濃い)を飲みながら、朝食の支度。


 チッチッチッチッチッ……と、あまり短くない間隔で散るコンロの点火用の火花を見ながら、大量の磁石で適当に留められた、交換サイン「とりかえてね」の文字がくっきり浮かび上がった換気扇フィルターが、ファンが低い音とともに起こす風に揺れるのを見ながら、そろそろコンロの単一乾電池も、換気扇フィルターも換えないとな……と思う。


 作りながら、半分を鍋に残して木椀によそい、食べる。

 破壊特殊型の特性故か、茶碗や皿などをすぐ割ってしまうので、できる限り洗い物を少なく、木椀一つで済ませるようにしている。


 自分で作った料理、大して上手くも美味くもないが、母の料理を……っ、ぅ……ぁ、ぁ……!


 ……伏字にすれば問題ないだろうか。


 ■■の料理を食べるよりは、自分で作った料理を食べる方がいい。

 不味いとか、そういう訳ではなく、■■とは顔もあわせたくないので、時間をずらす。すると必然冷めた料理を食べることになる。温めるのは面倒。

 そしてなんというか、■■の作った料理を食べることに、言い表せない嫌悪感がある。


 ……思考を続けられる程度には、軽くなるらしい。



 薄暗い部屋。

 カーテンを閉め切り、照明も最低限に。

 その部屋の隅で、教科書を開く。左手には#The Doom。


 参考書を買ったり、塾に通ったりするほど勉強熱心ではないが……というかそのための金を■■に出してもらうのは絶対に嫌……全教科の教科書に一通り目を通しておく。

 家になど居たくないが、■■が遅くまで寝ている休日は、勉強をする分には人が多い図書館などよりも家の方が集中できる。

 ジャキ、ジャキ、と#The Doomの刃を動かしながら、床に置いた教科書をペラペラ~、と捲って、気になったところに蛍光ペン、青ボールペンでコメント。


 各教科をもう一度、最初から少しずつ、じっくり読んで……

 これで、多少授業適当に受けていてもなんとかなる。ワーク類も予習して解いておけば、提出求められたときに焦らないだろう。



 ピーンポーン。


 ……っ!

 玄関チャイムの音、嫌い。

 電話のベルの音も、目覚ましのアラームの音も。

 急かされているような気が、いや、実際急かされているのがとにかく嫌。


「■■、■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■。■■、■■■■■■!」


 ぅぁあああああ!

 痛い。■■の声が私の鼓膜を振動させる度に、脳味噌を反しの付いた太い針で刺されているような痛みを感じる。


 頭を押さえつつ、ドアを開けて玄関の方へ向か……


「■■■■■■■■■■■■!■■■■■■■■■!?」

 ぁああ……!


 目元を隠して■■を睨み付け、玄関の戸の外を見る。


 白。


「あー……」

 一瞬、少し険しい表情をした後、


「仁……今、暇?」

 「まぁ……」と答えようとする前に、


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■?」

 ぅ……ぁっ!


 秋葉さんの目が眼鏡の奥で、スッ……と、■■を睨み付けるように、細められる。


「雪乃下杏さん、貴女には聞いていない。私は仁さんに聞いているんですが?」


 それから私の方へ向き直って、


「仁、行くよ」

 ……どこへ?


「いいから。あれ持ってきて」


 あれ、といったら、#The Doomしかない。

 回れ右してルームウェアから数着しかない外着に手早く着替え、教科書の傍に置いた#The Doomをベルトに挟んで、Tシャツで隠す。


「……っ、お待たせ」

「じゃあ、行こっか」


 秋葉さんは私の片腕を引っ張って玄関から引きずり出し、後ろ手で戸を閉める。



 そのまま手を引かれ、連れてこられたのは森の前。


「ここは……?」

「森」


 森。神社の資料室で見た覚えがある。


「ストレス発散にいいかなー、と思って。さ、殺せ殺せ!」


 随分物騒なことを言って、私の背中を押す。


 目の前には、棍棒を握った小さい鬼。

 ベルトに挟んだ#The Doomを抜き、小鬼ゴブリンの腹を刺す。


 一瞬の抵抗感の後、小鬼はパァ……ッと光って消えた。


 手近な別の小鬼ゴブリン山賊ゴブリンバンディット、小鬼、小鬼、小鬼、優等生ゴブリンエリート、小鬼……と刺し殺していく。

 ……なんというか、手応えがない。


「ほー……流石破壊特殊型。外周の最弱小鬼共とはいえ、サクサク倒してる……」

 担いでいた袋から取り出した#The Emperorに、西洋大鎌の刃を取り付けながら、秋葉さんが呟く。

 それならば、と、私も#The Doomを分解。螺子をジーンズのコインポケット右フロントポケットの中にある小さいポケットに仕舞って、ダガーのように両手に握る。


「私もちょっと狩りますか!」

 秋葉さんがオーガを鋲付きブーツで蹴り飛ばしながら赤鬼青鬼レッドオーガ&ブルーオーガの首を一振りで刎ね、私も負けじと悪鬼ブラックオーガを切り裂き……

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